幾ばくかの時が過ぎた。
幸運にも天候に恵まれ、朝の早い時間だというのに太陽が眩しい光を降り注がせて地味に暑い。
「いつ来ても暑苦しいな、四十一区は……」
「天候はウチのせいじゃねぇよ! ってか、天気はどの区でも同じだろうが!」
雷鳴のようにがなるリカルド。
晴れ間に雷を起こすなと言いたい。暑苦しさが増す。
「仲がいいのはよく分かったから、そろそろ本題に入ってくれないかな、君たち」
呆れ顔のエステラが、どちらにともなく言葉をかける。
四十一区の広場に、俺たちは立っている。
俺の両隣にエステラとリカルドが立ち、少し離れた場所に簡易的なテントが設けられている。今回の催しのためにウーマロに作らせた控え室だ。
そして、俺たちの前には二十名ちょっとの女性が並んでいる。
「とりあえず、参加者はこんなもんか?」
「あぁ。貴様に言われた条件に合致した女ども……ごほん……女性たちで、興味があると申し出た領民たちに集まってもらった」
四十一区の領民で、オシャレに疎く、そもそも着飾るような金銭的余裕がさほどない、極々普通な『一般人』に分類される成人以上の女性たちだ。
年齢は十代から四十代と様々で、恋人の有無もそれぞれ。
日々の暮らしに不満を感じていたり、不満はなくとも満足とまでは言えなかったりで、何かを変えたいと漠然とは考えていつつも何をどうやればいいのか皆目見当が付いていない、そんなメンバーだ。
『なんだかパッとしない今の暮らしをオシャレに変えたい、変わりたい。そんな成人以上の女性大募集!』
的な広告を四十一区の掲示板に貼り出してもらって、参加希望者を募ったのだ。
ちなみに、午後からはこの広場でちょっとしたお祭りを開催することになっている。
その場で、路地裏改革の話を領民に伝える予定だ。なので、今ここにいる女性たちを含め、ほぼすべての領民が集まることになる。
現在の時刻は朝の八時。あと四時間くらいか……急ぐかな。
「え~、集まってくれてありがとう。後ろに控える領主二人よりも偉いオオバヤシロだ」
「おいコラ」
「さらっと何言ってるのさ……」
うるさいなぁ。
時間がないんだからいちいち突っかかってくるなよ。小さいことで。
「本日は『劇的なビフォー・アフターで四十一区をびっくりリフォーム~女性が綺麗な街って、素敵やん~』計画に参加してくれてありがとう。実行委員を代表して礼を述べておく」
「……そんなタイトルだったんだ」
「なんで四十二区の薬剤師みたいな口調なんだよ、最後……」
ぶつぶつうるさいなぁ。
器が小さいから細かいところで引っかかるんだぞ?
もっとどっしり構えてろよ。
「今回、ここにいるみんなには、他の領民たちに『変わるってすごい!』『是非変わりたい!』と思わせるために一肌脱いでもらいたい」
――と、言ったら、女性たちが全員胸元をぎゅっと押さえた。
……俺のあらぬ噂が蔓延しているようだな…………リカルドめ。監督不行き届きにもほどがあるぞ。責任問題だ、これは。
「脱ぐんじゃなくて、着飾ってもらう予定だから安心しろ」
アホの領主が治める街のアホの領民に必要以上に分かりやすく説明してやる。まったく、領主がアホなせいで……
それから少しの間、オシャレをするのが如何に楽しいか、ほんの些細なことでどれほど人は変われるのか、そして、その先にある世界がどれほど色鮮やかに見えるかという演説をしてみせた。
女性たちは少しの興味を示しつつ、それでもにわかには信じられないという猜疑心にまみれた視線で俺を見つめていた。
……まだ大食い大会での悪印象が深く根付いているっぽいな、これは。
「言葉だけでは伝わらないことが多いとは思う。だから、今日は実際に体験し、経験して、実感してもらいたい。そして、その結果に満足がいけば、それを知人や親しい者たちに広めてほしい」
オシャレは口コミで広がる。
それが正しいあり方だ。――もっとも、何を流行らせるかは仕掛け人のさじ加減だったりするんだけどな。オシャレって、そういうものじゃん?
パリ「今年の流行色は淡いラベンダーにシルブプレ」
ミラノ「流行の柄はポルカドットにペルファボーレ」
代官山「だってさ」
みたいな感じで、どこぞの誰かが決めちまうのがオシャレというものだ。
『BU』の流行が情報紙から発信されるならば、外周区の流行は四十一区の、この新しいオシャレスポットから発信してやればいい!
