「……お待たせしました。魔獣のソーセージとフルーティーソーセージ。ビッグベーコンとパン二人前、ピリ辛チャーハンです」
五つの皿を器用にバランスよく運んできたマグダ。
このあたりはさすがとしか言いようがない。
ミリィがお盆に頼っているのに対し、マグダはこれらの皿を細い腕二本で運んでくるのだ。それも一切こぼすことなく。
「……おかずのチーズケーキは間もなく」
「あのっ、おかずではないので、あとでいいですよ」
「……いやいや、遠慮なさらず」
「遠慮ではないんですが!?」
皿をすべて置いて、ウェイトレスらしくぺこりと頭を下げる。
お茶目が過ぎるが、仕事ぶりは完璧だ。
……と、思ったら、立ち去る前にジネットに抱きついてぎゅっとしていった。
「はい、減点」
「いいじゃないですか。わたしは嬉しかったですよ?」
「そのサービスを認めると、他の客にも提供しなければいけなくなるぞ」
「「「「はいはいはいはい! こっちにも『ぎゅっ!』を一つくれー!」」」」
……な?
バカしかいないんだから、この街。
「……マグダは今忙しいからムリだけれど、臨時の新人アルバイトなら可能」
「「「「マッ、マジで!?」」」」
マグダの言葉に、浮かれたオッサンがそわそわと浮き立ち始める。
ある者はミリィに視線を向け、またある者は『臨時』という言葉からオシナを想像したのかカウンターへと視線を向けている。
だが、マグダがそう言うってことは……
「……では、臨時アルバイトの新人獣人族…………メドラちゃんでーす」
「誰だい、アタシに『ぎゅっ』ってしてほしいってのは!?」
「「「「ごめんなさい! キャンセルで!」」」」
……やっぱりか。
メドラの場合、『ぎゅっ』の後に『ボキッ!』とか『グシャッ!』って音が続くだろうに。
「ダーリン、楽しんでるかい?」
「あぁ。ほんの一瞬前まではな……」
なぜお前がここにいるのか……
「大丈夫だよ、ダーリン」
デカい体を丸めて、デカい手をデカい顔の横に添えてデカい口で囁いてくる。
「アタシが愛情を込めて『ぎゅっ』ってするのは、ダーリンにだけだ・か・ら・ね☆」
「ごめん、メドラ。俺、背骨を失う気はないんだ」
聞けば、オシナが『準備』のために四十一区へ帰ってしまったために、その空いた穴を埋める目的でメドラが代役を買って出たのだという。
……お前それ、マイナスを補うどころかマイナスが増加しちまってんじゃねぇかよ。どんどんマイナスが膨れあがってるぞ。
「アタシも暇じゃあないんだが、ウチのマグダも慣れない環境で頑張ってるようだし、夜までなら手伝ってやってもいいって思ったんだよ」
店側としては是非とも遠慮したかったところだろうな。
「だから、さ……よ、夜からは空・い・て・る・よ☆」
「あぁ、残念。俺、夜から仕事なんだぁ」
陽だまり亭がオープンするからな。お前には付き合えねぇわぁ――これから先も。そしておそらく来世でも!
「とにかく、食べて寛いでおくれ! 何か困ったことがあったらいつでも呼んどくれよ!」
「マグダー、これ下げてくれる~?」
「……了解した」
困ったことがあったのでマグダを呼んで、困ったことの原因を撤去してもらった。
まぁ、おかげで酔っ払いどもによる店員へのセクハラが減るだろう。その点ではいい仕事をしているぞ、メドラ。
俺たちのやりとりをくすくす笑って見ていたジネット。
俺と視線が合うと、「では、いただきましょうか」と、箸を差し出してきた。
ここでも手渡してくれるんだ、箸。……過保護な母親か。
「相変わらず、カンタルチカさんのソーセージは美味しいですね」
魔獣のソーセージを一口かじって、ジネットが唸る。ちょっと悔しそうに見えるのは、この場の空気によるところだろうか。
口元に手を添えて大きなソーセージを咀嚼する様が、なんとなく見慣れなくて新鮮だった。
「こちらのソーセージは、少し甘い香りがしますね。……フルーティーソーセージ…………なにか、フルーツの香りでしょうか?」
「ジネットは初めてか、フルーティーソーセージ?」
「カンタルチカさんのソーセージは、ロレッタさんの大好物ですので」
ジネットの苦笑を見るに、あればあるだけロレッタが食ってしまうのだろう。
で、ジネットはジネットで「そんなにお好きなら」といつも譲っているのだろう。
「ここのソーセージからロレッタを奪い返すか?」
「うふふ。それも悪くありませんが、大好物は思い出とセットであることが多いですから」
