「何が死んだフリだい!?」
四十区の領主、アンブローズ・デミリーの館に来ていた俺たちの前にしわがれた声のゴリラが乱入してきた。
――かと思ったら、まっすぐ俺の方に向かってきたぁ!?
死んだフリ! 俺今死んでます! 超死んでるんだからねっ!
「バカなことやってんじゃないよ! ほら、起きな!」
脇に手を突っ込まれ、軽々と抱き起こされてしまう。
ガバッと持ち上げてポイッと放り投げられ、気が付いたら俺は起立をさせられていた。
どんな筋力してんだよ……フォークリフトか!?
「まったく! 死んだフリなんて……あんたはクマかい!?」
クマに死んだフリされるって…………はっ!? そんなの聞いたことある!
たしか、直視すると視力が落ちるという…………
「ゴリラ人族『轟雷のメドラ』!?」
「アタシャ、フェレット人族だよ!」
違う……違うもん。俺の知ってるフェレットはこんなガチムチじゃないやい。
もっと細長くって可愛いんだい!
「まったく、なんなんだい!? 最近の若いヤツは!」
メドラが『轟雷』の二つ名に相応しい、雷鳴のようなデカい声で怒鳴る。
「ろくに挨拶もしないで! 礼儀ってもんがなってないんじゃないのかい!?」
「いや、それを言うなら、来客中の領主のところに無許可で突撃してきたお前はどうなんだよ!?」
「誰に向かって『お前』なんて言ってんだい!? 食っちまうぞ!」
「怖ぇよ!」
「エロい意味で!」
「もっと怖ぇよっ!」
なんなんだよ、こいつは……すべてにおいて規格外だ。
何よりデカい! とにかくデカい!
「デカ過ぎるだろ……」
「初対面のレディに対して乳の話なんかするんじゃないよ!」
「乳の話じゃねぇし、レディって誰がだ、こら!?」
「アタシの乳がデカくないってのかい!? Gカップだよ!?」
「聞きたくなかったわ、その情報!」
ノーマと同じだと!? なんか全然違う!
いや、デカいよ!? デカいけど、腹とか腕とか首とか尻とか足とか、他のところも全部、もれなくデカ過ぎるんだよ、こいつは!?
「エロい目で見るんじゃないよ!? 照れんじゃないか!」
「エロい意味で食うとか言ってたヤツのセリフか!?」
「おいおい、ヤシロ。いい加減、泣く子も気絶すると言われた狩猟ギルドのギルド長、メドラ・ロッセルに噛みつくのはやめにしとけや。見てるこっちが冷や冷やしてくるぜ」
木こりギルドのギルド長、はち切れん筋肉が暑苦しいヒゲ親父、スチュアート・ハビエルが俺の肩に手をポンと載せる。……その『ポン』で脱臼しそうになった……お前の筋肉は遠慮ってもんを知らんのか?
「お前が連れてきたのか?」
「すまんな。どうしても止められんかった」
「なんのための筋肉だ!?」
「娘のための筋肉だが?」
キリッとした顔してんじゃねぇよ!
「アンブローズ。すまん。騒がせた」
「いや、構わんよ。少々驚きはしたが……実のところタイミングが良かった」
デミリーはこの無礼なゴリラ……フェレットらしいが認めない……の来訪を、とりあえずは歓迎するようだ。
「エステラや」
「はい」
エステラが、デミリーの許可を得て、一歩前に進み出る。
そして、メドラに向かって一礼をした。
「四十二区の領主代行をしております。エステラ・クレアモナです。以後、お見知りおきを」
「ふん……挨拶はちゃんと出来るんじゃないかい」
デカい胸の前でデカい腕を組み、デカい態度でメドラが言う。
「ちょいと! どこ見てんだい!?」
……この手の女、メンドクセェ……ッ!
「ヤシロよぉ。お前の巨乳好きは留まることを知らねぇなぁ。メドラまで狙いに行くなんざ……無法地帯じゃねぇか」
「そこまで無節操じゃねぇわ!」
「いやしかし、オオバ君。その花束は、私の館で巨乳をばるんばるんさせている女性に贈るためのものなんだろう?」
「おまっ、デミリー! なんて余計なことを……!」
「なんだって!? アタシに花束を贈りたいって!?」
「食いついちゃったじゃねぇか!」
「「グッドラック」」
ハゲとヒゲに親指を立てて突きつけられる。
……こいつら、俺を使ってメドラの怒りを緩和させようとしてやがるな? 目がそう言っている。
つか、こんな戦闘民族みたいな女が花なんかもらって喜ぶのかよ?
……ラウンドガールに花束もらった途端にそれで殴りかかってくる悪役レスラーが脳裏に浮かんでくる。
「コゾー、名前は?」
コゾーって……
「オオバヤシロ。四十二区にある食堂の従業員だ。あとそれから、たまにエステラの相談役みたいなこともやっている」
「アタシはメドラ・ロッセル。狩猟ギルドのギルド長をやっている」
面と向かうと、かなり威圧感がある。
なるほど……クマが死んだフリするのも、直視して視力が落ちるのも頷ける。
こいつは、全身から夥しい量のオーラを放っていやがるんだ。……マジで戦闘民族じゃないだろうな?
