と、いうわけで。
ルピナスたちが陽だまり亭の真ん前に引っ越してくる案はなくなった。
このまま三十五区へ追い返して、準備が出来るまで待ってろと言ってしまうのも一つの手ではあるのだが……
「なぁ、ルピナス。タイタも、いいか?」
ここで一つ、提案をする。
「もし、お前らがよければ、デリアの家の近くに住んでやってくれないか?」
デリアの家には何度か訪れたことはあるのだが、一人で住むにはあまりにデカ過ぎる一軒家で、近所には誰も住んでいない寂しい場所なのだ。
川漁で使う道具が大量に置かれたデカい倉庫と、それらをメンテナンスするデカい作業場。
そして、家族で暮らしてもまだ余裕がありそうなデカい家。
そこに、デリアは一人で住んでいる。
ギルドの人間を住みこませるということも考えられたらしいが、川漁ギルドはデリア以外全員男だ。
女の子が一人暮らしする家に無数の男を住まわせるわけにはいかない。
川漁ギルドの連中がデリアに何かするとは思えないが、外聞というものもある。
イメルダでさえ、自分の館と、住み込み木こりの寮は敷地を分けている。
給仕に守られ、おっかない父親が目を光らせていてもなお、それだけの用心が必要になるのだ。
「デリアは、ほら、寂しがり屋だからよ」
甘いものを食べないと怖くて眠れないのは、もしかしたら、そういう住環境にも理由があるのかもしれない。
「確かに、親方の家のそばは、環境もいいし、デリアの様子が見られるのは安心できるがなぁ」
と、タイタは腕を組む。
タイタの言う『親方』は、デリアの父のことだ。
亡くなってもなお、タイタの中では親方なのだろう。
「けどやっぱ、オレが近付き過ぎると、こっちの川漁ギルドが荒れちまいそうでなぁ……」
前ギルド長の愛弟子であり、他区でギルド長を務めたタイタがやって来れば、デリアよりもタイタをギルド長にと騒ぎ出す者が現れるかもしれない。
そんな危惧をしているようで、タイタはあまりいい顔をしていない。
「それじゃ、本人に確認してみるといいです!」
しゅばっと手を上げ、ロレッタが川の方を指さす。
マスコットキャラお披露目会の後、一同は解散した。この後は大工連中と話をすることになっていたしな。
連れてくれば二度手間が省けたのだが、ルピナスが飛び込んでくるとは思わなかったもんなぁ。
「じゃあ、ロレッタ、呼んできてくれるか? 出来ればオメロも」
「はいです! さらっと概要をお知らせして、必要な人数連れてくるです!」
言うが早いか、ロレッタは陽だまり亭を飛び出していった。
お~、速い速い。
やっぱ、パメラとは比較にならない超特急だ。
自転車があっても勝てる気がしない。
オートバイかF1カーが欲しいところだな。
「ウーマロ、悪い。もう少し待ってくれ」
「大丈夫ッスよ。その間に、こっちでも話をすることがあるッスし」
仕事場から強引に引き抜いてきた棟梁たち。
現場にいなくても、考えることは山のようにあるようだ。
「たぶん、ルピナスさんの家を作らされることになるッスから、各工務店で出せる人員を見繕うッス」
「おいおい、組合より鬼なスケジュールだな」
「大丈夫だ。四十二区にいればそのうち慣れる。カワヤ工務店が保証する」
「……お前んとこの工務店、大工の顔色、真っ青を通り越して真っ白じゃねぇか」
「まだまだ、トルベック工務店には及ばねぇってわけさ……はは」
う~ん、オマールの顔も若干白いな。
早く慣れろよ。ウーマロ級が増えると、こっちは非常に助かるからよ。
「ウーマロ棟梁よ。私の別荘も早急に頼むぞ」
「はぅ……っ!? ……えっと、ヤシロさん?」
不安げに俺を見るウーマロに、一つ、頷きを返してやる。
こんな言葉を添えて。
「別荘がないと、また一緒にお泊まりすることになっちゃうぞ☆」
「お、おぉ、お前、トルベック!? ルシア様と一緒にお泊まりって!? ウチの領主様になにやってくれてんだ、こらぁ!?」
「ち、ちち、違うッスよ!? 誤解ッス! 確かに同じ建物で一泊したッスけど――」
「してんじゃねぇか!?」
「うわぁ、……トルベック、怖ぇ……」
「領主様にとか……ないわー」
「でも、四十二区で頑張れば、俺たちもワンチャン……?」
「え、マジで!?」
「もしかして、ウチの領主様と!?」
「いや、トレーシー様は無理だろう。あんな美人が大工ごときになびくわけがねぇよ」
「あ゛ぁ゛!? それじゃあ、ウチのルシア様が美人じゃねぇってのか!? 上等だテメェ、表出やがれ!」
「けど、トルベックになびいたじゃねぇか」
「なびいてないッスよ!? 誤解ッス!」
ぎゃーぎゃー騒ぐ大工。
わぁ、ルシアがめっちゃこっち睨んでる。
ちょっとした冗談なのに。
「ヤシロ。……責任、取りなよ?」
エステラが無慈悲な領主命令を寄越してくる。
権力をこれでもかと振りかざしちゃってさぁ。
しょうがない。
「おい、お前ら。――慣れろ」
「雑ッス! ヤシロさんの説得が思いのほか雑過ぎてびっくりしたッス!」
だいたい、事実を言われて困るような行動を取るルシアにも責任はある。
だからこそ、さっさと別荘を建てて、そこに押し込めておかなければいかんのだ。
「もう陽だまり亭で受け入れるのは面倒なんで、別荘を頼む」
「あぁ、なんだ、陽だまり亭に泊まったのか」という大工の安堵の声に紛れるように、ウーマロがげっそりした顔で言う。
「……三日後以降で、いいッスよね?」
まぁ、それは仕方がないだろう。
「ちなみに、フリーハンドで描いた設計図を清書できるよな?」
「もちろんッス。ここにいる大工はみんな、一流ばっかりッスから!」
「「「えへへ~、それほどでも、えへへ~」」」
「うん。気持ち悪いくらいセリフが揃うのも大工っぽいよ」
なんで大工はこうなんだろう。
こういう連中が育てるから、こういう連中に育つんじゃないだろうか。
改革、必要じゃね?