大して美味くないはずの物も、思い出補正で絶品料理として記憶されていることがままある。
ロレッタの大好物を上書きするのは、この魔獣のソーセージが好きだと思ったロレッタの思いを邪魔することになる。……な~んてことを考えているのか。本当は悔しいくせに。
「…………リンゴ、でしょうか?」
こいつすげぇな……よく香りだけでそこにたどり着けたもんだ。
「正解が知りたいか?」
「ヤシロさんはご存じなんですか?」
「まぁな」
「そうですね…………やめておきます。どうなのかなぁ~って考えるのも楽しいですから」
正解を知ればそこで思考は止まる。正解はゴールだ。
答えを知らなければいつまでも「あ~かな、こ~かな」と悩めるということだ。それを楽しいと思えるのは、ジネットならではなんだろうけれど。
「……っ!? 辛っ! からいれふっ、これ!」
ピリ辛チャーハンを一口食べて目を白黒させる。慌ててグレープフルーツジュースを口に含むが…………あ~ぁ、酸っぱいのが辛いのと合わさってなんか痛みに変わっているようだ。ジネットが面白い感じで身悶えている。
「うぅ……『ピリ』の限度を超えています……」
「基本的に、酒飲みのオッサンが多いからなこの店」
泥酔して味も何も分からなくなったバカ舌のオッサンがかっ喰らって「辛い」と感じるレベルに合わせてあるのだろう。
ジネットの繊細な舌には刺激が強過ぎたようだ。
「……ネフェリーさんがクセになる味だとおっしゃっていたので気になっていたのですが……」
「辛い物は、好きなヤツはすっごい好きで、苦手なヤツはとことん苦手だからな」
「……チーズケーキが待ち遠しいです」
赤く染まる舌をぺろっと出して甘い物を待ちわびるジネット。
乳製品なら、カプサイシンの辛みを抑えてくれるかもな。やったことないから知らないけれど。
「辛っ!?」からの「チーズケーキ!」……うん、ない。
「あ、パンと言えば」
かったいパンを千切りながら、ジネットが思い出したように言う。
……声を潜めて。
「以前、ヤシロさんが……あの、とある理由で……その……誕生させた…………パン、のような小麦の……ほら、アレが、あったじゃないですか……」
かつて、俺がそうとは知らずにパンを自作して、盛大にこの街の法律に引っかかった話をしたいのだろうが、いろいろ配慮しようとして物凄く挙動が不審になっている。
「俺の作ったパンがなんだって?」
「わっ、わぁ! ……だ、ダメですよ。許されたとはいえ、……どこで誰が聞いているか分かりませんから……」
俺の口を手で塞ぎ、きょろきょろとあたりを見回す。……そんな警戒せんでも。
「それで、その……ソレに関してなんですが。先日教会から『パンをもっと柔らかく焼く方法を知っている者がいれば、教会へ情報の寄付をお願いしたい』という告知が出まして」
「……なに、その図々しい告知」
情報を寄付しろって……せめて金くらい出せっつうの。
「ベルティーナからは何も聞いてないな」
「シスターは……お金も出ませんし、ヤシロさんから何もかもを搾取するのはよくないと……わたしもそう思うのですが………………あの時のアレを思い出してなんでしょうが、シスターのよだれがすごくて……」
「ヤシロさんから何もかもを搾取するのはよくないことですので……じゅるるん!」……とでもやっていたのだろうか。
さすがに、パンは作ってやれないからなぁ。
「俺が情報提供すると、世に出回るパンは改革されるのか?」
「そうですね…………おそらく、少し値段が上がって一定数は出回ることになるかと思いますが……」
なんとなく、教会の偉い連中が儲かるだけのような気がしてきた。
クッソ高いパンになって、貴族連中が独占する未来しか見えない。
「……流通方法を見直すなら考えてもいいかな」
俺も、柔らかいパン食いたいし。
教会の銭ゲバどもが改心したら教えてやってもいい。……そんなことあり得ないんだろうけれど。
「すみません、変なことを言ってしまって」
「いやいや。聞いといてよかったよ」
少なくとも、教会の連中が『柔らかいパンの情報』を欲しているということが分かったからな。どこかで活用できるなら、切り札の一つにしておくのも有りだろう。
リベカに頼めば高品質のイースト菌とか作ってくれそうだしな。
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