「ヤシロさ~ん、試作品が出来ましたよ~」
ジネットが大皿を持ってフロアに戻ってくる。
皿がデカくて、蹲っている俺にはその出来栄えが見えないが、その代わりふわふわと翻るメイドのミニスカが素晴らしい位置で堪能できる!
「ジネット、ちょっとこっち来てくれるかな!?」
「いえ、その体勢ですと……その、見えてしまいますので」
「だからこそじゃないか!」
「もう! 懺悔してください!」
見せられないということは、すけすけなんだろうか?
きっとすけすけなんだろうな。
今日は飲食ギルドの面々が集まる特別な日だもんな。きっとすけすけの勝負パンツなんだろう。そうに違いない! 反論の余地がない!
「おい、すけット」
「ジネットですっ!」
テーブルに大人様ランチを置き、蹲る俺の腕を引っ張って立たせるジネット。
なんか介護されてる気分だ。
「とにかく、出来栄えを見てください」
「ん? …………おぉ!」
テーブルに置かれた大人様ランチに視線を向けると……
「デッカッ!?」
凄まじいボリュームだった。
俺はこれを一皿完食する自信がない。
つうか、一般人には無理だ。
大皿に山と積まれたおかずたち。
ハンバーグやソーセージのような食べ物が、折り重なるようにして積み上げられていた。
「多過ぎだろ」
「で、でも。みなさんが普段使っている食材を使うとこれくらいのボリュームに……」
「なんでミートボール八個も載ってんだよ?」
「一つだと存在感が薄れるから、とおっしゃるもので……」
こんなに我がが我ががとてんこ盛りにしたのではかえって逆効果だ。
メインメニューじゃない連中は数で存在感をアピールしようとしているらしい。
そのせいで、全体的にメリハリがなく、ごちゃ混ぜ感が半端ない。……これはダメだ。
「しょうがねぇな……」
まさか、大人様ランチにもアレが必要になるとはな。
一度厨房へと引き上げ、大皿の上から余剰分を取り除き、量を調節して見栄えをよくした。
そして、存在感の薄いサイドの連中にとある仕掛けを施す。
「よし、これでいいだろう」
単純な解決法で、ミートボールに店のエンブレム旗付きのつまようじを刺したのだ。
「おぉ! ウチのエンブレムが!」
「なんだか誇らしげなミートボールに!?」
サラダやタルタルソース等、旗が刺せない連中がいるので。旗は皿ごとに順番に使用することにし、一皿に一本、ミートボールに刺すことにした。
「んじゃあさ、いっぱい食べてもらった方がいいんだよな?」
「そうだな。皿の数が増えれば、ウチの旗の登場回数も増えるもんな」
「載せる量、もうちょっと調整しねぇか?」
「賛成賛成!」
方向性を見出すと、途端に議論が活性化し、ああでもないこうでもないと参加者全員がアイデアを出し合った。
四十二区を代表する最高の逸品を作るために、時には身を引き他者を立て、時には我を通してでも主張し、大人様ランチはどんどんブラシュアップされていった。
「すごいよね」
「ん?」
議論を交わす参加者たちを眺め、エステラが囁くように呟く。
視線は参加者に向けたまま、声だけを俺に向ける。
「少し前までは、与えられた不遇を黙ってただ享受するだけの、よく言えば大人しい、悪く言えば無気力な街だったんだよ、ここは」
俺が初めて訪れた時、四十二区の空気はどこか淀んで、陰鬱とした雰囲気が漂っていた。
「誰かに頼るにも、自分の口では伝えず誰かが動き出すのをじっと待つだけの人ばかりだった」
今の生活をなんとか維持する。それだけのために生きていた連中がほとんどだった。
悪意も理不尽も「まぁ、しょうがないよな」と甘んじて受け止め、今思えばあの頃の四十二区は消える直前のロウソクのような状態だったのかもしれない。
まだ火は点いている。
だが、それ以上何もすることは出来ない。改善することも、もう一度燃え上がることもない。
まだ火が点いている。ただそれだけの、あとは消えるのを待つだけの……そんな状態だった。
「大通り劇場を見た人や、ケーキを食べた人たちが、『よし、自分も何かやってみよう』って喚起したんだよ」
エステラの瞳がチラリとこちらを見る。
「……誰かさんのおかげでね」
「ふん…………結果論だろ」
どんなきっかけがあろうがなかろうが、変われないヤツは変われない。
きっかけがなくても、変わるヤツは変わる。
「その時期にたまたま俺が街をうろついてただけだ。そこに因果関係なんかねぇよ」
「ふふ……まるで善人アレルギーでも持っているかのような拒否反応だね。君は善行を積むと死んじゃう病気なのかい?」