――俺の、言うとおりに。…………にやり。
「難しく考えることはない。今日は存分に楽しんで、ついでに綺麗になってくれればそれでいい」
ざわざわと、女性たちが周りの者と内緒話をし始める。
戸惑いが声に乗って漏れ出している。
「折角だから、綺麗になった姿を大勢のヤツらに見せつけてやろうぜ」
ざわめきが大きくなる。
戸惑いはやがて不安となり、集まった女性は落ち着きをなくす。
人前に出るという話は聞いていなかったようだ。
あれぇ? そーだったかなぁ~? リカルドめ、言い忘れたんだな、うっかりさんだなぁ~。……まぁ、リカルドにそのことは話してないけど、俺の思考くらいちょちょっと読んで説明するくらいの容量のよさは欲しいところだよなぁ、領主なんだからさ☆
「あ、あのっ!」
一人の女性が、泣きそうな顔で声を上げる。
が、俺と目が合うと視線を逸らし、黙ってしまった。
そんな怖がらなくても……
「思っていることを言ってくれていい。聞かせてくれ」
怯える女性を安心させるため、爽やかなイケメンスマイルで優しい声を出す。……と、その女性の顔が一瞬強張った。
なんだ? ん? 俺の笑顔が邪悪だとでも言いたいのか? あ? ウサギさんリンゴ貪り食うぞ? お?
「ヤシロ。邪悪な顔をしないの。……すまなかったね。気にせず、意見を聞かせてくれるかい?」
エステラが間に入ったことでその女性は安心したのか、不安げな気持ちを吐露し始めた。
「あの……私たちが何かをしたところで、綺麗になれるなんて……」
そんな発言を聞き、ぼそぼそと、ざわざわと、なんとなく賛同するような声があちらこちらから漏れる。
私たちが綺麗になれるはずがない……自信のなさがそんなことを思わせるのだろう。
でも本心では思っているんじゃないのか?
もしもなれるなら、綺麗になってみたい――と。
「大丈夫だよ。みんな、それぞれに魅力的な部分があるじゃないか」
フランクな口調でエステラが語りかけるが、反応はいまいちだ。
「おい、エステラ」
食いついてこない女子たちを見かねて、リカルドが動き出す。……余計なことをするんだろうな、きっと。
「お前、ちょっとメイクしてドレスでも着てこい」
「はぁ? なんでボクが」
「メイクすりゃ綺麗になれるってのを実際見せてやった方が分かりやすいだろう。なんだったか、オオバも言ってたろ? 見た方が分かりやすいとかなんとかいう――」
「『百聞は一見にしかず』のことかい?」
「――そう、それだ!」
今回、このようなプレゼンテーション的なお披露目会を企画する意図を、領主二人には話してある。
その席で『百聞は一見にしかず』という言葉を教えてやったのだが……そんな聞きかじった一部分だけをマネっこされてもな……
「メイクアップしたお前は、まぁ、あれだ、なかなか見れる顔になるからな。あいつらも納得するんじゃねぇかと思ってよ。…………って!? なんっつぅしかめっ面してやがんだ、テメェは!?」
エステラが、これまでに見せたこともないようなしかめっ面をしている。
「えっ!? そんなとこにもシワ出来るの!?」ってくらいに顔中をしわっしわにして、リカルドからススス……と距離を取る。
ヘラクレス大苦虫でも噛み潰したような顔だな。いるかどうかは知らないけど、ヘラクレス大苦虫。
「ボ……ボクのこと、そーゆー目で見ないでくれるかな?」
「バッ!? み、見てねぇよ! 今のはそーゆーんじゃなくて、客観的に見て、一面的な事実を述べたまでで……テメェはレモンを百個ほど一気食いでもしたのか!? その酸っぱそうな顔をやめろ!」
エステラの毛という毛が逆立っている。
物っ凄く嫌だったようだ。
褒めたのにあからさまに拒否反応を見せられたリカルドは、ただただ赤っ恥だな。滅多に女性を褒めないくせに、変なことろで張り切るからそういうことになるんだ。
「キモルド、諦めろ」
「リカルドだ!」
俺の目の前に、こんなにもキモがっている女子がいるもんでな。つい。
「今ここでエステラにメイクをさせても状況は変わらねぇよ」
「なんでだよ? 貴様が言ったんだろうが、見た方が分かりやすいって!」
『百聞は一見にしかず』くらいさっさと覚えろや!
読み終わったら、ポイントを付けましょう!