「狭っ!」
馬車を領主所有の厩に預け、二十九区を歩く。
道が、狭い!
「こちらの道へは、馬車で来られないようになっているのだ」
「馬車が通れるのは限られた大通り数本だけなんだよ」
「関税をかけるための措置ですね。商人の多くは馬車で大量の荷を運びますから」
「理解したか、友達のヤシロ?」
「順番に説明してんじゃねぇよ、バカにしてんのか」
持ち回りでドヤ顔をさらす一同を睨みつける。
だいたい分かるわ、そんくらい。
午前の早いうちに二十九区の領主の館へとたどり着いた俺たちは、そこで想像通りの出迎えを受け――具体的には「こんなに早く来るとは常識がないのではないか」とか、「外の貴族は時間の概念が我々とは異なるのかもしれないな」とか、「田舎者の朝は早いという噂は真実であったか」とか、そんな通り一遍なイヤミのオンパレードだったわけで、特筆することもなくただムカついたなぁ、という程度のことだったのでスルーすることにした――そして、当初の予定通り街の視察に出向いているというわけだ。
領主の心根は薄汚いくせに、街並みはこぢんまりとしつつも綺麗なものだった。
二十九区は、三十区から続く大通りが最も大きく、それ以外にも馬車が通行可能な通りが数本ある。
ただし、それ以外の通りは極端に狭く、馬車はおろか荷車すら通るのが困難な造りになっている。
ワザとなのだろうが、やたらと段差を設けてありアップダウンが激しい。……歩くのが面倒くさいったらないな。
街の中心部付近だってのに、大通りを一本入るだけで全体的に『路地裏』感満載の入り組んだ道になるのだ。
頭の高さを優に超える塀や、近接した建造物、大通りの喧騒を掻き消すかのように密集した建物の壁――それらが陽の光さえも遮り、圧迫感が途方もない。
街規模の巨大迷路のようだ。
「居住区と商業区は概ねこのような構造になっているのだ。もう少し奥へ行けば農業区へ出て道も広くなるがな」
東側を指さし、そんな説明をくれるルシア。
要するに、大通りの周りをこういう道にしておけば、馬車や荷車は大通りを通行するしか出来ないってわけだ。外部の商人はそのほとんどが馬車移動だから、裏道を通って関税逃れが出来ないようになっているんだな。
だが、ここに住む連中だって荷車くらい使う。だから、街の奥へ行けば道が広くなり、荷車も使用できるような造りになっているらしい。
つまり、二十九区は外部から来る『お客様』が見る街と、そこに住む『住民』が見る街の二面性を持っているわけだ。
舞台と舞台裏。そんな異なる世界がこの街の中で隣り合わせになっているわけか。
「けど、荷物を背負えば持ち運びも通り抜けも出来そうだな」
区の間に壁があるわけでもないし、人目を盗んで通り抜けることは可能だろう。
「通り抜けられそうなところは監視されているぞ」
「マジでか!?」
「無論だ。収入のほとんどが通行税のような街だぞ? そこに力を入れないでどうする」
「おびき寄せて網にかける……いやらしいやり方だな」
この街に来たばかりの人間なら、そうとは知らずに引っかかりそうだ。
いや、最初は正規のルートを通りつつも、どこかに抜け道がないかと悪知恵を働かすような小悪党がカモってわけだ。
俺、ターゲットドンピシャだな。
妙な寒気が背筋を撫でる。
けどまぁ、大荷物をぶら下げていたわけでもないし、目を付けられていたなんてことはないだろう。うん、大丈夫大丈夫。
「ちなみに、ここで税を払うと許可証がもらえるんだけど、ここより内側で商売するにはその許可証が必要不可欠なんだよね」
「……え?」
不意に、エステラが不穏な話を始める。
「だって、外からの商人は絶対『BU』を通過するわけだから、許可証は確実に持っているはずだろう? そうじゃない場合は、この街のギルドに所属しているか領主からの勅令を受けた者か……とにかく、『BU』の内側で商売するのはかなり制約があるんだよ。外周区ではあまりその辺こだわってはいないけどね」
……そういえば、ギルドの証明やら領主の許可証の提示をやたらと求められたような気がする。
「脱法者を領主に突き出すと報奨金がもらえるから、売買をするフリをして通報する商人も多いみたいだよ。まぁ、悪事を働いた者の末路なんてろくなものにならないってことだよね」
エステラからの小憎たらしいウィンクに、乾いた笑いしか出てこない。
こいつは全部知っていて言っているんだからな、嫌なヤツだ。
「外周区はあまり気にしないってことは、内側から『BU』を通って外へと商売へ行くヤツは脱税し放題ってわけか? 不公平なんじゃねーのー?」
せめてもの腹いせに、そんな難癖をつけてみる。……が。
「もちろん不公平だよ。当然でしょ?」
「まぁ……そうだよなぁ」
内側から外に行く連中ってのは、『BU』の貴族よりも位の高い貴族たちか、その関係者だもんな。贔屓くらいいくらでもするだろうよ。
まったく、これだから貴族って連中は……
「いわゆる、『貴族砂糖』ってのは、『BU』の内側で作られてるんだな?」
「そうだよ。精製に関しては、権力誇示のために外周区に『恵んであげている』みたいだけどね」
大貴族様からお仕事をいただける誉れか? けっ、いるか、そんなもん。気分の悪い。
「この地より内側は、貴様には息苦しい場所になるだろうな、カタクチイワシよ。どうだ? ちゃんと呼吸は出来ているか?」
「吸う度に胸やけしそうな空気だが、なんとかな」
心なしか、酸素までもがぼったくられている気分になる。あとで請求とかされないだろうな。
「皆様、足元にお気を付け下さい」
先頭を歩くナタリアが、こちらを振り返らずに言う。
そのまま、聳え立つデカい建物の壁と一体になっている細く長い階段を登り始める。
レンガを積み上げて作られた階段は、地上から2メートル程度のところで水平になり、細長い橋へと変わる。
橋の下には、細い水路が通っており、そこを清らかな水が流れていた。
「水、あんじゃねぇか」
「そうだね。この勢いなら、この先の農業区でも水が不足してるってことはないんじゃないかな」
橋の上から水路を見下ろし、俺とエステラはほぼ同じ感想を抱いた。
分かっちゃいたが、「二十九区は水不足のためやむなく水門を閉じた」なんてことは、間違ってもなさそうだ。
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