異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

377話 マスコット爆誕 -3-

公開日時: 2022年8月3日(水) 20:01
文字数:3,620

「か、かわいい……っ!」

 

 エステラが両腕を微妙な位置に持ち上げ、うずうずさせている。

 飛びつきたい衝動を必死に抑え込んでいるようだ。

 

「中はお父様ですわ。淑女は慎みをお持ちなさいまし」

 

 と、よこちぃにべったりくっついて得意げなイメルダ。

 

「ナタリア、中、代わって!」

「サイズ的に難しいかと」

 

 よこちぃに抱きつきたいらしいエステラ。

 日本じゃ、彼氏持ちの女の子も平気で抱きついてたけどなぁ。

 マスコットキャラクターの中には、人なんていないのだから。

 それでヤキモチを焼く男は少数派だ。

 

 ……たとえ、中身がド変態オヤジであろうと、知る由はないからなぁ。

 

「一応、中に人はいないという設定で、テーマパークに行けばこういうキャラクターに会えるってことにしたいんだが」

「えぇっ!? よこちぃ、三十一区にあげちゃうの!?」

「いや、こいつは四十二区のマスコットキャラだ」

「よっしっ! よこちぃ、ゲットだぜ!」

 

 どこで覚えた、そんなセリフ。

 

 渾身のガッツポーズを決めるエステラ。

 しかし、アレだな。

 こうまで抱きつきたがるとなれば、対策が必要だな。

 この街は日本ほど開放的ではなく――見せパンも全然流行ってくれないし――どうやら淑女としての振る舞いがかなり重視される傾向にある。

 だから、中に男が入っていると女子は抱きつきにくいのだ。

 

 おまけに、抱きついた後、中の男が勘違いしてストーカー化する……なんてことも考えられなくもない。

 日本の物を、日本と同じ感覚で導入するのは危険をはらむ。

 

「着ぐるみの中身は女子に限定するか。かなり大変だけど」

「そうすれば、エステラ様のような困ったおこちゃまは抱きつけますが――」

「誰がおこちゃまなのさ!?」

 

 お前だ。

 

「――逆に、中に入る女性が危険ではありませんか? 男性に抱きつかれ放題というのは……」

「可愛いものを見て抱きつきたがるのは、圧倒的に女子の方が多いだろう?」

「確かに、そうですね」

「女の子のキャラに抱きつこうとする男を、お前らはどんな目で見る?」

「成敗しますね」

 

 そういう目で見られると思えば、強引に抱きつこうとする男はそうそう出てこないだろう。

 

「でもさ、よこちぃは男の子だよね? 男同士なら抱きつけるんじゃないの?」

「あのな、エステラ、想像してみろ。男を見て『かわいぃ~!』って抱きつきに行く男を」

「あ…………ん~、微妙だね」

「そんなことをするのは金物ギルドの乙女くらいだし、あの連中なら、たぶんセーフだ」

 

 この街の男連中を見る限り、相手の許可もなく急に抱きつくようなことはしないと思う。

 紳士的にってことをことさら気にかける男が多いし、極端なまでに女性を避ける男も多数いる。

 

 子供には夢を見させるが、大人には真実を教えておいてもいい。

「中には女子が入っているから、許可なく抱きついたら即捕縛」ってな。

 

「キャラの方からちょっとしたサービスくらいなら、してやってもいいだろう。そういうのが地味に嬉しかったりするもんだ」

 

 言って、ハビエルからよこちぃの頭を外す。

 

「ちょっと、ヤシロ、やめて! 夢が壊れる!」

「いや、あのよぉ。面と向かって、よく言うよなぁ、領主さんよぉ」

 

 首から上だけハビエルになったよこちぃがげんなりした声で言う。

 

「あれ、ハビエルってエステラのこと『領主』って呼んでたっけ?」


 なんか違和感。

 そういえば、ハビエルってエステラのことあんまり呼んでなかったかも?


「いや、まぁ、アンブローズは自分の姪っ子みたいなもんだから、気軽に『エステラ』と呼んでやれって言ってたんだが、この一年での目覚ましい成長を見るとなぁ……、ちゃんとレディとして扱わなきゃなぁ~ってよ」

「それは、とても嬉しい言葉ですけど、ボクとしては親しみを持って『エステラ』と呼んでいただけた方が嬉しいですよ」

「そうか? なら、そうさせてもらおう。ワシに対しても、堅苦しい言葉遣いは必要ない。ヤシロほど酷いのは困るが、アンブローズにするくらい砕けた口調が好ましい」

「うん。分かったよ、ハビエル。……って、オジ様にはこんな砕けた言葉は使いませんけどね」

 

 エステラがにこ~っと笑う。

 親戚のおじさんを見る幼い子供のような無防備な笑みだ。

 ハビエルも、イメルダを見る時とも、妹たちを見る時とも違う、嬉しそうな目でエステラを見ている。

 

「ハビエル」

 

 そんなハビエルに問う。

 

「エステラの成長が、目覚ましい?」

「うるさいな! 絶対引っかかってると思ってたけど、一回流れた話を蒸し返さないでくれるかい!?」

 

