異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

206話 ウサ耳 -4-

公開日時: 2021年3月20日(土) 20:01
文字数:2,557

 ――と、遠くで『カンッカンッ――』と、金属を打ち鳴らす音が響く。

 

「えっ? ……ヤシロ、今のって?」

「あぁ。たぶん、門のところにあったドアノッカーだな」

 

 先ほど、ソフィーは「誰か来た」と言って門へと走っていった。

 単純に、バーバラの話を煙に巻くための方便だと思っていたのだが…………よく考えたら、気心が知れた間柄でも、そんなあからさまな嘘を吐くだろうか? 『精霊の審判』が存在するこの街で生まれ育った者が。

 その中でも、敬虔なるアルヴィスタンたるシスターが。

 

 ということは……

 

「本当に誰かが来ていたんだね」

「それも、門にたどり着くかなり前に気が付いていた……おそらく、『聞こえた』んだろうな、教会に向かってくる足音が」

 

 エステラと一緒にバーバラの顔を窺う。

 バーバラは否定も肯定もせず、ただにこっと笑っていた。

 

「ここから門までだって、結構距離あったよね?」

「さらに、ソフィーがここを離れてからドアノッカーが鳴らされるまでの時間を考えると……ソフィーが足音を聞いたのは、教会にたどり着くかなり前ってことになるな」

 

 この教会の物々しい鉄門扉に圧倒されている時間や、ドアノッカーを鳴らす前に軽く相談したり身支度を整える時間なんかを最大限考慮しても、かなり遠くの足音が聞こえたことになる。

 

「大通りを曲がってから、この教会までは一本道。あの道を歩く人は、ここに来る人以外いないのよ。だから、分かるんですって」

 

 いや、分かんねぇだろ、普通。

 確かに、大通りからこの教会に来る時には一本道を通ったさ。

 道の両側を壁に挟まれた一本道。

 適度に広い一本道を30メートルくらい歩いたさ。

 

 ――その足音が聞こえるって、耳がいいなんてレベルじゃないだろう。

 

「それで、ソフィーさんは『耳が悪くなった』と、言っているんですか?」

「そうねぇ。麹工場内の会話は耳を澄まさなくても聞こえる――というのが、ホワイトヘッドの一族の聴力らしいわよ」

「あの広大な麹工場でですか!?」

 

 領地が狭い二十四区ではあるが、畑の面積を可能な限り削減して、麹工場に広大な敷地を与えている。ちょっとしたテーマパークくらいはあるぞ、あの敷地面積。

 

「もっとも、麹を作る……えっと、『むろ』だったかしら? そこの中に入ると周りの音は聞こえなくなるらしいわね」

 

 麹の『声』を聞くために、室の中は完全防音となっているらしい。

 室にこもっている時は、周りの音は聞こえない。俺たちが工場周りでどんなに騒いでいたとしても――例えば、俺たちが初めてフィルマンと会った時に交わした騒がしいやり取りなんかも――リベカが室の中にいる時には聞こえないということだ。

 

 では、リベカが室から出ている時は?

 

「ホワイトヘッドの中でも飛び抜けた聴力を持つリベカなら――」

「――麹工場の外の音まで聞き取れるかもしれないね」

「あぁ。それも……聞き逃してしまいそうな小さな呟きだったとしてもな」

 

 エステラと顔を見合わせる。

 瞳に力がこもり、勝ちを確信した者特有の明るい表情を見せる。

 俺もそんな顔をしているのだろうな、きっと。

 

 俺たちは勘違いを二つした。

 

 一つは、教会にいるリベカの思い人が男だという勘違い。

 そしてもう一つは――リベカが「耳にくすぐったい」と言っていた囁きが、『耳元で囁かれたのだ』という勘違いだ。

 囁きなんか耳元でされなきゃ聞き取れねぇもんな、普通。

 

 だが、リベカはそうではない。

 

 俺とエステラは、絶対的な確信をもって頷きを交わす。

 

「リベカの思い人は、フィルマンだ」

 

 リベカを見て、誰にも聞かれないような小さな声で「かわいい」だ「好きだ」と呟く男なんか、あの初恋を拗らせたフィルマン以外にいるわけがない。

 普通の男ならさっさと声をかけるか、そうでないなら声に出さずに己の胸の内に秘めておくはずだ。

 

 知られたいけど知られたくない。

 

 そんな面倒くさい拗らせ方をしているのはフィルマン以外にいるはずがない!

 

「そういえばあの時――リベカさんに会った時、フィルマン君は一言もしゃべっていなかったよね」

「あぁ。緊張して筆談してやがった」

「おまけに、仕事中のリベカさんは室にこもっているから――」

「二度目の訪問の前、あの角で交わしていた俺たちとフィルマンの会話は耳に届いていなかった」

 

 くそ。

 絶妙にタイミングを外されて、フィルマンの声はリベカには届いていなかったんだ。

 フィルマンの声が聞こえていたら、きっとリベカの表情にも変化があったはずなのに……えぇい、くそ、もどかしい!

 

「とにかく。フィルマンの方はなんとかなりそうだな」

「そうだね。でも……」

 

 勝ちが見えたというのに、エステラは拳を握らなかった。

 代わりに、憂いを帯びた視線を門の方へと向けていた。

 

「……救ってあげたいよね、どっちも」

 

 ふん。それは俺たちのすることじゃねぇよ――と、ばっさり切り捨ててやりたいところだが…………

 

「リベカさんの幸せがフィルマン君の幸せに直結するような気がするなぁ、ボクは」

 

 ……この腹黒領主め。

 へいへい。領主命令ならしょうがねぇよな。

 

「あ~ぁ。どいつもこいつも、素直になりさえすればこんな面倒なことにはならなかったってのによ」

 

 今回の話をまとめてみれば、どれもこれも、勘違いに行き違いにすれ違いばっかりだ。

 ドニスの悩みの種も、フィルマンの恋煩いも、リベカの寂しさも、ソフィーの意地っ張りもだ。

 

「聞きたい」――聞けない。

「言いたい」――言えない。

「知りたい」「知ってほしい」……でも怖い。

 

 酒でも酌み交わしてバカ騒ぎすれば、こんな些末な行き違いはすぐに解消されるだろう。

 酒……酒か…………

 

「よし! 大宴会を開こう!」

「お酒の席で腹を割って話そうっていうのかい? けど、ミスター・ドナーティは下戸だと聞くし、リベカさんとフィルマン君はまだ子供――他の子供たちよりもさらに強力に子供だし……お酒は無理なんじゃないかな?」

 

 はは、さらっと毒を吐くな、エステラ。

 まぁ、否定はしないが。

 

「大丈夫だ。酒を飲むだけが宴じゃない」

 

 こういうこんがらがった案件は、崩しやすい一角から徐々に撃破していくのがセオリーなのだ。

 

「美味いご馳走を大量に用意すれば、アイツを引っ張ってこられるぞ」

「あっ! ソフィーさんに効果絶大な!」

「そう、――ベルティーナをな!」

 

 よし。じゃあ、四十二区の連中を巻き込んで――二十四区を盛大に釣り上げるとするか!

 

 

 

 

 

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