『美の通り』は、大通りから『五本目』までを貫く縦の短くも広い通りを新たに設け、そこから各路地が延びているから、上から見ると魚の骨のようになっている。
以前からあった、大広場から奥の路地へと続く縦方向の通りに平行して、もう一本通りを追加した形だ。
以前の通りからも『美の通り』へ入ることは可能だが、ちょっとだけ「入りにくさ」を生み出しておく。
おっしゃれ~なランジェリーショップの前に、無骨な男集団がたむろしていると、女子は店に入りにくいものだ。
この『美の通り』も然りで、決して「来るな」とは言えないが、「そこは気を遣えよ」とは訴えたいところだ。
「こんなに豪勢な通りが出来たら、男性の方々が羨ましがるでしょうね」
新たに生まれる楽しげな通りの構想に、ジネットの顔にも楽しげな雰囲気が移っている。
「不平や不満が出たらどうしましょうね」なんて、そんなことは起こり得ないであろうことが前提のもと、そんな懸念を口にする。
「……マグダが黙らせる」
「うん。大丈夫だから、マサカリはしまえ」
女性のための街づくりなんてことを盛大にぶち上げると、「女性優遇か!」「男性蔑視か!」なんて不満が挙がりそうなものだが……あいつらは単純でバカばっかだからな……なんの対策を講じなくても「美人が増えてわっほ~い!」くらいに受け入れてくれるだろう。
でもまぁ、一応は不満が出ないように対策は講じてある。
「『美の通り』は、大広場から見て右側にあるだろ?」
「そうですね。そして、左側に従来あったお店を固めるんですよね?」
人間は、無意識下にある時、左にあるものへ意識を向けやすく、また左回りを優先させているものなのだ。
警官に追われた犯罪者は焦りによる極限状態から左側へ逃げる傾向が高く、それを踏まえて左側を重点的に捜索するようにしたら検挙率が上がった――なんて話もあるほどだ。
心臓を守るために左に意識が向きやすいだとか、右側に重い臓器があるせいでバランスをとるために自然と左に重心がずれているだとか、それらしい理由は諸説あるが、マーケティングの現場ではこの『左側に意識が向かいやすい』という法則はそこかしこに取り入れられて、なおかつ凄まじい威力を発揮している。
身の回りを見渡せばそこかしこに『左側』に重点を置いた事例が見つかることだろう。
四十一区でも、従来の店――主に男性客が活用するような店を左側に配置することで、不便なく従来どおりの買い物が出来るよう配慮してある。
それに、これまで『五本目』には結構な数の空き店舗があり活用されていなかったので、そこらへんを有効利用することで狭さや窮屈さを払拭する予定だ。
サバンナ効果を組み込んで奥の路地の改革をしてやれば、スペースも十分確保できるし、『五本目』なんて選民意識の温床になっていた悪しき習慣も払拭できるだろう。
「今回の区画整理で、四十一区はまた変わるだろうよ。連中、乗り気だったしな」
「そうですね。みなさん、新しい通りの誕生を心待ちにされている、そんなご様子でしたよね」
イベントを見ていたジネットが、その光景を思い出しているのかにこにこと笑みを浮かべる。
隣では、マグダが静かに拳を握っていた。期待値は同じくらいなのだろう。
「こうして上から見ると、四十一区の通りは綺麗ですね」
と、ウーマロが描いた設計図を眺めてジネットが言う。
もともと、大通りと平行に路地が並んでいた四十一区。そこに、路地を貫くように新たな通りを設けたことで、ちょっとした升目になっている。京都市内――とはいかないまでも、割と綺麗な造りになっている。
「これだけ綺麗に道が並んでいれば、迷子になることもなさそうですね」
「いいや。似たような角が続けば……逆に迷う」
何度京都で迷子になったことか……
原付でうろうろしていて「また二条城!?」ってなったことが何度もあってなぁ……
「ウーマロ。通りに名前を付けて標識を建てておいてやってくれ。絶対迷うヤツが出てくるから」
「名前って……『一本目』とかッスか?」
「いや、その名前は選民意識を煽るから、新しい名前を付けておいてくれ」
「さらっととんでもなく高い要求しないでッス!? 通りの名前なんか、適当には決められないッスよ!?」
なんだよぉ、融通の利かないヤツだなぁ。
「でも、『美の通り』の正式名称は四十一区のみなさんで考えてらっしゃるんですよね?」
「あぁ。リカルドが公募したみたいだぞ」
リカルドには名付けなんか不可能だろうからな。センスの欠片もないし。
まして、女性が綺麗になるための通りの名前など……出来ようはずもない。
「けど、四十一区の連中が考えることだからなぁ。せいぜい『美っくらこきまろ』程度が関の山だろうぜ」
「それ、ヤシロさんがたまに言ってるやつッスよね? その発想は持ち合わせてないと思うッスよ……」
なんだか、まるで俺のセンスが壊滅的みたいな目でウーマロが見てくる。実に不愉快だ。
もし俺が名前を付けるなら、『ベローチェ』とか『フ○ーチェ』とか『じゃり○こチェ』とか、小洒落た名前にするっつぅの!
要するに、四十一区の連中が考えるような名前は、どうせしょーもないもんに違いないって話だよ。
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