異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

134話 初デート@乙女 -3-

公開日時: 2021年2月10日(水) 20:01
文字数:3,425

「さぁ、遠慮なく、なんでも注文しとくれ」

 

 とはいっても、この店にはメニューのようなものが一切置かれていない。

 壁に書かれてもいないし……何があるかを尋ねて、説明を受けて、で、注文するようなスタイルなのかもしれんな。

 

 だが、頼む物は決まっている。

 

「じゃあ、メドラと一緒のにするよ」

「え?」

 

 メドラが目を丸くする。

 こういう場合は相手に合わせるのがセオリーだ。

 相手の奢りで相手より高いものを頼むわけにもいかず、また下手に遠慮し過ぎるのも相手を見くびっているようで失礼に当たる。

 ならば、相手におすすめを聞くか、同じものを頼むのが失敗する確率が低い。

 

 それに、同じものを食っているっていう、一体感みたいなものもちょっと生まれるしな。

 

「……ふ、二人で、一つかい?」

「んなわけあるか!」

 

 一体感持ち過ぎ!

 同じものを二つください! 各々に一つずつ!

 

「なるほどネェ。ダ~リンちゃんは、メドラちゃんが好きな食べ物を好きになりたいってわけネェ」

「えっ!?」

 

 いや、違うよ。とんでもなく見当違い。

 だから、ほっぺたを赤く染めるのやめてくれるかな? 瞳、うるうるさせないで。

 

「じゃあ、ちょっと待っててネェ」

 

 オシナがルンルンとカウンターの向こうへと消えていく。

 掴みどころのない人だ。

 年上っぽくはあるけれど。

 

「メドラ。オシナとはいつから友達なんだ?」

「子供の頃からさ」

 

 オシナがな。

 メドラは幼いオシナの子守りでもしてやっていたのだろうか。

 

「アタシとオシナは、同じ年の同じ日に、同じ街で生まれたんだ」

「えぇっ!?」

 

 じゃあ、なに!?

 同じ歳?!

 つまり、木こりのハビエルや四十区領主のデミリーと近しい年齢!?

 見えないんですけどぉ!?

 

 オシナはどう見ても二十代中頃だ。

 いい感じに熟れて食べ頃タイムに突入したくらいの年齢のはずだ。

 それが…………四十代?

 

「驚くのは無理もないね。アタシもオシナも、周りからはよく『若い』って言われるからねぇ」

 

 相当自慢なのか、小鼻が広がりきっている。

 いや、メドラが若いって言われるのは、パワーとか体力面でだろう?

 

 オシナが、四十代…………あれが、美魔女ってヤツか……。女は怖ぇ……

 

「なんだか悪かったね」

「ん?」

「強引に連れ出しちまってさ」

 

 相当強引な拉致事件を起こした犯人とは思えない、殊勝な発言がメドラの口から聞こえてくる。

 俺の鼓膜、壊れたか? 雑音か?

 

「ダーリンを見たら、つい嬉しくなっちまってね……今、ようやく落ち着いて……よく考えてみると、ダーリンには迷惑だったかなって………………怒ったかい?」

 

 まぁ、迷惑かどうかと言われれば、大きく『迷惑』側に傾いてはいるが……

 

「んなことねぇよ」

 

 そもそも、俺はメドラに会うつもりで四十一区に来ていたのだ。

 門前払いでもしょうがない状況で、メドラは自分から出てきてくれた。

 アレがなきゃ、こいつと飯を食うこともなかったろうな。

 

「今日はリカルドのところにも用事があったんだが、どっちかっていうとメドラに会いたくてこっちに来たようなもんなんだ」

「ダーリン……」

 

 メドラが柔らかい笑みを漏らす。

 こちらが気を遣っていると悟り、その気遣いを無駄にしないよう、あえて多くを語らない。笑みだけを交わす大人のコミュニケーションだ。

 

「……アタシの笑顔が、そんなに見たかったのかい?」

 

 あ、伝わってなかった。

 

「いや……魔獣のスワーム討伐に行くんだろ? 激励、ってほど大袈裟なもんじゃないが、一言、会って礼を言いたかった。あと、『頑張れ』って」

「あ……、あぁ! そうかいそうかい! そういうことかい! あはは、いや、アタシはてっきり……勘違いだったようだね!」

 

 メドラが照れ隠しに頭を掻いている。

 狩りの天才も、恋愛は初心者のようだ。

 

 ……恋愛とは、認めねぇけどな!

 

「まぁ、任せておきな! アタシが自ら赴いて、魔獣どもを蹴散らしてやるんだ。一日とかからずに方が付くだろうよ」

 

 すごい以外の形容詞が見つからないな。

 

 今回、狩猟ギルドの中から選ばれた十数名で討伐隊を結成し、魔獣のスワームを討伐に行くことになっている。

 マグダも、その中の一人にカウントされている。

 

 非常に危険なミッションではあるが……メドラがいるなら大丈夫、そんな気がするから不思議だ。

 頼りになるヤツってのは、いるだけで安心感を与えてくれるからな。

 貴重な存在だ。

 

 ――と、そんなスワーム退治の壮行会ってのも、一応は一つの理由ではあるが……

 

 俺は、おそらく四十一区の代表として俺たちの前に立ちはだかるであろう、闘将メドラの実力を見に来たのだ!