……似たようなもんだ。
俺は詐欺師で、悪人だ。
お前ら全員、まんまと騙されてるだけなんだよ。気付けバーカ。
「ヤシロさん!」
議論を交わす参加者の輪から離れ、壁際で会話をしていた俺たちの前に、ジネットが小走りでやって来る。
お~お~、ぷるぷるさせちゃってまぁ。
「あの! トマトソースパスタを使ってもいいですか? 『もう、ここにはトマトソースパスタしかないのではないでしょうか』という感じになっているんですが!」
なんだかジネットが興奮している。
こいつが積極的に自分の意見を言うなんて……教会と食堂のこと以外では珍しい。
よほど楽しいのだろう。
「好きにしろ。ここの店長はお前だ。トマトスパでもナポリタンでも」
「なぽりたん? なんですか、それ?」
「あれ、作ったことなかったっけ?」
「こ、今度是非教えてください!」
「おう。おっぱいプリンと一緒に教えてやる」
「そっちはいらないです!」
「なんでだよ? 俺、メニューがおっぱいプリンだったら大食いで圧勝できるかもしれないぞ」
「そんなことしたら、四十二区がおっぱいの街だって思われちゃいますよっ」
「『おっぱいの街』!? なにそこ、住んでみたい! それ、全面的に押し出さねぇか!?」
「もう、ヤシロさんっ!」
ぽこりっ……と、ジネットが俺の頭にネコパンチを落とす。
ふわっと撫でるような優しい手つきの、げんこつだ。
こんなスキンシップは初めてだ。
「『めっ!』ですよ」
頬を膨らませた後、すぐにいつもの笑顔を見せる。
嬉しそうに、そして、少し恥ずかしそうに。
「あ、あの。では、トマトソースパスタを……えっと、ヤシロさん、さっきなんておっしゃいましたっけ?」
「ん? トマトスパか?」
「では、『トマトスパ』を使わせていただきますね」
跳ねるようにお辞儀をして、ひらひらのエプロンとスカートを風にふわりと舞い上がらせて、ジネットは議論の輪へと戻っていく。
四十二区の一員、陽だまり亭の店長としての責務を果たすために。
「変わったね、ジネットちゃん」
ジネットの変化に、エステラも気が付いていたようだ。
「すごく明るくなった。前は、あんなに声を張り上げるなんてことはなかったんだよ」
「その分、お前が騒いでいたからだろう」
「ボクは変わってないさ」
いいや。お前は変わった。
何よりも、すべてを一人で抱え込む秘密主義をやめた。
お前は、他人に甘えることを覚えたんだ。……だからお前は、もっともっと大きくなれる。
他人に甘えられないヤツは、他人を甘えさせてやることも出来ない。
エステラは、大きく成長するための助走に入ったのだ。いつ化けるかは……時間の問題だろう。
「もしかしたら、この街で変わってないものなんて何もないかもしれないね」
スラムがニュータウンとなり、大通りに活気が溢れ、人の気配すらなかったこの陽だまり亭に、入りきらないほどの人が集まっている。
確かに、四十二区は大きく変わった。
四十二区に関係するもので、変わってないものは……確かに何ひとつないのかもしれない。
だとしたら……
相変わらず悪人のままの俺は……やっぱ、四十二区にとっては異物なのかもしれないな。
「「「「おぉーっ!」」」」
「お、いいものが出来たみたいだよ」
エステラが半歩進み、振り返って俺を見る。
見に行こうと誘ってくれる。
「ヤシロさん! 見てください! 今度こそ完璧です! これは、ちょっとばかりすごいものが出来ちゃったかもしれませんよ!」
興奮気味に、ジネットが俺を手招きする。
ここに来てくださいと呼んでくれる。
こいつらが俺の居場所を作ってくれているんだなと……柄にもなくそんなことを考えてしまった。
「これが、四十二区を代表する料理! 『大人様ランチ』ですっ!」
提示されたその料理は、量もバランスも見栄えも申し分ない、豪華で美味そうなランチプレートだった。いや、このボリュームだとディナー向けか。
お子様をとうの昔に卒業した大の大人が見ても、子供の頃のわくわくを思い出し、思わずにやりとさせられる、そんな遊び心たっぷりの『大人様ランチ』が、今、誕生した。
「これで、大食いで負けても悔いはないですね!」
「いや、そこは勝たなきゃダメだから!」
なんか、作り上げた達成感で本来の目的を忘れられている。
飯はジネットとパウラに任せて、俺とエステラは選手の方に力を入れるかな。
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