 とある一部に限定すれば、まったく成長していないもので、つい。

 

「ところで、ヤシロ様。その頭を使って、何かされるのではなかったのですか?」

「ん? あぁ、そうだったな」

 

 ハビエルから奪ったよこちぃの頭をすっぽりと被る。

 これで、顔だけよこちぃの誕生だ。

 夢の国のネズミがやりそうな、可愛らしいポーズをいくつか取ってみせる。

 

「う~ん……、顔はよこちぃだけど、体がヤシロだから、微妙な気分だね」

 

 難色を示すエステラ。

 そんなエステラのほっぺたに、よこちぃの鼻を押し当てる。

 ほっぺチューだ。

 

「ふなぁぁあ!?」

 

 チューされた頬っぺたを両手で押さえ、エステラが飛び退く。

 よこちぃの頭を脱いで、顔を赤く染めるエステラに問う。

 

「――と、これくらいのサービスなら、可愛げがあって許されるんじゃないか? 割ときゅんとしただろ?」

「きゅ、きゅきゅきゅ、きゅんどころじゃなかったよ!?」

 

 驚き過ぎだ。

 試しに、よこちぃの頭を持って、もう一度エステラのほっぺたに押し当てる。

 

「……これは、なんか、微妙だね」

「中に人が入っていても、触れるのは着ぐるみだから、そこまで騒ぐほどのことじゃない」

「いや、でも、中がヤシ……いや、中に人がいると思うと……心臓が痛いよ……」

 

 まぁ、これも文化として根付いていないからだろうな。

 心臓を押さえて弱るエステラに代わって、ナタリアに実務的な話を振る。

 

「一応、マスコットキャラには護衛を付けて、不届き者を排除できる体制を取っておけば、大きな問題は起こらないだろう」

「そうですね。オープンまでの間に、いろいろ訓練が必要になりそうですが」

「そこは頑張ってもらうさ。客が目一杯楽しむためには、運営側が血のにじむような努力をしなければいけない。商売とは、そういうものだ」

「その辺りも含めて、領主会議の議題にいたしましょう。ヤシロ様。マスコットの動きやルールについての説明を、実演込みでお願いできますか?」

「そうだな。実際見ないと分かりにくいだろうしな」

 

 そこら辺はやってやってもいいだろう。

 中身は誰かにやらせるかもしれんが。

 

「それで、ジネット」

「はい」

 

 先ほどからしたちぃの図面を見ていたジネット。

 随分と真剣に見ていたな。

 

「もう一着、大至急作りたいんだが、手伝ってくれないか?」

「はい! わたし、この図面を見て、是非お手伝いしたいと思っていたんです。あのですね、ここの縫い方なんですが――」

「あぁ、そこはやりながらでいいから、作業に取り掛かろう。マグダたちが起きてくる前に出来上がれば、反応を見てみたいからな」

「そうなると、時間がありませんね。ノーマさんがいてくださると、随分と助かると思うのですが……」

「いや、ノーマは寝かせてやってくれ」

 

 ホント、死んじゃうから。お肌が。

 

「僭越ながら、私がお手伝い差し上げます」

 

 ナタリアがすっと前へ進み出る。

 完璧超人ナタリアなら、裁縫の腕前も期待できそうだ。

 

「そういうわけで、ハビエル。朝飯が遅くなっちまうが」

「大丈夫だ。もうしばらくよこちぃの動きを練習しておくよ」

「でしたら、お父様。ワタクシが監督いたしますわ。今でも十分愛らしいですが、よこちぃにはまだまだ可能性が秘められていますもの!」

「エステラには、着ぐるみの説明を頼む。俺が中に入ると、しゃべれなくなるからな」

「分かった。設定資料をくれれば覚えるよ」

 

 というわけで、役割分担を済ませ、俺たちは即座に行動を開始する。

 完璧超人ナタリアと、家事の達人ジネットの腕前はすさまじく、見る見るうちに着ぐるみが縫い上げられていく。

 昨日のうちに裁断まで終えていたのがよかったのだろう。

 ただ、したちぃはドレスっぽい衣装だから、そっちが大変そうなんだよなぁ。

 まぁ、クオリティアップは、ウクリネスにでも頼んで追々でいいだろう。

 

「ねぇ、ヤシロ」

 

 設定資料を読んでいたエステラが、ちまちまと縫物をしている俺を呼ぶ。

 眉間に、深い、深ぁ~いシワを刻んで。

 

「このキャラの名前なんだけどさぁ」

「『よいこのよこちぃ』と『親しみやすいしたちぃ』だよ! そう書いてあるだろう!?」

 

 勢いで誤魔化す!

 

「……他意は?」

「ジネット、この名前どう思う!?」

「とっても可愛いと思いますよ」

 

 数の暴力!

 どーだ、多数派には強く出られまい!

 

「……でもまぁ、もうすでによこちぃに馴染んじゃったし……由来がこれなら……まぁ……いい……の、かな? ……ん~…………いいか」

 

 こうして、最難関を辛うじて突破し、四十二区にマスコットキャラが誕生した。

 

 

 

 

 

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