異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

43話 わたし、信じていました -3-

公開日時: 2020年11月11日(水) 20:01
文字数:3,475

「みんな、ちょっとえぇか?」

 

 その時、ドアが開いてレジーナが顔を出した。

 鼻と口を覆っていた布は下げられており、今は首元に巻きついている。

 感染病ではなかったということだろうか。

 

 レジーナは部屋から出ると、後ろ手にドアを閉めた。

 俺たちだけに話したいことがあるのか?

 

「原因はやっぱり飲料水やね。ちょっとタチの悪い病原菌がお腹ん中に入って悪さをしてもうとるんや」

「空気感染の心配は?」

「ないね。あの病気やったら、まだ地元におったころ何回か診とるし、特効薬の作り方も知っとるよ」

「本当ですかっ!?」

 

 特効薬という言葉に、ジネットが表情を輝かせる。

 だが、それと反比例するようにレジーナの表情は曇っていく。

 ジネットのこの表情。ベルティーナや寮母にこの表情をさせないように俺たちだけに話そうと思ったのだろう。

 

 つまり……

 

「……けど、残念ながら、その特効薬は作られへんねん」

「………………え?」

 

 ジネットの顔から血の気が引いていく。

 血の気と一緒に、表情までもがなくなってしまった。

 

「その特効薬には必要不可欠な素材があるんやけど、それが手に入らへんのや」

「何が必要なんだい? 言ってくれれば、ボクが用意するよ。たとえ中央区に掛け合ってでも……」

「ちゃうねん。四十二区にないんやのぅて、この街、オールブルームにないんや」

「……そん、な」

 

 ついにジネットは眩暈を起こし、廊下へとへたり込んでしまった。

 マグダがすかさず歩み寄り、ジネットの背中を撫でてやっている。

 

「どうしてないと断言できるんだい?」

 

 諦めきれないのか、エステラがレジーナに食ってかかる。

 なんとしてでも探し出してみせると言わんばかりの気迫だ。

 

「ウチの地元の名産品やさかいな。少々値が張っても定期的に購入しとったんやけど、一ヶ月前から急に市場から姿を消したんや。今現在は手に入らへんようになってもうてる。もっとも、紛い物はぎょ~さん出回っとるみたいやけどな」

 

 レジーナの地元の名産品で、この一ヶ月で市場から消え、紛い物が出回る……つまり偽物を作りたくなるほど価値のある物……そんなもんは、アレしかないだろう。

 

「それがあると薬が作れるのか?」

「それがなかったら薬は作られへんのや。今からバオクリエアに向かっても、戻ってくる頃には、あの子たちはもう……」

「…………そうか」

 

 なんだかなぁ……と、思う。

 

「じゃ、しょうがねぇな」

 

 そんな言葉しか口に出来なかった。

 立ち去ろうと足を出すも、足がすごく重い。

 視界がフラフラする。フラフラしてんのは、俺の方か。

 

「ヤシロ、どこに行くんだい?」

 

 エステラの声が俺を呼び止めるが、そんなもんに構ってやる気にもなれない。

 

 あ~ぁ、だ。

 本当に…………本っっっ当に、底意地の悪いヤツだぜ、神様ってヤロウはな。

 

 なんだ?

 ワザとか?

 全部テメェの手のひらの上か?

 必死に駆け回っている俺を見て嘲笑ってやがったのかよ、クソヤロウ。

 

「ヤシロさんっ!」

 

 教会の入り口まで追ってきたジネットが俺に向かって声をかける。

 だが俺は止まらない。

 水溜まりが跳ねる。

 全身に叩きつける雨は、さっきより強くなっている気がする。

 

 ……あれ、俺はいつの間に外に出ていたんだ?

 それで、どこに向かって走ってるんだ?

 

 なんてよ、とぼけてんのも分かってんだよな、『神様』?

 それを見て、お前今、笑ってんのか?

