「ぶぁぁあ!」
陽だまり亭へ戻り、したちぃのマスクを外すと同時に、喉から自然と音が漏れ出た。
……死ねる。着ぐるみの中は地獄だ。
「もう、ヤシロ。したちぃの格好で変な声出さないでよね」
したちぃの頭を持って、ネフェリーが苦言を呈してくる。
やかましい。同じ体験をしたら、全人類同じ声出るわ。
現在、ルシアの連れてきた大工が集まってぎっちぎちの陽だまり亭。
俺たちの着替えが終わったら話をするので、ちょっと待ってもらっている。
で、ルシア。「顔面偏差値が急落だな」じゃねぇーんだわ。したちぃみたいな顔のヤツいないから! キャラだから! 実際この比率のデッカい頭したヤツいたら「ひぃ!?」って避けるだろ、お前!?
と、そんなデカい頭を持ち上げ、真正面から見つめるネフェリー。
「私も、一回着てみたいかも」
「やめとけ。脱いだところだから、きっと汗臭いぞ」
「へ……ぅ、いや、別に……ヤシロのだったら、平気、だけど……」
「いや、マジでクサイから」
嗅ぎっ娘はエステラだけで十分だ。発症前に踏みとどまることをお勧めする。
マスクは要改良だな。
もう少し通気性をよくしないと、一日中着ていると、きっと倒れる。
「はい、ヤーくん。お水です」
「おぉ、ありがと、カンパニュラ」
陽だまり亭に戻った際、カンパニュラとテレサにはヤップロックの家へ戻るように勧めたのだが……いや、だってさ、夢が壊れるからさ。
だが、カンパニュラもテレサも俺たちの正体には気付いていたようで、一緒に陽だまり亭に戻って手伝いをすると申し出たのだった。
正体を知った上で、あれだけ楽しんでいたのか。
無邪気なのか、大人びているのか。
「よく分かったな、俺だって」
「抱きしめ方がヤーくんと同じでしたから」
「え……そんなん分かんのか? 俺、そんな何度も抱きしめてないだろ?」
「分かりますよ。……ふふ。ヤーくんの抱っこは、他の誰よりも優しいですから」
「ルピナスよりもかよ……」
「母様は、愛情があふれ出るような熱烈な力強さがありますので」
あぁ、迸らせてそうだもんなぁ、愛娘への愛情。
「それで、どうだった? テレサの家は」
「はい。とてもよくしていただいて、貴重な体験をたくさんさせていただきました」
「かにぱんしゃ、とーもこし、わしゃー! って、じょーずなんだぉ!」
テレサが身振り手振りで説明してくる。
随分と興奮している。
やっぱり、トウモロコシ好きなんだろうな。
「カンパニュラと一緒にトウモロコシ農家、したくなったか?」
「んーん。かにぱんしゃは、りょーしゅしゃ、なぅの。あーしは、きゅーじちょーなぅの!」
なるほど。
未来を見定めたからこそ、今一緒に出来たのが嬉しかったのか。
「とーもこしは、おねーしゃ、いっぱい、つくぅ、の!」
その、おねーしゃことバルバラは、イベントの後片付けを手伝った後、さっさと帰っていった。
なんでも、今日は畑の雑草を抜くんだそうだ。
すっかり、トウモロコシ農家があいつの中の最優先事項になっているらしい。
跡継ぎは確定だな。
トットが継ぎたいというなら、他所に畑を持って分家になればいい。
その頃には、結婚も視野に入れたいい相手がいることだろう。
「おねーしゃ、したちぃが、えーゆーしゃって、しってね、ぉかおね、まっかっかだったぉ」
「あぁ……そーかい」
なんでテレサが理解してることを、あいつは理解できてなかったんだよ。
このメンバーが集まってて、そこに俺がいなかったら大体分かるだろうが。
それで、顔を合わせるのが恥ずかしいから、さっさと帰ったのか、あいつは。
ちっ。色気づきやがって。
そんなことしてるヒマがあるなら農業に勤しんでろ!
まだまだのれん分けは難しそうだな。跡取りなんてまだまだだ。……ったく。
「けれど、困りましたね」
ジネットを手伝って、一緒にしたちぃの衣装を脱がせてくれるカンパニュラ。
その表情が曇る。
「よこちぃもしたちぃも、街の皆様に受け入れられたようですが、中に入るのがヤーくんとハビエルギルド長なのでは、そう頻繁にお願いするわけにはいきません。……つまり、よこちぃとしたちぃにお会いできるのは、本当に重要な時のみとなるのですね……いえ、むしろ重要な場面ではヤーくんやハビエルギルド長にこそ重大な役割がありますでしょうから…………もしかしたら、よこちぃやしたちぃにお会いできる機会は本当に少ないのでは……? だとしたら、それはとても残念です、ね」
寂しそうに俯くカンパニュラ。
「そんな顔をするなカンパニュラ」
慰めるように、俺は今日気付いた重要な事案を発表する。
「どうやら、俺、着ぐるみ師が天職っぽいんだ」
「奇遇だな、ヤシロ! 実はワシもそう思っておったのだ!」
「二人とも、それを脱いだら懺悔室へ行ってくるといいよ」
「いいえ、エステラさん。お父様……もとい、そこのヒゲ筋肉は我が家で詰問致しますわ」
「なんでだよ!? カンパニュラの望みを叶えてやろうという優しさなのに!」
「そうだそうだ! ヤシロの言う通りだ!」
「君たちの顔には大きくはっきりと『乳』『幼女』と書かれているよ!」
「「大丈夫! マスクをすればバレない!」」
「もう、お二人とも。懺悔してください」
「あぁ……お兄ちゃんと関わる人が増えたせいで、店長さんの『懺悔してください』対象者がどんどん増えているです」
「……ヤシロだから、しょうがない」
バカモノ。
俺のせいではない。
ハビエルにもともと懺悔させられキャラの素質があっただけだ。
酒が人を愚かにするのではない。酒が愚かな人の本性を暴くのだと言うだろう?
