「か、かわいい……っ!」
エステラが両腕を微妙な位置に持ち上げ、うずうずさせている。
飛びつきたい衝動を必死に抑え込んでいるようだ。
「中はお父様ですわ。淑女は慎みをお持ちなさいまし」
と、よこちぃにべったりくっついて得意げなイメルダ。
「ナタリア、中、代わって!」
「サイズ的に難しいかと」
よこちぃに抱きつきたいらしいエステラ。
日本じゃ、彼氏持ちの女の子も平気で抱きついてたけどなぁ。
マスコットキャラクターの中には、人なんていないのだから。
それでヤキモチを焼く男は少数派だ。
……たとえ、中身がド変態オヤジであろうと、知る由はないからなぁ。
「一応、中に人はいないという設定で、テーマパークに行けばこういうキャラクターに会えるってことにしたいんだが」
「えぇっ!? よこちぃ、三十一区にあげちゃうの!?」
「いや、こいつは四十二区のマスコットキャラだ」
「よっしっ! よこちぃ、ゲットだぜ!」
どこで覚えた、そんなセリフ。
渾身のガッツポーズを決めるエステラ。
しかし、アレだな。
こうまで抱きつきたがるとなれば、対策が必要だな。
この街は日本ほど開放的ではなく――見せパンも全然流行ってくれないし――どうやら淑女としての振る舞いがかなり重視される傾向にある。
だから、中に男が入っていると女子は抱きつきにくいのだ。
おまけに、抱きついた後、中の男が勘違いしてストーカー化する……なんてことも考えられなくもない。
日本の物を、日本と同じ感覚で導入するのは危険をはらむ。
「着ぐるみの中身は女子に限定するか。かなり大変だけど」
「そうすれば、エステラ様のような困ったおこちゃまは抱きつけますが――」
「誰がおこちゃまなのさ!?」
お前だ。
「――逆に、中に入る女性が危険ではありませんか? 男性に抱きつかれ放題というのは……」
「可愛いものを見て抱きつきたがるのは、圧倒的に女子の方が多いだろう?」
「確かに、そうですね」
「女の子のキャラに抱きつこうとする男を、お前らはどんな目で見る?」
「成敗しますね」
そういう目で見られると思えば、強引に抱きつこうとする男はそうそう出てこないだろう。
「でもさ、よこちぃは男の子だよね? 男同士なら抱きつけるんじゃないの?」
「あのな、エステラ、想像してみろ。男を見て『かわいぃ~!』って抱きつきに行く男を」
「あ…………ん~、微妙だね」
「そんなことをするのは金物ギルドの乙女くらいだし、あの連中なら、たぶんセーフだ」
この街の男連中を見る限り、相手の許可もなく急に抱きつくようなことはしないと思う。
紳士的にってことをことさら気にかける男が多いし、極端なまでに女性を避ける男も多数いる。
子供には夢を見させるが、大人には真実を教えておいてもいい。
「中には女子が入っているから、許可なく抱きついたら即捕縛」ってな。
「キャラの方からちょっとしたサービスくらいなら、してやってもいいだろう。そういうのが地味に嬉しかったりするもんだ」
言って、ハビエルからよこちぃの頭を外す。
「ちょっと、ヤシロ、やめて! 夢が壊れる!」
「いや、あのよぉ。面と向かって、よく言うよなぁ、領主さんよぉ」
首から上だけハビエルになったよこちぃがげんなりした声で言う。
「あれ、ハビエルってエステラのこと『領主』って呼んでたっけ?」
なんか違和感。
そういえば、ハビエルってエステラのことあんまり呼んでなかったかも?
