二十数名に及ぶ女性たちを引き連れ、大通りを後にする。
偶然空いていた店舗をひとつ借りて、そこでデリアによるシェイプアップ体操を実践してもらうのだ。
目指すは、程よい疲れと気持ちのいい汗。
プログラムは俺が考えてデリアに伝授した。
いや、さすがというか、デリアの飲み込みの早いこと。体を動かすことに関してはすごいの一言に尽きるな。……ウェイトレスの心得はどんなに説明しても理解してくれないのにな。
「というわけで、このデリアが綺麗なプロポーションを作るためのエクササイズを教えてくれる。無理はしなくていいから、出来る範囲でマネをしてみてくれ」
なんて説明をしている間も、女性たちはデリアの出るとこ「バイン!」の引っ込むところ「きゅっ!」なパーフェクトボディに釘付けだった。
デリアを講師にすることで――デリアがプロポーションをよくするエクササイズを教えてくれる……ということは、あのプロポーションになれる! ――という勘違いを引き起こしてくれる。
デリアのスタイルがいいのは元からで、エクササイズは一切関係ないのだが、そんなこと四十一区の女性たちは知る由もない。
勝手に、「エクササイズで綺麗になれる!」と思い込んでくれるのだ。
その思い込みこそが、『持続する力』になる。
みんな、信じる心って大切DA・ZE☆
二十分ほどでエクササイズは終了した。
参加者はみんな床の上にへたり込んでいる。平然と立っているのはデリアだけだ。
後ろの方でこっそり参加していた四十二区の面々もへとへとになって床に転がっている。
かくいう俺は、……見ているだけで疲れた。
普段の仕事では使わない筋肉を使い、疲労困憊の参加者たち。
けれど、その疲労感が「私、頑張った!」という満足感を生み、その満足感が「これで綺麗になれるかも!」という希望を呼んでくれる。
人間の心は実に単純だ。
誰かに肯定してもらえるだけで満たされる。そしてこの次もまた頑張れる。
「よぉし、みんなよく頑張ったな! なんかちょっと綺麗になったんじゃないか?」
そんなデリアの言葉に、お互いの顔を見合わせる参加者たち。
周りにいるのは、初めての経験でほどよく疲れ、相応の満足感を味わった仲間たち。
誰の表情にも不安感はなく、認めてもらえた安心感と、これからもっと綺麗になれるかもしれないという期待感に満ち溢れた表情をしている。
その顔はきっと、ただ漫然と繰り返される毎日を過ごしていただけの時とは比べ物にならないくらいに明るくなっていることだろう。
だから、きっとこう見えるはずだ。
「あ、この人、さっきより綺麗になった」と。
そして、続けてこう思うわけだ。
「それじゃあ、きっと私も……」と。
ただの期待が自信に変わる。
その分岐点に立っている女性たち。
そんな彼女たちに、とても甘美な言葉を送る。
「じゃあ、この後はお待ちかねの、ランチタイムだ」
頑張った自分にご褒美。
程よく疲れた体は、きっと料理を一層美味しくしてくれることだろう。
そうして訪れたのが、ご存じ『サワーブ』。オシナの店だ。
運動したり、おしゃべりしたりして、時間は頃合いの正午前。太陽は間もなく真上へと到達する。
久しぶりに訪れたオシナの店は、以前と変わらず路地の奥にひっそりとたたずみ、店先に飾られた樹木がいい意味で独特な雰囲気を醸し出している。
紹介されたのでなければまず入らない、そんな店構えだが、これが裏を返せば『知る人ぞ知る』に変貌するわけだ。
ドアを開けると、自然のままの姿をうまく加工した天然木のカウンターやインテリアが目を引く。
バナナに似た植物の葉が天井付近を彩り、店の奥からは涼しい風が吹き抜けていく。
ドアを開けると風が通るんだろうな。それを狙って設計してあるなら、その設計士はなかなか大したものだ。微風が出迎えてくれる店ってのは、こういうテイストの店であれば十分に『アリ』だ。
「わぁ……」
と、参加者の女性たちがアジアンテイストの店内を物珍しそうに眺めている。
こういう雰囲気の建物はちょっと他では見たことがないから、さぞ珍しかろう。
そして、女性たちを店内へ誘導すると、店の奥、大きく開け放たれた開口の向こうに設けられた木漏れ日降り注ぐテラス席に、オシャレに変身したバルバラがエステラと一緒にお茶を嗜んでいる様が目に飛び込んでくる。
一枚の、大きな絵画を思わせるようなその光景は、光と風の調和が目と肌に心地よく女性たちの心をくすぐってくれたようだ。
すなわち――
やだっ、なんかすっごいオシャレ!
