異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

無添加33話 噛み合う歯車 -1-

公開日時: 2021年3月31日(水) 20:01
文字数:3,139

「選手のみなさんは入場してください」

 

 エステラんとこの給仕が入場を促す。

 

「よぉし、行くぞシェリル! バアさん! かーちゃん!」

「え? あれ? 私も? え!?」

 

 なぜか、ウエラーまでもがバルバラによって連行されていく。

 まぁ、競技には出なくていいからそばで見ててやれよ。

 喜ばせ過ぎたお前にも原因はある。うん。

 

 でだ。

 

「モコカ。いけるか?」

「任せとけです」

 

 イネスとデボラに何かを吹き込まれていたモコカ。

 先ほどまでとは若干ではあるが、顔つきが変わって見える。

 ……空回らなきゃいいけどな。

 

「まぁ、力み過ぎるなよ」

「分かってるぜ、です! 給仕は影――影が濃ければ主役は一層引き立つってもんだぜです」

 

 と、イネスらに言われたんだな。

 よしよし。それでいいから力み過ぎて空回るなよ。

 ほんっとに、空回るなよ!

 ……うむ、心配だ。

 

 少しだけ、サポートしておいてやるか。

 

「お~い、バルバラ」

「なんだ、英雄?」

 

 トラック内へと移動し、選手待機列にいたバルバラの横へモコカを伴って並ぶ。

 互いを見て、双方が一瞬顔を強張らせる。

 

「俺たち三人が年長組の選手だ」

「お、おう」

 

 絶対に勝ちたいバルバラが、あからさまに嫌そうな顔をする。

 モコカはというと……割と冷静な顔をしていた。

 

「バルバラ。お前はさっき、俺の指示に従うと『約束』したよな?」

「おう。ちゃんと覚えてるぞ」

 

 その『約束』のおかげでウエラーに甘えられていることをきちんと認識しているようで、『約束』を守る気はあるようだ。嫌々感も滲ませていない。

 が、その強制性をもう少しだけ強めておく。

 

「新しく出来た母親と可愛い妹の前で約束を破るような『嘘吐きお姉ちゃん』にはならないよな、お前は」

「当然だ! アーシは嘘吐きじゃないぞ、かーちゃん、シェリル!」

 

 と、必死に弁明をする。

 妹大好きバルバラだ。『嘘吐きお姉ちゃん』なんて不名誉な称号は欲しくないだろう。

 よしよし。

 

「じゃあ、今回のレースはモコカの指示に従え」

「はぁ!? アーシは英雄の指示に従うって……!」

「『モコカの指示に従え』っていう俺の指示だ」

「う…………」

 

 ちらりと、バルバラがモコカへ視線を向け、眉間にしわを寄せる。

 そんな不服そうな顔を無視して、モコカに確認を取っておく。

 

「出来るな、モコカ?」

「おうです! 任せておきやがれってんだですよ!」

 

 さほど厚みのない胸をドンと叩いてみせるモコカ。

 しっかり頼むぜ、副給仕長。……まぁ、あそこの館には給仕が二人しかいないんだけど。

 

 さて……これでうまくいくのかどうか。

 自然と視線が貴賓席へ向かう。日傘がくるくる……涼しい顔しやがって。いつか『おつり』をもらいに行くからな。覚えてろよ、オバハン。

 

 

「それでは、第一走者は位置についてください!」

 

 実行委員の合図により、各チームの第一走者、年少チームのガキどもがわらわらと大玉の前に集まる。

 たかが30メートル。しかし、おのれの体よりもでかい大玉を転がしながらの30メートルだ。そこそこ長い距離だと言えるだろう。

 どんな結果になるか、やってみないと分からない。不安がいっぱいだな、今回の運動会は。

 単純なルールだから、そこまでおかしな事態にはならないと思うんだが……はたして。

 

 

「位置について、よ~い!」

 

 

 ――ッカーン!

