「おいしぃね、おねーしゃん」
「あぁ! くぅ! これが姐さんの言っていたポップコーン! 美味し過ぎです!」
「だろぉ? 遠慮せずじゃんじゃん食えよ!」
「はい! いただきです!」
「いたぁーきです!」
敬語のおかしいバルバラのマネをするテレサ。
……こいつらに、ちゃんとした教育を施してやらなけりゃな。
「お前ら、このマグダってヤツには優しくしておいた方がいいぞ。マグダはポップコーンのプロだからな!」
「……ふふん。敬うがいい」
騒がしくなったフロアの音で目を覚ましたマグダだったが、ポップコーンを待ち望んでいる客だと知るや、寝起きの不機嫌も忘れてプロの技を披露してくれた。
そして、思い出したようにジネットがちょっと悔しそうにその仕事ぶりを眺めていた。
昨日、カンタルチカでマグダの仕事ぶりを眺めていた時とは似ても似つかない視線だったけどな。
そして、昨日いろいろ手伝ってくれたノーマとデリア、そしてバルバラとテレサを引き連れて、俺たちは教会へ向かっている。
ロレッタは当然というような顔をしてついてきている。昨日はマグダと一緒のベッドで寝たらしい。……仲良しか。仲良しなんだろうけど。
「で、イメルダとレジーナはさっさと自宅に帰ったんだよな、どーせ」
「あいつら、飽きたらすぐ帰るんだぞ? 勝手だよなぁ」
「まぁ、今回の手伝いはこっちが勝手に買って出たことだからねぇ、強要は出来ないさよ」
つくづく、デリアとノーマは面倒見がいいと思う。
「それで、姐さん。これからどこへ行くんすか?」
「あぁ、教会だ」
「教会!?」
バルバラが突然立ち止まり、テレサを力強く抱きしめる。
教会に行けば妹と引き離される、と、まだ考えているようだ。
「大丈夫だよ。二十四区の教会へは連れて行かないから」
「ほ、本当か!? 嘘だったらカエルにするからな!? アーシはそういうの躊躇わないからな!」
そういえば、なんの躊躇いもなく『精霊の審判』かけてくれやがったよな、こいつは。
さっき俺が『精霊の審判』かけないでおいてやったってのに……
「あの、バルバラさん。四十二区の教会は、傷を負った獣人族の方でも、シスターベルティーナが責任を持って保護されますし、それに、保護者のいる幼い子を強引に奪うようなことはなさいません。精霊神様に誓って」
「そう、……なのか?」
「はい」
ジネットの言葉に、半信半疑ながらも、やや表情を軟化させるバルバラ。
それでも、テレサをぎゅっと抱きしめている。
「そもそも、お前は二十四区教会のことを誤解している。あそこの扉が固く閉ざされているのはな――」
歩きながら、俺は二十四区教会のことを話してやった。
ソフィーやバーサ、そこに住む傷付いた獣人族のこと。そして、『宴』の前後で起こったことを掻い摘まんで。
「あれは保護のためで、親元から引き離すのが目的じゃねぇよ」
「……そう、だったのか…………へぇ……」
話を聞いて、バルバラがようやく納得したようだ。
「……嘘だったらカエルだからな?」
このサル女……
ジネットの時と対応違い過ぎるだろう。
「バルバラさん、テレサさん。ここが、四十二区の教会です」
教会の前まで来て、立ち止まる。
教会を見上げるバルバラの顔は、明らかに強張っていた。
いまだ不安がぬぐえない様子だが、それもすぐに変わる。
「とりあえず、実際の教会を見てみろよ」
バルバラの背中を押して敷地内へ入れる。
その途端――
「「「「「おにーーーーーちゃーーーーー…………誰?」」」」」
俺目掛けて駆け寄ってきたガキどもが、バルバラを見て固まった。
……人見知り発揮してんじゃねぇよ。
「おう、お前ら。こいつは、顔は怖いがそこまで悪いヤツじゃない。怒らさない程度にだったら弄っていいぞ」
「「「ぅはーーい! 知らない姉ちゃん、あそぼー!」」」
「は!? え!? いや、アーシは!?」
「あと、こっちの娘は今ちょっと目が見えないから、丁寧に扱ってやってくれ」
と、テレサの肩を持って、教会の幼女の方へと誘導する。
クソガキどもにはまだ早い。あいつら遠慮と手加減って言葉知らねぇし。
「おめめ、痛いの?」
「ぇ……ぁの……」
「だいじょーぶ?」
「ぅ、ぅん……」
「一緒に遊ぶ?」
「…………ぃい、の?」
「「「いいーーーよぉーーーー!」」」
わっとテレサを取り囲んで、手を繋いで、遊具の方へとゆっくり案内していく幼女たち。
「お!? 遊具か! じゃああたいが遊んでやる!」
「ちょっと待つさね、デリア! ……あんたはあっちの男の子たちの方を面倒見るさね」
「なんでだよ!? あたいも遊具したいぞ!」
「あんたの遊び道具じゃないんさよ、遊具は!」
ウーマロが張り切って、二十四区教会と同じ遊具が四十二区の教会にも完成していた。
クローブジャングルという回るジャングルジムとコーヒーカップを合体させたような横回転の遊具と、遊園地のバイキングを小さくしたような縦に揺れる箱形のブランコ。
確かに、デリアにやらせると一瞬で絶叫マシーンに早変わりだ。ガキが泣く。
「みなさん」
わーわーと賑やかなガキどもの前に、ベルティーナがやって来て、いつもの優しくも厳しい声で注意する。
「遊ぶ前に、まずはご挨拶ですよ!」
「「「はーい!」」」
そういやまだしてなかったなと、指摘されて気付く。
俺はいい親にはなれそうもないな。そもそもガキが嫌いだしな。
「ではみなさん。ご挨拶しましょうねー」
ベルティーナの言葉を引き継いで、ジネットがガキどもに号令をかける。
「せーの!」
「「「「おはよーございまーす!」」」」
「いただきます!」
……おい。
今、白いシスターの服を着た大人が一人だけ違う挨拶しなかったか?