「いや、まぁ、アンブローズは自分の姪っ子みたいなもんだから、気軽に『エステラ』と呼んでやれって言ってたんだが、この一年での目覚ましい成長を見るとなぁ……、ちゃんとレディとして扱わなきゃなぁ~ってよ」
「それは、とても嬉しい言葉ですけど、ボクとしては親しみを持って『エステラ』と呼んでいただけた方が嬉しいですよ」
「そうか? なら、そうさせてもらおう。ワシに対しても、堅苦しい言葉遣いは必要ない。ヤシロほど酷いのは困るが、アンブローズにするくらい砕けた口調が好ましい」
「うん。分かったよ、ハビエル。……って、オジ様にはこんな砕けた言葉は使いませんけどね」
エステラがにこ~っと笑う。
親戚のおじさんを見る幼い子供のような無防備な笑みだ。
ハビエルも、イメルダを見る時とも、妹たちを見る時とも違う、嬉しそうな目でエステラを見ている。
「ハビエル」
そんなハビエルに問う。
「エステラの成長が、目覚ましい?」
「うるさいな! 絶対引っかかってると思ってたけど、一回流れた話を蒸し返さないでくれるかい!?」
とある一部に限定すれば、まったく成長していないもので、つい。
「ところで、ヤシロ様。その頭を使って、何かされるのではなかったのですか?」
「ん? あぁ、そうだったな」
ハビエルから奪ったよこちぃの頭をすっぽりと被る。
これで、顔だけよこちぃの誕生だ。
夢の国のネズミがやりそうな、可愛らしいポーズをいくつか取ってみせる。
「う~ん……、顔はよこちぃだけど、体がヤシロだから、微妙な気分だね」
難色を示すエステラ。
そんなエステラのほっぺたに、よこちぃの鼻を押し当てる。
ほっぺチューだ。
「ふなぁぁあ!?」
チューされた頬っぺたを両手で押さえ、エステラが飛び退く。
よこちぃの頭を脱いで、顔を赤く染めるエステラに問う。
「――と、これくらいのサービスなら、可愛げがあって許されるんじゃないか? 割ときゅんとしただろ?」
「きゅ、きゅきゅきゅ、きゅんどころじゃなかったよ!?」
驚き過ぎだ。
試しに、よこちぃの頭を持って、もう一度エステラのほっぺたに押し当てる。
「……これは、なんか、微妙だね」
「中に人が入っていても、触れるのは着ぐるみだから、そこまで騒ぐほどのことじゃない」
「いや、でも、中がヤシ……いや、中に人がいると思うと……心臓が痛いよ……」
まぁ、これも文化として根付いていないからだろうな。
心臓を押さえて弱るエステラに代わって、ナタリアに実務的な話を振る。
「一応、マスコットキャラには護衛を付けて、不届き者を排除できる体制を取っておけば、大きな問題は起こらないだろう」
「そうですね。オープンまでの間に、いろいろ訓練が必要になりそうですが」
「そこは頑張ってもらうさ。客が目一杯楽しむためには、運営側が血のにじむような努力をしなければいけない。商売とは、そういうものだ」
「その辺りも含めて、領主会議の議題にいたしましょう。ヤシロ様。マスコットの動きやルールについての説明を、実演込みでお願いできますか?」
「そうだな。実際見ないと分かりにくいだろうしな」
そこら辺はやってやってもいいだろう。
中身は誰かにやらせるかもしれんが。
「それで、ジネット」
「はい」
先ほどからしたちぃの図面を見ていたジネット。
随分と真剣に見ていたな。
「もう一着、大至急作りたいんだが、手伝ってくれないか?」
「はい! わたし、この図面を見て、是非お手伝いしたいと思っていたんです。あのですね、ここの縫い方なんですが――」
「あぁ、そこはやりながらでいいから、作業に取り掛かろう。マグダたちが起きてくる前に出来上がれば、反応を見てみたいからな」
「そうなると、時間がありませんね。ノーマさんがいてくださると、随分と助かると思うのですが……」
「いや、ノーマは寝かせてやってくれ」
ホント、死んじゃうから。お肌が。
「僭越ながら、私がお手伝い差し上げます」
ナタリアがすっと前へ進み出る。
完璧超人ナタリアなら、裁縫の腕前も期待できそうだ。
「そういうわけで、ハビエル。朝飯が遅くなっちまうが」
「大丈夫だ。もうしばらくよこちぃの動きを練習しておくよ」
「でしたら、お父様。ワタクシが監督いたしますわ。今でも十分愛らしいですが、よこちぃにはまだまだ可能性が秘められていますもの!」
「エステラには、着ぐるみの説明を頼む。俺が中に入ると、しゃべれなくなるからな」
「分かった。設定資料をくれれば覚えるよ」
というわけで、役割分担を済ませ、俺たちは即座に行動を開始する。
完璧超人ナタリアと、家事の達人ジネットの腕前はすさまじく、見る見るうちに着ぐるみが縫い上げられていく。
昨日のうちに裁断まで終えていたのがよかったのだろう。
ただ、したちぃはドレスっぽい衣装だから、そっちが大変そうなんだよなぁ。
まぁ、クオリティアップは、ウクリネスにでも頼んで追々でいいだろう。
「ねぇ、ヤシロ」
設定資料を読んでいたエステラが、ちまちまと縫物をしている俺を呼ぶ。
眉間に、深い、深ぁ~いシワを刻んで。
「このキャラの名前なんだけどさぁ」
「『よいこのよこちぃ』と『親しみやすいしたちぃ』だよ! そう書いてあるだろう!?」
勢いで誤魔化す!
「……他意は?」
「ジネット、この名前どう思う!?」
「とっても可愛いと思いますよ」
数の暴力!
どーだ、多数派には強く出られまい!
「……でもまぁ、もうすでによこちぃに馴染んじゃったし……由来がこれなら……まぁ……いい……の、かな? ……ん~…………いいか」
こうして、最難関を辛うじて突破し、四十二区にマスコットキャラが誕生した。
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