例えるなら、こいつは常時、『赤モヤ』状態のマグダ並みのオーラを放出しているようなものだ。
……確かに、デミリーたちの言う通り、ここは懐柔作戦に移った方が得策かもしれん。
ウッセみたいな脳筋だったら、いつ手が飛んできてもおかしくない。
落ち着いて話をするための投資だと思えば、この花束の料金くらい安いもんだ。
「いろいろと失礼なことを言ったな。実を言うと、数日前からあんたに会いたいと思っていたんだ。そのために駆けずり回った。とりあえず、会えて嬉しいぜ。ゆっくり話がしたい。友好の印に受け取ってくれねぇか?」
渡した途端殴られないように、友好的であるというアピールを存分にしておいた。
殴るなよ……殴るなよ……絶対殴るなよ…………これフラグじゃないぞ!? マジだからな!?
「ふん!」
鼻を鳴らし、メドラは花束をひったくるようにして奪い取る。……殴られるのかと身構えてしまった。
「花束なんて、もらうのは初めてだね。なんか、アレだろ? 若い男が、若い女に渡したりするんだろう?」
「まぁ、そういうヤツもいるかな。だが別に、俺はそれを真似したわけじゃないぞ?」
「誰かの真似ではなく、あんた自身の思いがこもってるってわけか……ふん! まぁいいだろう。もらってやる。ただ、これだけははっきり言っておくよ!」
メドラがズイッと顔を近付けてくる。……デカい。軽トラックが突っ込んできたのかと錯覚した……
そんなデカい顔が、俺の目の前でぽっと赤く染まる。
「アタシは責任ある立場で、しかもこんな歳だ。あんたの嫁になることは出来ん」
「………………は?」
「だが…………あんたを、『アタシの中の一番』にしてやることは……出来る」
この人は何を言っているのだろう……?
「……ヤシロ」
そっとエステラが近付いてきて、俺の背後から耳打ちをしてくる。
「四十二区では多少緩和されたけど、花束はもともと、……親族や目上の人への贈り物を除けば……、プロポーズに使われるアイテムなんだよ」
はぁぁぁあっ!? そうだったぁぁぁああ!?
「やっ!? 違うぞ! 違う違う違う! これは敬意の表れだ! 『仲良くしようぜ』ってことだよ!」
「やだよ、もう! 何度も言わなくったって分かっているさ! 仲良く……しようじゃないか!」
なんか意味が違って聞こえるぅ!?
「マジかよ……あのメドラが、照れてやがる……」
「うむ……あまり親しくもない私が言うのもなんだが、柄じゃないというか……なんというか……」
「「悪夢を見ているようだ…………」」
「うるさいよ、そこのオッサン二人!」
ハビエルとデミリーに牙を剥くメドラ。
二対一でもメドラが勝ちそうだからすげぇよな。
デミリーは接点があまりないようだが、ハビエルは随分と親しげだ。
「やっぱ、ギルド同士の繋がりがあるのか?」
木こりギルドと狩猟ギルドは性質が少し似ているところがある。
どちらも全区を股にかけている点と、活動拠点が外壁の外にある点だ。
あと追加で、全員ガチムチだってとこも…………メドラがナンバーワンかもしれないな。
「ワシとメドラは同じ時期にそれぞれのギルドでデビューしてな。まぁ、当時は多少騒がれたもんさ」
「あぁ、私も覚えているよ。私は地政学を学んでいた頃だったが、とんでもないバケモノが二人も現れたって、当時は大盛り上がりしていたねぇ」
「ふん! アタシが特別なんじゃない。周りの男どもが腰抜けだっただけさ!」
いやいや。メドラ相手じゃ誰だって腰抜けに見えちまうだろうよ。
夜中に見かけたらチビる自信がある。
「名が売れてから、アタシに挑もうって力自慢の男どもが何人か挑んできたが……どいつもこいつも大したことなかったね」
わぁ……世の中には命知らずなヤツがたくさんいるんだなぁ。
「……まぁ、……アタシに花束を贈ったヤツは、あんたが初めてだけどね」
ポッとメドラの頬が赤く染まる…………ふぇ~ん……鳥肌がすごいことになってるよぅ。
もしかして、一番の命知らずは俺なんじゃないだろうか……?
「まぁ、そんな中でも、スチュアートはまだマシな方だったかね」
「まったくよぉ。こいつは自分の気が済まないととことん無茶をしやがんだ。……何度ケンカを売られたことか……こっちは平和を愛する木こりだってのによぉ」
「ふん! お前が平和だなんて筋肉なもんかい!」
「筋肉は関係ねぇだろ!?」
やはり、ハビエルとメドラは仲がよさそうだ。
聞けば、外壁の外で度々顔を合わせるようになり、次第に友好を深めていったそうだ。ハビエルが四十区に来るよりずっと以前からの知り合いってわけだ。
「そのせいで、『領主に会わせろ』なんて無茶苦茶な要求をされちまってなぁ」
「無茶なもんかい! あんたんとこの領主が、四十二区とグルになってアタシんとこの区に攻め込もうとしてるって聞きゃあ、多少強引でも強硬手段に出るのは、当たり前じゃないか!」
「……それを『無茶だ』つってんだよ、ワシは」
さすがのハビエルも、デカい図体から吐き出されるデカい声に、少し辟易しているようだ。メドラは非常に興奮している。
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