そんなときめきの視線がテラスの席へと集まっていく。
「なかなか、趣味はよろしいですわね」
三百六十度、どこからどう見ても貴族のお嬢様であるイメルダが店内の雰囲気を褒めてみせると、それだけで箔が付く。この参加者たちにとっては。
自分たちが知らなかった世界。それが素晴らしいものだと、自分たちよりも目上の者が認める。それはある種の保証になり得る。
うっすい味付けの汁物を、料理人が「これが美味い」と言うだけで、「お上品なお味」に早変わりする、あの心理だ。
「アラアラ、いらっしゃいなのネェ」
そして、この店のオーナー、オシナが客たちの前に姿を現す。
実は、俺が言ってわざわざ最初隠れていてもらったのだ。視線があちらこちらに飛ばないように。
まずは店内を見てもらう。そして、オシナだ。
「キレーな人……」
誰かがぽつりと漏らす。
今日、ここまで散々美意識に触れてきた女性たちは、これまでよりもずっと『綺麗』を身近に感じているようだ。
他者を綺麗と認めることで、そこから何かを学ぼうという心がそっと、確実に芽生えた。そういうことだろう。
「こんな団体さんは初めてなのネェ」
店を埋め尽くすほどの団体客に、オシナがむにゅんと唇を緩める。嬉しそうだ。
「今日は、ミ~ンナにスッペシャ~ルなお料理を用意してあるのネェ。楽しんでいってネェ」
今回の企画に先立ち、オシナとは事前に打ち合わせておいた。
これから出てくる料理も、俺とオシナとジネットとエステラで入念な打ち合わせをして決めてある。
ジネットが料理人としての意見を、エステラが貴族の視点からの意見を言い、オシナが自分の店に合うようにアレンジして、俺が『いかにも女子が食いついてくれそうな一工夫』を提唱する。
「オシナのお店では、美味し~ぃ野菜をた~くさん食べてほしいのネェ」
オシナの店には肉料理はほとんどない。
メニューのほとんどが野菜と果物で構成されている。
オシナがあまり肉を好んでいないというのがその最たる理由だ。
実は、カンタルチカでバイトしている時、ソーセージの肉々しい匂いにちょっと胸が焼けていたのだとか。
この店に戻ってほしいという旨を説明した時に「よかったネェ。あのお店、とっても楽しいけど騒音と匂いがちょっとつらかったのネェ」と苦笑をこぼしていた。肉の香りと騒がしさがダメなら、カンタルチカでは働けないだろうに。
やはり、オシナにはこの店が一番似合っている。
「ハ~ィ、お待たせ様なのネェ~」
ジネットとマグダとロレッタが手伝って、各テーブルに色とりどりの野菜が運ばれてくる。
まずは、ルッコラをメインとしたサラダ。梅と柚子を使った爽やかな酸味が美味しいドレッシングを使用してある。
四角くカットしたトマトと、塩気の強いチーズを混ぜることで色味と風味を味わい深いものにしている。
厨房傍のカウンターにもたれ店内の様子を観察する俺のもとへ、オシナがふら~りとやって来る。
女性客の顔を眺め、十分な手応えを感じている様子だ。
「生ハムとか入れると美味いんだぞ」
「お肉好きな人には、そういうのも必要かもネェ」
オシナ的にも、このサラダは気に入ったようで、今後いろいろ弄ってみたいと言っていた。
ドレッシングなんかを試行錯誤してみたいそうだ。
「陽だまり亭の店長さんから、い~っぱいアイデアもらったのネェ。あの娘、お料理の天才ネェ」
オシナはジネットをとても高く評価している。
その高評価の原因が、今運ばれてきたポタージュスープだ。
マグダたちの手によって、ジネット自慢のカボチャのポタージュが運ばれてくる。
甘くて温かいスープに、女性たちが思わず頬を緩めている。
その様を見て、満足そうにオシナは厨房へと戻っていった。
メイン料理の準備へと向かったのだ。
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