ちゃんと手本になれよ。悪かったよ、バルバラたちの説得とポップコーンを作るのに時間掛かっていつもより遅くなって、ほんと悪かったから、お前だけは模範をやめないでくれよ。
「では、デリアさん、ノーマさん。朝食の準備が出来るまで、子供たちの面倒をお願いしてもいいですか?」
「任せておくさね」
「おう! あたいが一番強いって、見せてやるぜ!」
「ノーマ。あの一番大っきい子供もよろしくな」
「……あれは、管轄外さね」
デリアから視線を逸らして、ノーマは幼女チームをかまい始める。
まぁ、ここのガキどもなら、デリアのパワーにもついて行けるし、いいか。
「ヤシロさん。あの娘が……?」
ベルティーナがテレサを見て呟く。
昨日のうちに、テレサの話はベルティーナの耳に入れてある。
ちょっと頼みたいこともあったし。
「本当に、目が?」
「見えないらしいな」
「いえ、そうではなくて……」
ベルティーナが聞きたいのは、現在の状況ではないらしい。
「本当に、彼女の目は見えるようになるのですか?」
それは、俺がレジーナと意見交換をして導き出した解答だ。
「あぁ。高確率で治ると思う」
ちゃんとした治療と手当てをすれば、な。
「だから、それまでの間は教会で面倒を見てやってくれないか」
「それはもちろん構いませんが……本当にいいんですか? その、『一時的』で」
俺がベルティーナに頼んだのは、俗に言うところの『一時保育』だ。
バルバラが仕事をしてテレサに構えない間、安全な教会でテレサを預かってもらい、同時にここでテレサの治療を行う。
テレサは極端な栄養失調によるビタミン欠乏が原因で視力が落ちている。
しかし、まだ完全に光を失ったわけではない。
デリアvsバルバラの後に、レジーナに診察をしてもらったところ、テレサの目は治る見込みが高いことが分かった。
治療法と薬の処方はプロに一任するとして、俺はテレサが安心して治療に専念できる場所の確保を言い渡されていた。
日本でなら、きちんとした施設なり大きな病院を探すのだが、ずっとひとりぼっちで姉の帰りを待ち続けていたテレサを、これ以上寂しい場所に置いておきたくないと考えた。
そこで、教会だ。
ここなら、賑やか過ぎる声がずっと聞こえているし、ベルティーナもいる。
それに、ここのガキどもならきっとテレサのいい友達になってくれる。
二十四区教会で、それは立証済みだ。
「目が見えるようになったら、ウエラーのところで面倒見てもいいし、テレサが望めばこっちに遊びに来たっていい」
「えぇ。教会は、いつでもみなさんを受け入れますよ」
テレサの目が治ると聞き、ベルティーナは安心したように笑みを浮かべる。
それなりに大変なことを押しつけることになるが、ベルティーナならきっとやり遂げてくれる。……ちゃんとご褒美は奮発するし。
「それらの諸費用は全部領主が出してくれるし!」
「……なんでいろいろ考え込んで、そーゆーことだけ言葉に出すかな……?」
だって、女の子ってあれだろ?
「言ってくれなきゃ分かんないこともあるんだよ(カンカラコン←空き缶)」みたいな繊細な生き物なんだろ?
「治療費は出すけど、その分、四十一区からはもらえる物をもらうつもりだよ」
「そこは大丈夫だ。抜かりはない」
四十一区美の街化計画。
そこの利益の一部は四十二区へ振り分けられる。アイデア料だ。
それを払ってもあまりある利益を得られるんだから、四の五の言わず金寄越せって話だ。リカルドに拒否権などない。
「きゃはははっ、おねーしゃっ、おねーしゃん! すごぃ! すごぃよぉ、こりぇー! きゃははは!」
「ぬぉい、こらガキ! テレサがアーシを呼んでんだ! ちょっとそこ退……、うほぉぉおおおわあああ!? どこ触ってんだ、このエロガキぁぁぁああ!」
「ふふ……まずは、言葉遣いの教育が必要ですね」
賑やかに騒ぐ新入りを見て。ベルティーナが静かに微笑んでいた。
……ので、目を逸らしておいた。…………ベルティーナのその笑顔……やっぱ何回見ても怖ぇわぁ…………バルバラ、頑張れよ。
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