 

 普段から食べている物を見せてもらえれば、メドラがどれだけ食べるのかが想像しやすい。

 さぁ、さらしてみやがれ、お前の『普段の食生活』を。

 

「お待たせネェ~」

 

 カウンターの奥から姿を現したオシナが、踊るような歩調で俺たちに近付いてきて、メドラの前に料理の載った皿を置く。

 

 そこには、ちょこ~んと、まるで遠慮するかのように、コンパクトにまとまった料理が載せられている。

 OLさんが好みそうな小さな小さなお弁当。それをお皿に移し替えたような、驚きの少量だ。

 

「…………え?」

「これネェ、メドラちゃんの大好物ばかり集めた料理なのネェ」

「まぁ、騙されたと思って食べとくれ! 本当に美味いからさ!」

 

 いや、美味いかどうかは、この際どうでもいいんだが…………これだけ?

 俺の目の前にも同じ料理が置かれる。

 

「どうしたのさ、ダーリン? 何かおかしいかい?」

「いや、……メドラのくせに少な過ぎるんじゃ……いや、もとい、狩猟ギルドのギルド長の食事にしては、量が少ない気がするんだが……?」

「ん? そうか?」

「アァ、……確かに、最初は驚くかもネェ」

 

 オシナがけらけらと笑って、オシャレ女子が注文しそうな、一般男性だったらこれだけでは満足できないような、少量で、その分を盛り付けや食材にこだわりましたって感じの料理を指さして言う。

 

「メドラちゃんは、昔から小食だったんだよネェ。きっと、メドラちゃんの筋肉って、燃費がいいんだろうネェ」

 

 パワーがある上に、スタミナまで十分とか……チート過ぎんだろ、その筋肉。

 

「じゃ、じゃあ……大食い大会に出場したりは……?」

「アタシが? 出るわけないじゃないかさ! アタシは少しの量を楽しんで食べたい派なのさ。大食いは趣味じゃないさね」

「そ、そう……なのか」

 

 今回の視察は、意外な結果に終わった。

 まさか、こんなことになるなんて……

 

 メドラ、こう見えて実はメッチャ小食で、量を食うより雰囲気を楽しみたい派らしい。

 

 大食い大会には、参加しない。本人がはっきりとそう言ったのだ。

 

「大会には、ウチの中から活きのいいのを何人か出場させる予定だよ。いくらダーリンが相手と言えど、手加減はしないからね」

 

 メドラは逆に、俺が参加するものだと思い込んでいるようだ。

 そうか。イメージで『こいつは絶対出るだろう』ってのは、当てにならないんだな。

 

 つまり、四十一区で注意すべきは、グスターブとかいうピラニア人族のみ!

 いや、他にも手強いヤツがいるのかもしれんが……

 

 

 

 勝てるかもしれねぇな、大食い大会。

 

 

 

 そんな安心感が、俺の胸の奥からほんのちょっとだけ湧き上がってきていた。

 いやいや。油断は禁物だ。

 禁物だが……イケる気がする。

 あとは采配をミスりさえしなければ…………勝機はある!

 

「メドラ」

「なんだい?」

 

 いろいろといい情報をありがとよ。

 

「お前と飯が食えてよかったよ」

「なっ!? も、もう! やめとくれよ! そ、そんなこと言って……アタシを骨抜きにしたって、手加減はしてやらないからね」

「いや、そんなつもりじゃねぇよ」

 

 今のは、ちょっとした礼のつもりだ。

 

「勝負は正々堂々、真っ向勝負で行こうぜ」

「あぁ、もちろんさ」

 

 勝負事の話になり、メドラが狩人の顔つきになる。

 口角を上げ、ニヤリと笑みを浮かべる。

 

「愛と勝負は、別物だからねっ!」

「さ、食べようか」

 

 ドヤ顔で決め台詞を吐くメドラを盛大に無視して、俺はオシャレなプレート料理に箸をつける。

 

 ……別も何も、そもそも『愛』が存在してねぇっつうの。

 

 

 オシナの作る料理は地味ながらも、どれも美味くて、いろいろなあれこれが片付いてから改めて食べに訪れたいなと思える、そんな味だった。

 

 

 狩猟ギルドの魔獣のスワーム討伐が終わったら、いよいよ大食い大会本番だ。

 俺は、カフェオレっぽい見た目のゴボウジュースを飲みながら、静かに闘志を燃え上がらせていた。

 そして、……この地味な味わいのドリンクが、結構ツボにはまっちまって……悔しいなぁ、なんて思ってもいたりしたのだった。

 

 

 

 

 

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