異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

348話 青天の日 -3-

公開日時: 2022年4月7日(木) 20:01
文字数:3,862

「よくぞ戻った、カンパニュラたん!」

 

 と、親族でもなんでもないルシアが両腕を広げてカンパニュラに抱きつこうとしていたので、握りっ屁を喰らわせてやった。

 

「クサッ!? クッサ! 何をするのだ、カタクチイワシ!?」

「ホント、何してんのさ、ヤシロ……一応レディに向かって」

「一応とはなんだ、エステラ!? 私は完全無欠なレディだぞ!」

 

 完全無欠なレディが、そこらの痴漢がドン引きしそうな危険な顔で幼い少女に抱きつこうとしてんじゃねぇよ。

 

「ところで、全身おケツのレディとやら」

「誰が全身おケツだ!?」

 

 おぉ、すまん。

 なぁに、ちょっとばかり乳が見当たらなかったものでな。

 

「いつからカンパニュラをたん付けするようになったんだ、お前は?」

「ふん、そんなもの。可愛いと思ったその瞬間からだ!」


 なぜ、そんなに胸を張って言えるのか……こいつはもう本当に末期なんだろうな。


「それはそうと、急な頼みを聞いてもらって悪かったな」

「なんだ、気持ちの悪い。素直に礼など述べおって。季節外れの豪雪期がやってくるわ」

 

 と、自身の二の腕を寒そうにさすってみせるルシア。

 いやいや。

 

「似非豪雪期なら、昨日来てたろうが」

 

 馬車で移動する間に、時刻は昼を過ぎていた。

 今日は本当に温かい。

 昨日の寒気が嘘のようだ。

 

 ……だが、ルシアはきょとんとした顔で首を傾げる。

 

「昨日? 確かに少々肌寒くはあったが、豪雪期というのは少々オーバーであろう」

「いや、ここ数日はめっちゃ寒かっただろ? 昨日なんかまさに豪雪期並みの寒さだったろうが」

「そうなのか、エステラ?」

「え? あ、はい。ボクも、寒さのあまり毛布を一枚出したくらいで」

「……ふむ」

 

 冗談を言っている風でなく、ルシアが真顔で「四十二区はそんなに寒かったのか」と呟く。

 え?

 あの寒気、四十二区だけなのか?

 いや、三十区も二十九区も濃霧に覆われていたし、四十二区だけではないと思うが……

 

「こちらは、そうでもなかったんですか?」

「うむ。日中も気温が上がらず、少々肌寒くはあったが、豪雪期というほどではなかったな。カタクチイワシはオーバーな男だが、それを差し引いてもそこまでの寒さではなかった」

 

 失敬な。

 いつも俺が必要以上に騒いでいるみたいに。

 

「妙な話だね。あれだけ寒かったのに」

「まぁ、自区で雨が降っているのに、他区に行くと晴れているなどということはままあることだ。四十二区はここよりも低い場所にあるからな。冷気が溜まりやすいのかもしれん」

 

 いや、崖の上の三十区でも濃霧は発生していたんだが……

 まぁ、これだけ離れていれば、天気や気温が異なることもないとは言えない、か。

 同じ東京でも、多摩地区と二十三区では気温が4度も違う、天気も異なる、なんてことは多々あったしな。

 

 ただ、それだけじゃない気が、しないでもないんだよな。

 ……精霊神、マジで何かしたんじゃねぇだろうな。

 

「まぁよい。折角来たのだ、ゆっくり――は、出来ぬだろうが、有意義な時間を過ごすがいい。ギルベルタ」

「出来ている、足湯の準備が」

 

 ギルベルタが俺たちを案内してくれる。

 庭の一角に設けられた足湯コーナーに。

 

 なんか、毎回足湯の用意をしてるな、こいつら。

 今回は馬車なんで足は疲れてないんだが。

 

 ……まさか、最初に、めっちゃ褒めたからそれで嬉しくなったんじゃないだろうな?

 前も喜んでくれたし、今回もね、って? 結構マメだな、おい。

 

「さぁ、カンパニュラたん。あんよをお湯に浸けて痛い痛いする前に、姉様があんよをもみもみしてあげまちょ~ね」

「触んな、犯罪者」

 

 違った。

 全然違った。

 マメとか、好意的とか、一切関係なかった。

 ただただ自分の欲望に正直なだけだったわ、ここの領主。

 

「邪魔をするなカタクチイワシ! 私はただ善意からカンパニュラたんの小さくて可愛らしいあんよをもみもみナデナデさすさすハスハスくんかくんかしたいだけだ!」

「途中から、完全な犯罪予告じゃねぇか」

 

 カンパニュラに近付くな、この歩く性的搾取領主。

 

「ご厚意、ありがたく存じますルシア様。ですが、ヤーくんや陽だまり亭のみなさんのおかげで、もう大丈夫になったのですよ」

 

 にっこりと笑って、カンパニュラが靴を脱ぐ。

 すぐさま、テレサが椅子を持ってきて、カンパニュラの靴と靴下を脱がせにかかる。

 

「見るな、カタクチイワシ。目玉を抉り取るぞ」

「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ」

「誰がカタクチイワシだ!?」

「そこまで忠実に『そっくりそのまま』じゃねぇよ!」

 

 そこは機転利かせろや!

