異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

44話 雨の日のミーティング -3-

公開日時: 2020年11月12日(木) 20:01
文字数:2,226

「……と、いうことで、領内にろ過装置を設置しようという話になっているんだ」

 

 俺が、リスのようにポップコーンを齧るベルティーナを見ている間に、エステラとナタリアの間では情報の共有化が済まされていた。

 さすがというか、抜かりないな。

 

「概ねの事情は理解しました」

「『ぺったんこ』の説明で『オオムネ』理解しただとっ!?」

「……何が言いたいのかな、ヤシロ?」

 

 いや、だって、小胸のくせに大胸って…………てぇっ! ナイフが二本、こちらを狙っていた。

 

「ろ過装置の話をしよう!」

 

 話題転換にてなんとかこの局面を乗り切った。

 さすがは俺。頭脳プレーの申し子だけのことはある。

 

「では、ろ過装置の話が終わり次第、先程の説明を求めるとしましょう」

 

 誤魔化せてないっぽい!

 そういえば、『頭脳プレーの申し子』って、自称してただけで誰からも呼ばれたことなかったっけな。

 

「とりあえず……簡単な仕組みとろ過装置の作り方を説明するな」

 

 小石と砂、それから木炭と目の細かい布、それらを使って作るろ過装置について俺は説明を始める。

 要するに、粒の大きいものから順々に水を通過させていき、水の中の不純物を除去してしまおうという仕組みだ。

 

「材料集めが大変そうですね……この雨の中ですと、砂などが難しいでしょう」

 

 ナタリアの指摘はもっともだ。

 住民全員分を賄うためには相当大掛かりなろ過装置が必要になるだろう。材料集めがネックだな。

 

「木炭は、各家庭を回って提供してもらいましょう。薪が灰になる前に回収してもらえばある程度は集まると思います」

「教会でも、いくつか用意いたしましょう」

 

 ナタリアの意見にベルティーナがそう申し出る。

 教会の厨房は天井が高く、竃も大きい。木炭を作るにはいい場所だろう。風呂の湯を沸かした際の薪や、今寮母が料理に使っている薪はすぐにでも使用できる。

 

 あとは砂かぁ……

 

「ご、ごめんくださいですぅー!」

「くださーい!」

 

 材料の手配に頭を悩ませていると、これまた聞き慣れた声が玄関から聞こえてきた。

 この声はロレッタだ。

 大雨の中出勤してみたら店が閉まっていて、そしてマグダの張り紙を見てこちらに来たのだろう。

 

「……ロレッタのことをすっかり忘れてた」

「申し訳ないことをしてしまいましたね」

 

 客は来なくとも、従業員は来る。

 そのことを失念していたのだ。

 なんとなく、もうみんな揃ってるって思っちゃってたし。

 

「いやぁ、すごい雨ですねぇ。あ、みなさん、おはようございますです!」

 

 寮母に連れられ、談話室に入ってきたロレッタ。傘を差してきたのか上半身はあまり濡れていないようだ。

 元気な挨拶と共に眩しい笑顔を向けられて、……目を逸らしてしまった。

 

「ふぉっ!? ど、どうしてみなさん目を逸らすですか!? え、あたし何か仕出かしちゃいましたですか!?」

 

 いや、お前は悪くない。何も悪くないんだ。……ただ、存在感が薄かっただけで。

 

「お姉ちゃん、拭いてもらったー!」

「もらったー!」

 

 全身の毛を毛羽立たせて、ハムっ子が二人談話室に入ってくる。

 ロレッタのお供を買って出た弟たちらしい。

 お供のついでに、何か仕事がないかお伺いを立てに来たのだそうだ。

 

「ロレッタさん。折角来ていただいたのに申し訳ないのですが、今日はお店を開けないでおこうと思っているんです」

「そうなんですかぁ。まぁ、この雨じゃあお客様、たぶん来ないですしね」

 

 うな垂れる弟たち。

 その隣で、ロレッタが窓の外へ視線を向ける。

 

「…………あれ? あの人は……」

 

 ロレッタの言葉に、俺たちは全員窓の外へと視線を向けた。

 豪雨のせいで視界が悪く、人の姿はハッキリ確認できなかった。

 出来なかったが……アレはあいつに違いない。

 

「マグダ」

「……なに?」

「…………カモが来た」

 

 マグダが小首を傾げるのとほぼ同時に、もうすっかりお馴染みになった声が聞こえてきた。

 

「ごめんくださいッスー!」

 

 ウーマロだ。

 ……あいつ、この豪雨の中、マグダ見たさに四十二区まで歩いてきたのか?

 …………引くわぁ…………

 

「マグダ。今すぐタオルを持ってウーマロに渡してこい。その際『あぁ、困った、どうしよう(棒)』と呟きつつな」

「……了解」

 

 物分かりのいい大女優マグダ。発進である。

 マグダが談話室を出ると同時に、「むはぁー! マグダた~ん!」というドン引きの歓声が聞こえてくる。

 ……あいつ、もう四十二区に引っ越してくればいいのに。

 

「……あぁ、困った、どうしよう(棒)」

「任せるッス! オイラがなんだってやってあげるッス!」

 

 かくして、俺の思惑通りにカモが釣れた。

 ジネットは少々困ったような表情を見せていたが、他の面々は「しめしめ」といった顔をしている。もうさすがに、ウーマロの立ち位置を理解していない者はいないようだ。

 

 マグダに手渡されたタオルで体を拭きながらご満悦な表情で談話室に入ってくるウーマロ。

 

「「ようこそ、ウーマロ。君が来るのを待っていたよ」」

 

 俺の思考を読んでなのか、エステラが俺とまったく同じタイミングでまったく同じことを言った。

 ふふふ……やるな、貴様。

 

「……あ~…………とりあえず、オイラは何を作らされるッスかね?」

 

 ウーマロ自身も、自分の立ち位置を理解しているようで何よりだ。

 なぁに、悪いようにはしないさ。

 慈善事業だ。きっと領主からもたんまり報酬が出る。大雨で仕事が上がったりなお前にはもってこいのいい話となるだろう。

 だからまぁ、…………馬車馬のように働け。な?

 

 

 こうして役者が揃い、俺たちは四十二区救済の一大プロジェクトに取りかかることとなった。

 

 

 

 

 

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