異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

373話 動き出す新たな計画 -1-

公開日時: 2022年7月16日(土) 20:01
文字数:4,609

 パメラが不安そうな、それでも真剣そのものの目で尋ねてくる。

 

「昨日、ヤシロ様がそのように申してくださったと、我が主オルフェン様のダメ兄貴がほざいていたなのです」

 

 ……ん?

 

「改革の英雄様であれば、そのような慈悲の御心をお持ちなのではないかというほのかな希望と、所詮あのクズがのたまった戯れ言であろうという信頼できない感情が入り交じり、なんとも判断しかねているなのです」

 

 え~っと……

 

「ヤシロ様は、我々に救いの御手を差し伸べてくださるのですか? それとも、やはりあのゲロシャブ野郎の口から出任せなのですか!?」

「うん。敬意と侮蔑の比重が極端過ぎて乗り物酔いしそう」

 

 とりあえず、アヒム。お前どんだけ嫌われてるんだよ。

 

「あ~……まぁ、これから先の三十区を助けてくれるってんなら、アイデアくらいは出せなくもないが――」

「あぁ、精霊神様! 運命の巡り合わせに感謝を! もしお望みであれば、この命を差し出しても悔いはないほどに感謝しております。ですが、これから先荒れるであろう領地を支えるため、私はまだ役目を果たさなければなりません! どうしても命が必要と思し召さば、我が区で一つ余っているあのバカ兄貴の穢れた命を地獄へ突き落としてくださいませ! 何卒! 一番苦しい地獄へ!」

「待て待て待て! 途中から感謝が願望になってるから!」

 

 なんか、可哀想になってきたよ!

 今度会ったら優しくしてやろうかな、アヒム!?

 

「私の両親は三十一区に大農地を持つ貴族なのですが、先々代――オルフェン様のお父上様がご当主だった時代より不作が続き……現在はまったく作物が育たない枯れた農地となってしまったなのです……」

 

 え?

 こんな、年中収穫真っ盛りな無敵の土を持つオールブルームで、枯れた農地なんかが存在するのか?

 

「先々代は収穫量の激減した我が家に温情をかけてくださり、生活の足しになればと、母や我が家の使用人を給仕として雇い入れてくださったり、父上には領内の警備の仕事を宛てがってくださったりと親身になってくださったなのです」

 

 大農地を持っているなら、かつてはそこの食料に頼っていたのだろう。

 持ちつ持たれつってヤツだな。

 

「なのに、代替わりするや否や『作物も作れぬ農地には何の価値もない』と我が家をさっさと切り捨てやがってあの腐れ外道!」

「マグダー! 大至急ハニーポップコーンを! 甘い物で心のササクレをまろやかにして差し上げて!」

 

 話を聞けば、三十一区には大きな家を持つ貴族が領主一族以外に四家あり、その四家ともに大きな農地を持っていたらしい。

 地主みたいなもんかな。その土地持ちの貴族が小作人に畑を貸して作物を作っていたそうだ。

 

 ……じゃあ、モーマットもうまくやれば貴族になれたんじゃね?

 やってること一緒じゃん。

 あぁ、そうか。獣人族は貴族にはなれないのか。

 

「農地持ちは、重宝されるはずなのです、普通なら……ですが」

 

 食料は、何物にも代えがたい物資だからな。

 食い物がなければ、いくら金と武力を持っていてもその街は滅ぶ。

 

 

 ……そこを怒らせちゃダメだろう、アヒムよぉ。

 

 

「ここ数十年、三十一区の貴族は、作物も作れぬ無能と蔑まれ続けて冷遇を……」

 

 どこも似た状況らしい。

 けどやっぱ変だよな。

『BU』は自分たちで生産量を抑えていただけで、不作になったという話は聞いていない。

 事実、増やそうと決まった瞬間から生産量は爆発的に増えている。

 そして、酒のための田んぼが広がっているという三十三区。

 そこが不作になったなんて話は、近隣区のドニスからも聞いたことがない。

 

 三十一区だけが不作に悩まされている。

 ……ウィシャートに首根っこを押さえつけられていた、三十一区だけが、な。

 

