「ゴッフレード。今ならまだ好きな未来を選べるぜ」
ようやく事態を把握して青ざめるゴッフレードに告げてやる。
「オールブルームとバオクリエアのどちらかに骨を埋めるか――この先、言葉も通じない異国へ逃げて一生逃亡生活を続けるか」
「テメェ……オオバ、ヤシロ……っ!」
ゴッフレードの筋肉が盛り上がっていく。
怒りが限界を突破して思考が停止したのだろう。
「テメェも道連れだぁ!」
俺の頭ほどもある拳が振り下ろされる。
だが――
「させると思うかい?」
メドラとハビエル、そしてナタリアが俺を守ってくれていた。
ゴッフレードの背後にはイネスとデボラまでいて、ゴッフレードの息の根をいつでも止められる位置に陣取っている。
そうなることが分かっていたから、俺は身じろぎ一つしなかった。
「これが、俺とお前の差だよ、ゴッフレード」
お前は、俺を同類だと言った。
あぁ、確かにな。デッカいジャンルで言えばその通りかもしれねぇよ。
人類を善人と悪党の二つに分ければ、俺は間違いなく悪党側さ。
だがな。
「テメェは自分の利益のために他人を利用し、裏切り、使い捨てる。一方の俺は自分の利益のために最良の土壌を作り上げる。いわば、テメェは他人を騙す悪党で、俺は他人を信用させる悪党なのさ」
詐欺師に一番求められるのは信頼感だ。
バレれば即終了なんて綱渡りの悪事しか出来ねぇ三流が、俺と同じ土俵に立ってるつもりになってんじゃねぇよ。
「ゴッフレード」
動きを封じられたゴッフレードに、エステラが告げる。
「ボクたちは本日、今回の件を踏まえて正式に統括裁判所へ提訴する。ことの詳細を記載した報告書を添えてね。それが、何を意味するか、分かるね?」
エステラとここにいる領主とギルド長が連盟で報告書を提出すれば、それは統括裁判所を窓口にして王族へと知らされる。
そうすれば、数日の内に本日起こったこと、そして『湿地帯の大病』の真実と、長年にわたって行われてきたバオクリエアとウィシャートによる侵略行為の概要がオールブルーム中に知れ渡ることとなる。
「君に残された猶予はない。生き延びるつもりなら、今すぐに荷物をまとめてこの街を離れ、二度とここへは近付かないことだね」
「ぐ……っ!」
ゴッフレードをカエルにすることは出来ない。
だが、これからは憲兵へ突き出すことが出来る。
なにせ、国家転覆を目論んだ他国の侵略者なのだから。
「君は悪名を轟かせ過ぎたんだよ。……君の顔は、わざわざ似顔絵を作成するまでもなく多くの者が知っている。おかげで経費が削減できて助かるよ」
「てっ……テメェ!」
「いいのかい、もたもたしていて。君を恨みに思っている領主は、この場に大勢いるんだよ?」
ゴッフレードが視線を巡らせる。
きっとその目には、恨みのこもった目で自分を睨む領主の顔がたくさん見えたことだろう。
分かりやすく顔を引き攣らせやがった。
「まぁ、ほんのちょっとだけだけれど、今回の件に貢献をしたと認められる部分もあったからね。……これが最後の情けだよ。今すぐボクの目の前から消えて、そして二度とボクの視界に入るな」
中には、ゴッフレードを統括裁判所に突き出して極刑を与えるべきだという意見もあった。
だが、今回のまとめ役はエステラだからな。
他の領主連中もその辺を汲んでくれて、一度だけ猶予を与えてやることとなった。
二度とオールブルームに近付かない。
それが守れるなら、命だけは助けてやるってな。
ゴッフレードが改心するなんて誰も思っちゃいない。
悪党から足を洗えないならそれでもいい。
だが、もしこの次オールブルームにちょっかいをかけるようなことがあれば、その時は――
「くっそ……がっ!」
エステラと、そして俺を睨んでゴッフレードが駆け出した。
最後に悪足掻きで一発くらい殴りかかってくるかと思ったのだが――
「水鉄砲☆」
「ぅおう!?」
マーシャからの牽制が入り、ゴッフレードは歯ぎしりをして逃亡した。
これでもう、二度とあいつの顔を見ることはないだろう。
ま、念のために人魚のお守りでも作って売り出してみるかな。
海難と悪党避けのお守りだ~とか言って。
「さて、ノルベール」
ゴッフレードが去り、ノルベールが残される。
周りには、怖ぁ~いギルド長と給仕長。
ノルベールは大人しく、ことの成り行きを見守っていた。
暴れるつもりは、もはやないようだ。
メドラたちに視線を送り、ノルベールと俺の間をあけてもらう。
差し向かい、一対一で話をする。