誰かの影響でそうなるヤツは、もともと心の奥底にその素質を持っていたに過ぎない。
その要素がないヤツは、いくら朱に交わろうと赤くはならないのだ!
「つまり、どんなに陽だまり亭に通おうが、エステラは一生ホライズン!」
「誰が地平線だ!?」
「ふぉーえばー、ほらいずん!」
「地殻変動を起こして山脈が出来ることだってあるんだよ! そう、この世界ではね!」
「エステラよぉ……ヤシロのレベルに合わせて反論しなくていいと思うぞ、ワシは」
「アンブローズが聞いたら泣くぞ」と、肩をすくめるハビエル。
いやいや。エステラはずっとこんな感じだったろうが。今さら泣くかよ、こんなもんで。
で、伯父代わりを泣かせるかもしれないエステラが、カンパニュラに視線を合わせて優しい声で言う。
「カンパニュラ。心配には及ばないよ。これから中に入る人物を育成して、別の人に入ってもらうようにするから」
「そうなのですか。では、安心ですね」
本当に気に入ったらしい。
カンパニュラのこんなに嬉しそうな顔はなかなかお目にかかれない。
いつもどこか遠慮しているというか、大人びているカンパニュラの、心から嬉しそうな笑顔だ。
「では、またたくさん甘えさせていただけますね」
そんな言葉を、嬉しそうに言う。
――だからだろう。
変なヤツが釣れてしまった。
「その役、私に任せてちょうだい」
ババーン! と、陽だまり亭のドアを開けて登場したのは――
「母様。父様も」
カンパニュラの両親、ルピナスとタイタだった。
「カンパニュラに全力で甘えられる存在……私以外の誰がそれを出来るというの!?」
「いや、カンパニュラなら、中が誰であろうと喜んでくれるだろうよ」
「カンパニュラの『一番』は、私がいいの!」
わがままか!?
「とは言っても、三十五区からいちいち通うのか? 頼みにくいっつの」
「あら? 私たちは四十二区に引っ越すわよ。こちらで家が見つかればすぐにでもね」
「えっ、ちょっと待ってくださいよ、ルピナスさん。これからそのご相談に伺おうと思っていたところなんですが……というか、その話、ルシアさんは聞いてました?」
「いや、そのような意思があることは聞いていたが……。決めたのだな、ルピナスよ」
「えぇ。だって、カンパニュラが自分の行く道を決めたのですもの。それを全力で応援するのが親の務めというものでしょう?」
確かに、カンパニュラが三十区の領主になるためには三十五区を出る必要があり、三十区が落ちつくまでの間は四十二区で面倒を見るつもりでいた。
まだ先になるとは思っていたが、裁判の結果が出て、急に降って湧いた三十一区再開発計画の大筋が決まって、工事が軌道に乗って、ある程度落ち着いたら、ルピナスとタイタにも四十二区に来てもらうつもりだった。
だが、そのためには引き継ぎが必要になる。
なにせ、タイタは三十五区川漁ギルドのギルド長だ。
「タイタ、ギルド長の引き継ぎは?」
「もう済ませた。副ギルド長だった男は才能も人望も十分にある。あいつになら、すべてを任せられる」
そういうナンバー2が育ってるのはいい組織の証拠だな。
四十二区の川漁ギルドはナンバー2が川で洗われてるだけだもんな。
「タイタは四十二区の川漁ギルドに入るつもりはないのか?」
「デリアの手伝いはする。たまになら漁をしてもいい。だが、ギルドには入らない。オレが入っちまうと、こっちの序列が複雑になっちまうからな。オレは、デリアの邪魔も、オメロの邪魔もしたくねぇんだ」
いや、お前が入ってくれるとオメロは喜ぶと思うぞ。
少なくとも、寿命が延びるし。
「だから、新しい仕事を探していたんだが……アレはいいな! オレもカーチャンも子供は大好きだし、子供らの扱いには慣れてる。体力だって文句なしだぜ!」
ドンッと胸を叩くタイタ。
まぁ、体力はあるんだろうけど……年齢がなぁ。
いくら美人でも、ルピナスはそろそろいい年齢で……
「ヤーくん。な~に?」
「なんでもないです!」
怖っ!?
思うだけでも死刑になるの、この世界!?
怖っ!
いや、恐っ!
「けど、大変だぞ? 悪ガキもいるしよ」
「そういう子供には――」
ドン! と、空気が振動して呼吸が苦しくなる。
「――こう、よ☆」
「……ガキ相手に殺気を放つな」
つか、俺に殺気を飛ばすな。
呼吸が一秒止まったわ。
「あの……本気ですか?」
「いやぁ~ねぇ。そんなに難しい顔をしないで、エステラさん。普段は別の仕事をして、必要な時に呼んでくれればいいのよ。お給金もそんなに取らないわ」
「いえ、やっていただけるならきちんとお支払いしますけど……」
やらせていいものかどうか……と、腕を組むエステラに、ルシアが嘆息して言う。
「よいのではないか? そうやって接していれば、ルピナスたちが四十二区に馴染むのも早かろう。何より、本人がこうまで望んでおるのだしな」
「じゃあ、まぁ……とりあえず、お試しということで」
そんなわけで、どういうわけか、四十二区のマスコットキャラの中に、カンパニュラの両親が入ることになった。
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