 

「ご覧ください。もう、お湯に足を入れても痛くはないのです」

 

 カンパニュラが足湯に素足を浸ける。

 一瞬、眉根が寄る。

 まだ完治したわけではないようだが、以前のように耐えられないような痛みが走ることはなくなったようだ。

 陽だまり亭に来てから、毎日マッサージをして、毎日ジネットたちと風呂に入っていたからな。

 それに、レジーナが置いていってくれた薬も服用させている。

 

 カンパニュラの体内に残っていた毒素は、もうほとんど排出されたと見て問題ない。

 

「申し訳ありません。皆様より先に足湯をいただいてしまいまして」

「それには及ばぬ。皆も、そなたの健やかな姿を見られて嬉しいだろうし、その足湯の水はあとで私が美味しくいただくのでな」

「あ~ぁ、ルシアさん。途中までいい話だったのに……」

「さぁ、入ろうぜエステラ」

「待て、湯を替えさせる! 貴様は入るなカタクチイワシ!」

「足も拭かずにどぼーん!」

「ぎゃぁあああ! 水が穢れたぁー!」

「申し訳ない思う、こんな主で」

「へいち、ょ。たのしい、わるい、ない、ょ」

 

 ギルベルタとテレサがそんな会話をしている。

 こいつらも、給仕長コンビってことになるのかね。

 

「ほら、テレサもこっち来い。足湯、気持ちいいぞ」

「はい! るしあしゃ、ありがとうごじゃましゅ」

「あはぁっ! 三十五区で見るテレサたんは一段と可愛い! もう三十五区の子になればいいのに!」

 

 おい、誰かあの幼女誘拐犯を捕獲しろよ。

 生死不問でいいからよ。

 

「そうだ! テレサたんはカンパニュラたんと仲良しだ! だから、これからもずっと一緒にいるのがいい! つまり、二人揃って三十五区の子になればいいのだ! おぉ、みんなでハッピーではないか!」

 

 ハッピーなのはお前の頭ん中だけだ。

 

「私も、テレサさんとはずっと一緒にいられればいいなと思っております」

 

 足を湯に浸けて、カンパニュラが静かな微笑を湛える。

 

「ですので、とてもありがたいお言葉ではありましたが、ルシア様のご希望には沿えないかと思います。申し訳ございません」

 

 静かに言って、静かに頭を下げる。

 その言葉を聞いて、その場にいた誰もが口を閉じ、静かにカンパニュラを見つめていた。

 

 そうか。

 カンパニュラはそこまで完全に理解しているのか。

 さすがというか……もっと子供っぽい生き方をさせてやりたかったんだがな。

 

「ごめんな、カンパニュラ」

「いいえ。その分、ヤーくんたちにはたっぷりと甘えさせていただきましたから」

 

 だから、これから先は俺の望み通りに動いてくれると……

 

「まだだよ」

 

 だが、俺としても、いきなりカンパニュラを表舞台に押し上げるつもりはない。

 

「まだまだ、これからもっと甘えさせてやるよ。今まで、ずっと我慢していた分を取り返す勢いでな」

 

 カンパニュラはずっと我慢をしてきた。

 利発過ぎる故に、子供らしいわがままを言わずに生きてきた。

 だから、こいつが望みそうなことを、こっちが先回りして体験させてやる。

 

 それが、せめてもの償いだ。

 

 

 俺は、カンパニュラの人生を大きく変えるようなことを仕出かす。

 

 

 だからこそ、カンパニュラを幸せにする責任が、俺にはある。

 

「お前のことは、俺がちゃんと幸せにしてやるからな」

 

 カンパニュラの小さな頭に手を乗せ、目線を合わせてそう告げると、カンパニュラは花が綻ぶように笑った。

 

「うふふ。なんだか、プロポーズのお言葉みたいですね、ヤーくん」

 

 照れるでもなく、本当に嬉しそうにそう言ったカンパニュラの笑顔を見た直後、俺は水中へと突き落とされた。

 

「今、ここで滅べ、幼女誘惑犯!」

「がぼぼごっ! がばぼっがぼがっ!」

 

 ルシアが、足湯の中で俺の後頭部を踏みつける。

 息っ! 息が出来ない! いや、死ぬから! マジで!

 

「安心しろ。靴は脱いでやった」

 

 わ~い、ルシアたんの生足だ~☆

 

 なんて喜ぶと思ったか!?

 なんとか反転するも、ルシアの足は執拗に俺を踏みつける

 

 えぇい、しょうがない。

 

 ペロリ。

 

 

「ぅひゃぁぁあああ!? 舐めた!? 舐めたぁあ!」

「ごっほごっほ! げっほごっほ!」

 

 ざばぁっと水から顔を出し、肺一杯に酸素を送り込む。

 ……死ぬかと思った。

 

「き、きき、きさまっ! れ、れでぃのあしに、な、なんというろーぜきをぉぉおおうおぅおぅおぅお!?」

「けほっ! やかましい……正当防衛だ……っ」

 

 こっちは死ぬところだったんだよ!

 

「めっちゃお湯飲んだわ……っ」

「生脚フェチか!?」

「テメェと同じ動機で飲んだ湯じゃねぇよ!?」

 

 強制的に飲まされたの!

 そう、お前にね!

 

「因果、これは。過ぎると反動が来る、戯れは」

「まぁ、生足ペロリ~ナの異名を持つヤシロ様へ、不用意に生足を近付けた責任はルシア様本人にあるでしょうね」

「しょーがない、なの」

 

 給仕長たちが一応、俺を擁護している……か? 特にナタリア。

 誰が生足ペロリ~ナだ。

 

「れ、れでぃ誘惑罪だ!」

 

 顔面にとどまらず全身を真っ赤に染めるルシア。

 レディな面影をかなぐり捨て、半泣きの顔をさらしている。

 だが、まずはおのれの行いを深く反省していただこうか。

 

 ……で、生足ペロリは誘惑じゃねぇよ。

 ダイレクトで犯罪だ。

 

 ……誰が犯罪者か。正当防衛だ、正当防衛!

 

 

 

 

 

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