異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

190話 変わることと変わらないもの -1-

公開日時: 2021年3月18日(木) 20:01
文字数:3,125

「あと三日で試作品が完成するそうなんです」

 

 そう熱く語っているのは、早朝、陽だまり亭に顔を出したアッスントだった。

 マーゥルと麹職人の双方に会い、しっかりとした手応えを感じているらしい。いつにも増して鼻息が荒い。

 

 ので、両方の鼻の穴に指を突っ込んでみる。

 

「ぷひぃ! ……って、何するんですか、ヤシロさん!?」

 

 鼻を押さえて俺から四歩遠ざかるアッスント。……いや、あまりに近付いてくるから暑苦しくて。

 

「ジネット。熱湯を沸かしてくれ。指が汚れた」

「熱湯殺菌しなきゃいけないくらい汚いと思うなら、人の鼻の穴に指なんか入れないでくださいませんかねぇ!?」

 

 懐から小洒落たハンカチを出して鼻をぐじゅぐじゅと鳴らすアッスント。

 

「悪かったよ。お前ら夫婦の甘いメモリーに土足で割り込んで」

「そんなメモリーは持っておりませんよ!」

 

 本当はもっと早く会いに来たかったそうなのだが、昨日一昨日と陽だまり亭にはトレーシーたちがいて、その情報をどこかで聞きつけたアッスントは日を改めることにしたらしい。

 なんでも、「ホスト的立場にいる時のヤシロさんはゲストを優先させる傾向がありますからね。重要なお話はゆっくりと膝を突き合せてしたかったのですよ」――ということらしい。

 つまり、自分が主役じゃないと舞台に上がりたくないってわけだ。なんてわがままなヤツだ。

 

 あ、あと、「準備もなく貴族様にお会いすると……妬みが顔に出てしまいますので……」とかも言ってたな。……よくマーゥルに会いに行けたな、そんなんで。

 

「で、試作品ってのは豆板醤のことでいいんだな?」

「当然です! 熟成させるほど辛みが抑えられて旨みが引き立つということでしたので……でしたよね? ……ですので、熟成は引き続き行うとして、とりあえずの品として試供品で味を見てもらいたいと、先方がおっしゃっているんです」

 

 俺から得た知識を念のために確認してから話を進める。

 先方ってのは麹職人だろう。

 熟成を進めるにあたって、最初に味を見てもらいたいということらしい。

 まぁ、元になる味が見当違いなら熟成させるだけ時間の無駄だからな。

 

「随分と乗り気なんだな」

「それはもちろん。『これはワクワクする仕事だ』とまでおっしゃってくださいましたよ」

 

 随分と持ち上げるな。そんなに難しい相手なのだろうか、麹職人というのは。

 ……会いに行くのが面倒くさくなってきたな。領主にだけ会ってスルーするか? 面倒な人間はアッスントに丸投げして、俺は豆板醤の利益だけを吸い上げる…………いや、会って話をした方が後々旨みがあるだろう。

 話が通じる相手であれば、今後も何かと力を借りられるかもしれないし、うまくいけばアゴで使うことも…………ふふふ。

 

「ヤシロさん。麹職人に会いに行く際は私がお供いたしますから」

「なんでだよ?」

「絶対、失礼を働くでしょう?」

「決めつけんなよなぁ。仲良くなろうって思ってるだけだよ…………にやり」

「その顔! そのあくどい顔が不安を煽るんですよっ!」

 

 いや、だってさぁ、俺のあくどい顔は落ち着くってベルティーナも言っていたしな。

 癒し系なんだぞ、俺のあくどいスマイルは。ほっとするだろう?

 

「……わたしも、お会いしてみたいです」

 

 俺とアッスントのやりとりをにこにこと眺めていたジネットがぽつりとそんな言葉を漏らす。

 じゃあ、一緒に行ってみるか? ――と、聞こうとジネットに顔を向けると、ふいに視線がぶつかり……瞬間ジネットの顔が赤く染まり顔を逸らされた。

 

「あ、いえ! でも、大丈夫です! ……お店も、ありますし」

 

 なんだ?