 

 

 甲高い鐘の音と共にガキどもが走り出す。

 

「「「「うはははーい!」」」」

「みんな、大玉転がして!」

 

 青組陣営からエステラの叫びが上がる。

 青組のガキども、全力疾走だったな。ぶっちぎりじゃないか、ガキども『だけ』は。大玉、一切動いてないけど。

 

「戻って! 大玉転がすんだよ、みんな!」

「「「「はーい!」」」」

 

 盛大なロスをした青組。

 他のチームはというと、黄組は大人しいガキが多いのか、おっかなびっくり大玉を慎重に転がし前進している。

 

「そうそう! ゆっくりでいいからね~!」

「大事なのはコントロールさよ! 慎重におやりな!」

 

 応援席からパウラとノーマの声援が送られる。

 あそこは手堅いよなぁ、ほんと。全然目立たないのに、いい順位をキープしてんだもんな。

 

 赤組はというと、教会のガキどもがメインとなっているためか、チームワームも勢いもバランスよく機能し順調にレースを進めている。現在一位だ。

 

「みなさ~ん! がんばってくださ~い!」

 

 と、ベルティーナの声援が飛ぶ。救護テントから。

 ……お~お~、レジーナがまだ正座させられてる。叱られなさい叱られなさい。たまにはいい薬だ。

 

 

 そして我が白組は――

 

「だぁ~ぅ。ばぁ~!」

「「「かわえぇ~……」」」

「いや、走れよ!」

 

 去年生まれたばかりだという、農業ギルド組員の息子が一部の大人たちをめろめろにしていた。

 大玉は一切動いていない。1ミリも! 青組ですらまともに動き出したというのに!

 どこのガキだよ、あいつは!?

 

 あぁ、そういえば去年、子供が生まれて金がないから冒険家になるとかなんとか言ってたオッサンがいたんだっけ? ……あれがその無謀なオッサンか。

 ヌー人族らしいのだが、ヌーってどんな顔してたっけな……とりあえず、生まれたばかりのガキの頭にはまるっこ~いちいさ~い角が二つ生えている。触るとぷにぷになのだとか。……それ、角か?

 

「じゃなくて! 走れって!」

「おいおい、ヤシロ! 一歳の子供に無茶言うなよ!」

「じゃあなんで出場させた!?」

 

 応援席にいるモーマットが、自分のところのギルド組員を庇うように言う。

 そんなこと言ってる場合じゃねぇんだよ!

 

「ぁっこ~!」

 

 と、ヌーのガキが近くにいた四歳くらいのガキに抱っこをせがむ。

 四歳のガキはクチバシを生やした鳥系の獣人で、こともなげにヌーのガキを抱きかかえ、そして他のちんまいガキどもと一緒に大玉を転がして走り始めた。

 

「ヌーのガキさえいなければ万事うまくいっていたのに!」

「そーゆーこと言うなよ、ヤシロ! 可愛いだろ!?」

 

 可愛くてもポイントはもらえないんだよ!

 

 どうあってもモーマットは身内を庇いたいらしい。

 身内の前に、チームの総合優勝を大切にしやがれ!

 

 よたよたと、危なっかしいレースが続き……そして黄組、赤組、青組、白組の順でパイロンをターンする。

 奇しくも、『台風の目』の順位の真逆だ。

 

「お前らはちゃんと走れよ!」

「まーかせてくださいっすー!」

 

 トルベック工務店の大工んとこの見習いだというガキどもが腕まくりをして意気込んでいる。……若干口癖伝染うつってないか? お前んとこの棟梁の。

 それから、よく陽だまり亭に顔を見せるガキどもがちらほらと参加している。

 こいつらは年中走り回っている、無駄な体力の塊だから、そこそこいい成績が期待できるだろう。

 

「いいか、よく聞きやがれください、ガキども様!」

 

 そんな意気込むガキどもに、モコカが声をかける。

 第二走者から勝負をかけるつもりらしい。

 

「テメェら様に繊細なコントロールとか無駄のない走りなんてもんは期待できねぇですから、Uターンのあとはただひたすら全力で走って戻ってきやがれです」

「全力でいいの?」

「モチのロンだぜです! 私たちがしっかり受け止めてやるってんだです!」

 

 と、バルバラの肩に手を置いて自信に満ちあふれた顔で言い切る。

 このガキどもの全力を受け止める……まぁ、この二人なら大丈夫だろう。俺は御免被るけどな。

 

「よし、しっかり受け止めようぜ、英雄!」

「俺をまぜんな」

 

 お前らだけでやれ。負傷退場になったらどうする。

 俺はここらのガキよりも繊細に出来てるんだよ。

 

 そんな作戦とも呼べない作戦を授けたところで、白組の第一走者が戻ってくる。

 

「「「たーだーいまー!」」」

 

 折り返しの15メートルで、四チームはほぼ横一列になっていた。

 青組が若干出遅れているくらいだ。

 あと、ヌー人族の赤子を抱いたガキが一切大玉に触ってないけど、まぁ本人が楽しそうだし気にしないようにしておく。

 

 そして、各チーム第二走者へと大玉が渡される。

 

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