俺が前に立つと、ノルベールは苦虫を噛み潰したような表情で少し笑った。
「俺とゴッフレードの立場が逆だったら、まんまと利用されることはなかったのによ」
「いいや。相手がお前だったら、お前用のプランでまんまと騙してやってたさ」
ゴッフレードより頭が切れるなら、頭が切れるヤツ用の詐術を駆使するまでだ。
バカにはバカの、頭のいいヤツには頭のいいヤツなりの騙し方ってもんがある。
結果は一緒だったさ。
「これで、貴族への夢もおしまいか……」
「もとより、似合わねぇよ。お前に貴族なんてよ」
「けっ! 言ってくれるぜ」
自分の利益のことしか考えられないヤツに貴族は向かない。
自分のことしか考えていない貴族がほとんどではあるが、じゃあそいつらが貴族に向いてるかといえば、それはNOだ。
そいつらは、今たまたま貴族でいるだけで、決して求められてそうなったわけではない。
そんな不向きな貴族は早晩潰され、引きずり下ろされる。
欲をかいて身を滅ぼしたグレイゴンのようにな。
一度、エステラに視線を向ける。
エステラは口元を緩め、静かに一度頷く。
もう一度視線をノルベールへと向け、言葉を投げる。
「ノルベール。お前には言っておかなきゃいけないことがある」
一歩踏み出せば、ノルベールが微かに身構える。
だが、周りには身体能力が人間離れした者たちがわんさかいる。
ノルベールが何をしようがすべて徒労に終わる。
そう悟ったのだろう。
ノルベールは肩の力を抜き、軽く肩をすくめて息を抜いた。
それを確認して、俺はノルベールの前まで歩いていく。
目の前まで来て、その顔を見上げる。
初めて会った時よりも随分と痩せたか。……そりゃそうか。
「ノルベール」
俺の、ここでの生活は、こいつとの出会いから始まった。
こいつの魂胆がどうあれ、身なりのいい俺を見てダダ漏れの下心を抱いていたとしても――
「助けてくれて、ありがとう」
――こいつがいなければ、俺はこの街にはたどり着いていなかった。
「あの時、お前が俺を助けてくれていなければ、俺はきっと死んでいた。別の誰かに拾われたとしても、きっと今頃はどこかで野垂れ死んでいた」
この街で、この街の連中に出会っていなければ、俺はきっと過去を引き摺ったまま身も心も悪党のままで、ゴッフレードやウィシャートにも劣る悪党に成り果てていただろう。
そんなヤツは、惨めに野垂れ死ぬのが関の山だ。
「お前がどうしようもない悪党で、この街の平和を脅かす存在だったとしても、俺を助けてくれた恩は消えない。……もっとも、香辛料の一件とそれがきっかけでお前が捕まったのはお前にも責任があるし、ウィシャートの性根が腐りきっていた部分も大きいから、まぁ、責任は分散されて、俺の責任はたぶん8%くらいだろうけどな」
「ふざけんな。テメェが80%だろうが」
「いやいや。短気を起こして暴れたお前の思慮が浅かったのが50%、ウィシャートが臆病で陰湿だったのが42%くらいだろう」
「いや、ウィシャートの性根が腐ってたのが70%じゃねぇか?」
「じゃあ、残りを折半して15%ずつでどうだ? これ以上は引き受けられねぇぞ」
「しょうがねぇ。じゃあそれでいい」
さすが行商人のノルベール。
交渉がうまい。
「つまりまぁ、あれだ。こんな出会い方じゃなかったら、もうちょっと話が合ったかもしれねぇんだけどな」
「いや、そいつはねぇな。俺はお前が大嫌いだ。そもそも、顔が気に入らねぇ。なんだその陰気な目つきは。もっとぱっちり開きやがれ」
「バカタレ。こういうのは『目元が涼しい』っつって、二枚目の条件だっつーの」
「惜しいな。いい鏡を作る職人を知ってるんだが、それをお前に売ってやる機会がねぇ。なんとか自分で調達しろ。現実が見えるからよ」
「似合いもしないロン毛でイキってるオッサンに言われたくねぇよ」
「はぁ!? バカか! めっちゃ似合ってるわ! 酒場に行きゃあ女がわんさか寄ってくるってんだよ!」
「おいおい。周りの給仕長たちを見てみろよ。ドン引きだぞ」
「ぐ……っ! こ、小娘にゃ、大人の魅力が分かんねぇんだよ」
なんだその負け惜しみ。
バーサ系女子にでもモテたいのか? 渋い趣味だな。
そんな軽口を叩いた後、俺は指を二本立ててノルベールに突きつける。
「二つ、条件を飲んでくれるなら、俺はお前に恩返しが出来る」
これが、俺に出来る精一杯だ。
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