「そんな四貴族を、オルフェン様は気にかけてくださり、農業とは異なる仕事に就けるよう配慮くださったなのです」

「それで、生活は出来ているのかい?」

「……正直、貴族としての誇りを保てるような生活は……私が生まれた時にはもうすでに見る影もなかったなのです」

 

 二十年、三十年、それくらいの単位で困窮しているようだ。

 

「四貴族が雇っていた小作人たちは困窮して、アヒムやウィシャートの先兵のような仕事に手を染める者もおりましたが、我ら四貴族は、金はなくとも誇りはなくすまいと己を奮い立たせ、泥を啜るような思いで生きてきたのであります……っ!」

 

 その生き方が、相当つらかったらしい。

 

「……んっ……んんなぁぁぁああ、思い出しただけでムカつく! アヒムのばーか! チービ! 変なヒゲー!」

 

 悪口がダイレクト!? で、雑!

 

「貴族の矜持、ね」

 

 俺のつぶやきに、エステラがなんとも言えない表情で口を開く。

 

「貴族の捨てられないプライド――なんて言うと、ヤシロは笑うかもしれないけど、それを捨てることは自分を否定することになるんだ。……つらいよ」

「ま、俺にとってプライドなんてもんは、高値で売れる商品の一つでしかないが……譲れないものを守りたいって気持ちは、分かるよ」

「……そっか。ありがと」

 

 なんでお前が礼を言うんだよ。

 お門違いだろうが。

 

「たとえ、衣食住が保証された生活であろうと、巨乳が一人もいない街に閉じ込められるとすれば、俺は逃げ出すだろうからな!」

「ごめん、さっきの感謝、返却してくれる?」

 

 なんだよ、共感だろう!?

「分かってくれるんだ」って感動しろよ、そこは!

 

「ちなみに、レジーナ」

「あるで」

 

 俺が何かを問う前に、レジーナは回答を寄越してくる。

 穏やかな声とは裏腹に、眉間には深いシワが刻まれている。

 

「最も簡単に他所の街を侵略する方法は、毒物をバラ撒くことや。住民が全部おらへんようになれば、その街は自由に出来る。せやけど、その街の技術や人間が必要な場合は毒物が使われへん。代わりに使われるんが――土を殺す薬や」

 

 作物が育たないようにすれば、その街は食料を輸入しなければいけなくなる。

 その輸入先を先に押さえておけば、街を住民ごと乗っ取ることが出来る。

 

「……もし、ウチが想像しとる薬が使われとったとしたら、その土地では向こう百年は作物が育たへんようになっとるはずや」

「ひゃっ!? ……く、ねん、なのですか?」

 

 パメラが目を見開く。

 二十年三十年苦しみ続けてきた実家が、この先その三倍以上苦しみ続けると聞かされりゃ、絶望的な気分にもなるだろう。

 

「大丈夫だよ。『BU』が豆を解放して外周区との間で作物のやり取りは頻繁に行われるようになったんだ。食料危機は起こらないよ」

「だが、外から入ってくるばかりでは、農地を持つ貴族は収入を得ることは出来ぬぞ」

「……ですね」

 

 三十一区が飢えることはないだろう。

 だが、作物が作れない農地は利益を生めない。

 土を総取っ替えするにも、規模がデカ過ぎればそれも不可能になるし、一部だけということになれば不公平が原因で争いが起こるかもしれない。

 

 

 だからまぁ、やるとしたら……

 

 

「あっ」

 

 ジネットが、小さな声を漏らした。

 視線を向けると、俺の顔をじっと覗き込んでいたジネットがにっこりと笑った。

 

「ヤシロさん。例のアノお顔をされていましたよ」

 

 ジネット曰く、誰かが困って「どーしよー」と悩んでいる時に俺が見せる「俺に任せとけ」的な頼もしい笑顔――らしいんだが、そんな自覚は一切ないし、おそらくジネットの見間違いだと思う。

 

 が、まぁ、なんとかなりそうな案は一つ思い浮かんでるんだよなぁ。

 

「今度は何をするんだい、ヤシロ?」

「もったいぶらずにさっさと話さぬか、カタクチイワシ」

「私も、とっても興味があります。教えてくださいますか、ヤーくん?」

 

 領主と領主候補に顔を覗き込まれ、俺は重たぁ~い息を吐く。

 あんま期待すんな。

 