 何かがジネットの中で湧き上がって急速に弾け飛んだような、この慌しい感情の起伏は………………まさか、「他所の区の人間には仲良く見える」的な俺の言葉を真に受けて思わず付いていきたいとか口にしちゃって、そんなことを口走ったことに気付いて照れて誤魔化している…………なんてことはないよな? あはは、ないない。……ないから、落ち着け、心臓。つか、この部屋ちょっと暑くないか? 暑いよな、なんかな、さっきから急にな!

 

「ヤシロさん……今後も仲良くいたしましょうね。……お互い、触れられたくない部分も多分にあるでしょうし、限りなく友好的な関係を維持できることを私は望んでいますよ……にやにや」

 

 ……くっ!

 弄られっぱなしではいないアッスントが、いやらしい笑みをこちらに向けてきやがる。

 だからこいつは嫌なんだ。察しがよくてムカつく。

 

「三日後に出来るってんなら、その日に会いに行くか。その場で試して、ついでに味見でもしてもらえばモチベーションも上がるだろう」

「なるほど。それはいいですね。彼女も、自分の作った調味料がどのような料理になるのか興味があるでしょうし」

 

 アッスントも俺の案に異論はないようで乗り気な様子だ。……だが、一個引っかかるワードがあった。

 

「彼女?」

「おや、言っていませんでしたか? 今現在、麹のすべてを取り仕切る麹職人は女性なのですよ」

「初耳だな」

「まぁ、性別はさほど問題ではないでしょう。重要なのはその腕前ですから」

「何言ってんだよ。商品はそれでいいかもしれんが、交渉はそれだけじゃダメだろうが」

 

 相手の性別や年齢によって戦略を変えていく必要がある。

 頑固ジジイとオシャレ女子とじゃ、交渉術がまるで変わってくるだろうに。

 

 こいつは、『麹職人』と交渉するということしか頭になかったのか?

 

「小手先の戦略では通用しない方なのですよ。性別や年齢で対応を変えると、それこそ不興を買って追い返されかねませんよ」

「じゃあなんだ? 女相手にオッサンにするような対応をしろってのか?」

「『オッサン』ではなく、『職人』を相手にする対応を心掛けてください」

 

 アッスントがここまで気を遣うとは…………焼きが回ったな。

 お前なら、相手が誰であれ利益を最優先に考えると思っていたのに。ひよりやがって。

 

「アッスントがそう言うんなら、『エステラのうっふんお色気作戦』を一度試してみるとするか」

「誰が協力するものか、そんなもん」

 

 こういう話をすると、いつもいいタイミングで口を挟んでくるのがエステラだ。

 お前は、どこかに潜んでいて登場するタイミングでも見計らっているのか?

 

「随分とタイミングのいい登場だな」

「むしろボクは、君がボクの足音でも聞きつけてふざけたことを口にしてるんじゃないかと疑念を抱いているけどね」

「いえいえ、エステラさん。ヤシロさんのおフザケは年中無休ですよ」

 

 あぁくそ。

 口の減らないヤツが二人も揃っちまった。

 

「麹職人に会うのが三日後になるなら、二十四区の領主との会談もそのあたりで調整したいね」

「マーゥルからの返信次第だな。アポがいつ取れるかは分からん」

 

 とはいえ、マーゥルのことだ。すぐにでも取り付けてくれそうな気がしているのだが……過信はしないに限る。

 

「タイミングが合えば楽でいいんだけど、領主の都合をこっちに合わさせるってわけにもいかないからね」

「出来れば、麹職人の方もあまり待たさないでいただきたいですね。気難しい方ですので」

 

 どっちも、敬って高待遇しなければいけない相手か。面倒くせぇ。

 

「むしろ、逆に呼びつけてやるか? 『飯食わせてやるから』って」

「ヤシロ、君はバカなのかい?」

「ほっほっほっ。エステラさん、何を今さら」

 

 ……な?

 こいつらが揃うとこうなるだろ?

 たまには俺も敬えってんだ。

 

「日程が決まりましたらご連絡ください。仕事を調整して時間を作りますので」

 

「では」と、アッスントが陽だまり亭を出て行く。

 アッスントと一緒に二十四区へ、か。

 

「美女率が下がるな」

「褒めてくれてありがとう。でもなんでか一切嬉しくないね」

 

 呆れ顔でエステラが嘆息する。

 こいつも、きちんとした格好をしていればお嬢様ビューティーなんだけどなぁ。

 

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