というわけで、デリアが来るまでの間、俺はさらさらとアトラクションとして楽しめる建造物の設計図を描いていく。
ミラーハウス、お化け屋敷、ビックリハウス、トリックアートの館の四つだ。
ミラーハウスの難易度が一番高いか。デカい鏡は高いからなぁ。まぁ、だからこそ、客を引き付けられるともいえるが。
あとはビックリハウス。原理は簡単なのだが、それを再現するのが難しい。
強度も欲しいし、操作性も高めたい。
こいつは、あとでじっくり相談だな。
トリックアートは俺が描けるし、お化け屋敷はギミックだけ伝えればあとはなんとでも……あ、ウーマロはハロウィンで「普通の枠を飛び出していない」とか言われてたっけ?
「ヤンボルドが欲しいなぁ……」
「オイラで充分ッスよ! いらないッス、あんなヤツ!」
ウーマロの前で気持ちを浮つかせたら癇癪を起された。
恋人か、お前は。
「本当に、みんなに愛されてるのね、彼は」
「はい、母様。ヤーくんはすごいんですよ」
カンパニュラがルピナスに甘えている。
一見するといつも通りに落ち着いているように見えるが、よく見ればいつもよりもほっぺたが柔らかそうだ。
にこにこしている。
「ヤシロさん、なんッスか、この鬼難易度な建物は!? 一体何がどうなるんッスか、これ!?」
ウーマロがビックリハウスの設計図を見て声を上げる。
声に反応して設計図を覗き込んだ大工が一様に険しい顔つきになる。
「物凄い複雑な歯車が多いな、こりゃあ……」
オマールが眉間にシワを刻み込む。
この歯車は頑丈な木材で作るつもりだ。
……鉄で作ると、ノーマが死ぬ。
いや、その前に乙女たちが絶滅する。
「ウーマロ。ゼルマルを巻き込んでもいいぞ。あいつどーせ暇だから」
「もう、ヤシロさん。ダメですよ、そんな言い方は。きちんとお願いすれば、きっと力を貸してくださいますから」
と、俺を叱るジネットも、どこか嬉しそうにくすくす笑っている。
「体と頭は適度に動かさないと、ボケるからな」
「ゼルマルさんは、そんなお年ではないですよ」
いやいや、そんなお年頃だろう、あいつは。
適度に酷使してやるのはジジイ孝行に他ならない。
あいつは家具職人として、木工細工ギルドにいたからな。
歯車くらい作れるだろう。
「『難しいなら他に頼むから無理しなくていいッスよ~』って言ってきてくれ」
「オイラが全力で殴られる案件じゃないッスか、それ」
ゼルマルは強情で負けず嫌いな偏屈ジジイだからな。
「金は出すから、結婚資金でも貯めとけって言っといてくれ」
「……それも、殴られそうッスけど……確かに、ゼルマルさんに協力してもらえると心強いッスね。ちょっと行ってくるッス!」
「じゃあ、オレたちはこっちで設計図を清書してるぜ」
俺の適当な設計図を、建設可能なように修正しつつ清書してくれるらしい。
お手並み拝見と行こうか。
ウーマロなら、問題なくやってくれることを、お前らはどこまで再現できるかな?
ウーマロが陽だまり亭を出ていき、大工がわいわいと設計図を取り囲んだころ、ロレッタがデリアを連れて戻ってきた。
背後に、無数のオッサンどもを引き連れて。
川漁ギルド、大集合じゃねぇか。
「想像以上についてきちゃったです」じゃねぇーんだわ。
「てへっ☆」じゃねぇーっつの。
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