「お前らには一肌どころか、真っ裸になってもらうくらいの苦労を強いることになるが、いいか?」

「真っ裸はお断りだけどね」

「そんなに肌色が好きなら、キツネの棟梁や瓶底メガネの彫刻家と大衆浴場で親睦を深めるのだな」

「私は、……まだ子供ですので、お約束は出来ませんが……」

 

 別に本当に脱がしたいわけじゃねぇよ。

 いや、脱いでくれるなら是非拝ませてもらうけれども。

 

「でも三人足してもC未満かぁー!」

「いいからさっさと内容を話してくれないかい!?」

「私がいなければB未満ではないか」

「あ、あの、これから精進したいと思います!」

「カニぱーにゃ、お兄ちゃんの言うことは真に受けたらダメですよ。流すです、こういう時は」

 

 ロレッタがカンパニュラを背中から抱きしめてネコっ可愛がりをしている。

 流せばいいとか、酷くなぁ~い? どいひー。

 

「じゃあ、パメラ。オルフェンと、出来れば四貴族全員を集められないか? それぞれの貴族が持っている土地が分かるような地図があると助かる」

「今すぐ帰って招集をかけるなのです! 四貴族はオルフェン様と三十一区のためにならどんな協力でも惜しまないのです!」

「じゃあ、昼頃行くから準備しといてくれ」

「りょっ!」

 

 元気よく行って、パメラが凄まじい速度で駆けていった。

 

「なかなか速いが、人間のレベルを超えてないな」

「君は給仕長をなんだと思っているんだい?」

「いや、だってナタリアはさぁ」

「彼女は超特別仕様なんだよ」

 

 自慢かよ。

 

 パメラの速度は、ロレッタはもちろん、ナタリアとも比べられない。

 四十二区って、何気に超人が多いよな。

 

「じゃあ、エステラとルシアは各領主に声をかけてくれ。『金を出してみんなで儲けようぜ』ってな」

「詳細を求めて詰めかけてくると思うよ」

「昨日の今日だぞ? そこまでの元気はねぇだろ?」

「バカか、カタクチイワシ。昨日の今日だからこそ来るのだろうが。四十二区に立派な港が出来たところだぞ? 美味しい話があれば真偽をその目で確かめに来る。来ない者は領主失格だと言ってもいい」

 

 ……また集まるのかよ。

 ヒマなの、領主って?

 

「んじゃ、夕方頃まで三十一区にいるって書いとけ。今日がムリなら別途説明するからムリするなともな」

「ギルベルタ、手紙の準備をせよ」

「出来ている、すでに。お借りした、シスターベルティーナに、執筆の場を」

「感謝する、シスター。では、部屋をお借りしよう」

「では、ご案内しますね。こちらへどうぞ」

「ボクたちも行動に移そう。ナタリア」

「四十区と四十一区への手紙は私が代筆致しますので、エステラ様は『BU』の領主たちへの手紙をお願いします。それ以外はルシア様にお任せしましょう」

「うん。ジネットちゃん、悪いけど、片付けはお願いね」

「はい。エステラさんも頑張ってくださいね」

 

 ぱぱっと挨拶を済ませ、エステラたちが動き出した。

 

 で、事の成り行きをじっと見守っていたウーマロとイメルダ。

 存在感はなかったけどしっかりいたんだよ。ガキどもに絡まれながらも餃子を食ってたよ。

 

「おそらく、今日明日中に大量に木材を発注することになる」

「木こりギルド四十二区支部をもう一つ作るくらいの木材なら揃っておりますわ」

「んじゃあ、その支部を十個作れるくらいの木材を頼む」

「じゅっ……!? 何をなさいますの?」

「え~っと……大工の酷使?」

「あ~……はは、やっぱ、そーゆー流れになるッスよねぇ」

 

 話を聞いていたウーマロも薄々感付いていたらしい。

 なら話は早い。

 

「今日は丸一日寝倒すって言ってたから、全員四十二区にいるよな?」

「あぁ……まぁ、大半はいるッスかね」

「港の工事も終わっちゃったし、ヒマだろ?」

「あはは……ヒマ……ッスね」

「じゃあ、お仕事しようか?」

「もう、なんでもこいッス!」

 

 

 こうしてまた一つ、デッカいプロジェクトが動き出した。

 

 

 

 

 

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