異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

無添加20話 いつの間にか当たり前になっていたこと -2-

公開日時: 2021年3月29日(月) 20:01
文字数:2,506

「素敵やんアベニューとニューロード……エタらせようかなぁ」

「なんだか不穏なことを呟き始めたッスよ!?」

「なんと的確且つ強烈な脅迫でござろうか!?」

 

 きっと、『強制翻訳魔法』が「エタる」を「頓挫する」とか、分かりやすく翻訳してくれたのだろう。俺の言葉の意図は正しくウーマロとベッコに伝わったようだ。

 

「店長さん! オイラたちが店番してるッスから、ヤシロさんと一緒に教会に行ってきてッス! ……と、いう意味のことを二人の意見として伝えてほしいッス、ベッコ」

「ウーマロ氏は相変わらずでござるな。しかしながら、拙者も協力は惜しまない故、どうか安心して出かけてほしいでござる。料理は出来ぬでござるが、接客なら……どうせ、こんな雨の中やって来るのは顔見知りの常連ばかりでござろうし、多少の失礼は許容してくれるでござろう」

「どうするのさ、ヤシロ。君の偏った接客方針がしっかりと伝承されてしまっているよ」

「おい、お前ら。公私を混同するんじゃねぇよ。接客業舐めてんのか?」

「ヤシロさんには言われたくないッス!」

「そっくりそのままお返しいたすでござる!」

「あ、あの、みなさん。お気遣いをさせてしまって申し訳ありません。大丈夫です。わたし、お店で待っていますので。ヤシロさん、教会へ行ってあげてください」

 

 ウーマロ他一名がうだうだと渋るから、ジネットが気を遣っている。

 本当はすぐにでも会いに行って快方に向かっているテレサと話をしたいだろうに。

 

「本当に、教会へ来ないですか、店長さん?」

「はい。代わりに、『テレサさんの回復を心から喜んでいます』とお伝えください」

「テレサちゃん、店長さんに会いたがってたですのに……『やさしーぉこえのおねーしゃん、あうと、げんきー』って」

「はぅっ!? ……ぅ、ぅうううっ!」

「行ってあげてッス!」

「ジネット氏、今ご自身が思う以上に苦悩の表情をされているでござるぞ!? おそらく自覚はござらんでござろうけども!」

「い、いえ。さすがに、最近お店をあけ過ぎているなぁという自覚もありますし……」

 

 そもそも、ジネットは陽だまり亭が好きなのだ。

 蔑ろにするようなことは、ジネット自身もしたくないのだろう。

 けれど、それと同じくらいに大切にしたい者たちが増えてきた。

 うん。ジネットには悪いんだけど……

 

 そうやって悩んでるジネットを見るのは、ちょっと面白いな。

 ほぅら、わきょわきょしてる。

 

 諦めきれない、というより、会いたいと言われてそれを叶えてやれないことへの心苦しさに悶えているジネットのもとへ、マグダが静かに近付いていく。

 

「……店長。陽だまり亭にはマグダがいるから、少しくらいなら外出しても平気」

「マグダさん……」

「……マグダはカンタルチカでの仕事を通じてさらに大きくレベルアップした。任せてOK」

「でもでもっ! マグダさんとお仕事できなかった時間も結構長くて、今はマグダさんと一緒に働けるのが楽しくて、マグダさんと離れたくないなと思う気持ちもありまして……っ!」

 

 そんな告白が終わる前に、マグダがジネットの胸に飛び込んで「むぎゅっ!」と抱きしめた。

 

「……店長、好きっ」

 

 全力の告白だ。

 こんなにはっきりと感情表現するマグダも珍しい。

 マグダもマグダで寂しかったんだろうな。

 

「あぁ……やっぱり陽だまり亭を離れられません……っ」

「んじゃあ、あんまり好かれてないロレッタと一緒に行ってくるよ」

「そんなことないですよ!? もちろん大切ですし大好きですよ!」

 

 おや。

「あたしも好かれてますよ!? ねぇ、店長さん!」とかいうロレッタのツッコミを誘ったのだが、先にジネットが食いついてしまった。

 そして、エステラに「いじめるんじゃないよ」と、強めに睨まれてしまった。

 

「くそっ。ロレッタが鈍くさいせいで、ただロレッタが大好きだと言ってもらえるご褒美イベントになってしまった。ロレッタが鈍くさいせいで!」

「いいじゃないですか!? あたしも『好き』とかもっと言ってほしい派ですよ!?」

「…………すーん……」

「あ、ジネットちゃん。マグダが拗ねてるよ。自分が言われてないから」

「マグダさんっ、もちろん、マグダさんも、エステラさんも大好きですからね」

 

 一度休日を挟んだせいか、なんだかウチの従業員が寂しがりを発症している。

 いちいち全員に言わなきゃいけないとか、メンドクセェな。

 

「もちろん……ぁの…………ヤシロさんも、……その大s…………同じ、です、からね?」

「…………」

「…………」

「…………」

 

 …………気を、遣わせてしまったようだ。

 うん、気遣い、いたみいる。

 うん…………あんまこっち見んな。

 

「あ……っ、あの、わたし、ここにいるみなさんが大好きですっ」

 

 まるで、何かを誤魔化すかのように大きな声で言うジネット。焦りが笑顔ににじみ出しているぞ。

 気なんかそこまで遣う必要ないんだ。流しとけって。

 

「……店長は、ここにいるみんなが大好き……?」

「は、はい。みなさん、わたしの大切な方ですから」

「………………ベッコも?」

「…………ぇっ? あの…………は、はぁ……も、もちろ……」

「……精霊神様に誓って?」

「…………」

「マグダ氏!? なぜにそうまでして拙者を除外したいのでござるか!? 拙者とて、ジネット氏に『大好き』と言われるような身分でないことは重々承知しているでござるよ!? けど、そこは『みんな』という言葉のオブラートに包み込んで有耶無耶ながらも誰も傷付かない優しい世界的結末で問題なかったはずでござろうにっ!」

「うっさいッスよ、ベッコ。マグダたんが正しいッス」

「ウーマロ氏は、特定の条件下では四十二区トップ3に名を連ねる残念マンになるでござるな!?」

 

 マグダの追い込みによって、ジネットの言葉は封殺され、なんやかんやあってベッコが涙目だ。

 

「あのっ、わたしとベッコさんは仲良しさんですよ。ね? ベッコさん」

「そうでござる! やはり、ジネット氏は陽だまり亭の……いや、四十二区において数少ない良心でござる!」

「数少ないって……まず、俺だろ?」

「ヤシロ氏! 一個目から間違ってるでござるよ!? 今曲げた親指をピンと伸ばしておいてほしいでござる!」

 

 アホか。

 俺を除外したら、残念ヒューマンしかいないだろうが、この街!

 

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