 

 数分走り続け、見えてきたのは陽だまり亭。俺の目的地だ。

 

 マグダから預かっていた鍵でドアを開ける。

 食堂を突っ切り、中庭に出て、階段を駆け上がると脇目も振らずに自分の部屋を目指す。

 いちいち行く手を阻むドアを乱暴に蹴り上げる。

 何もない簡素な部屋。

 あるのはベッドと生活用品を入れておく長持だけ。

 泥棒が入れば、迷うことなくこの長持を持ち出すだろう。

 

 だが残念だったな。そっちはフェイクだ。

 本当に高価なものはベッドの下に作りつけた秘密の引き出しにしまってあるのだ。

 木箱にワラを敷き詰め、シーツを被せただけの質素なベッド。その底に、俺があとから作った引き出しがあり、その中に、布袋いっぱいに詰まった『高価な物』が入っている。

 末端価格50万Rbオーバー、日本円にして五百万円以上。

 かつては金と同じ値段で取引されたとまで言われた畑の宝石。

 俺がこの街で背負うことになった数々のしがらみや足枷の元凶。

 

 

 バオクリエア産の香辛料だ。

 

 

 初めてこの街にたどり着いた時、行商人のノルベールから巻き上げた盗品。

 結局、そのノルベールにしても、この香辛料を盗んできていたようで、現在市場への流通が遮断されている曰くつきの逸品。

 

 いつかほとぼりが冷めたら金に換えてやろうと思っていたのに…………

 

「だから俺は、神とか仏とか、上から目線のヤツらが大っ嫌いなんだよ!」

 

 負け惜しみの悪態を吐いて、俺は大雨降りしきる店の外へと飛び出していく。

 もう濡れ過ぎてどうでもいい気分だ。

 いっそのこと、このイライラも、戸惑いも、呆れも、ついでに込み上げてくる変な高揚感と使命感も、みんなみんな洗い流してくれればいい。

 

 駆け抜けてきた道を全速力で駆け戻っていく。

 毎朝毎朝、嫌んなるほど往復した道だ。

 雨の勢いにまぶたを開けていられなくても、雨で前が見えなくても、教会までなら余裕でたどり着ける。

 

 灯りがともっているのに妙に静まり返っている教会。談話室横の廊下を駆け抜け、階段を駆け上がる。

 ガキどもが寝ている部屋。そのドアの前にいたのはエステラだけだった。

 

「みんなは、中で子供たちの看病さ」

「……はぁ……はぁ…………お前は、何をしている?」

「何をしているは、君にこそ聞きたいセリフだけど……いいよ、答えてあげよう」

 

 エステラはすべてを知っていると言わんばかりの表情で俺へと歩み寄ってくる。

 

「君を待っていたんだ。何かを仕出かすつもりの、君をね。観衆がいた方が君の張り合いが出るだろう?」

 

 ふん。

 そんなもんいらん。

 観衆も張り合いも、俺には必要ない。

 

「頑張るのはレジーナだ」

 

 俺は握りしめていた布袋をエステラの手にポンと載せる。

 

「スゲェいいヤツが『これを使え』ってよ」

「へぇ。すごくいい人が……なるほど。こんな高価なものをくれるんだから、相当にいい人なんだろうね」

「あぁ、お人好し過ぎで反吐が出そうだ。あぁ、あとそれから……『出所は詮索するな』とも言っていたかな」

「なるほど……けれど、子供たちの命には代えられない。たとえこれが『悪事の動かぬ証拠』であっても、ボクはありがたく使わせてもらおうと思うよ」

 

 不敵な笑みが俺を見つめる。

 ……だからなんだ。目なんか逸らしてやるもんか。

 

「それからな……今世紀最大のお人好しが言うにはな、『もし余ったら返却してほしいなぁ』だそうだ」

「残念だね。そうしてあげたいのは山々なんだけれど、ボクはその人の顔も名前も知らないんだ。どんな人だったんだい?」

「…………一目見た瞬間気絶するような絶世の美少年だったよ」

「あはは……見たことないなぁ、そんな人」

 

 テメェの目の前にいんだろうが。

 

「それじゃ、ボクはこれをレジーナに渡してくるよ。君は今すぐ一階へ降りて厨房へ向かうべきだよ」

「夜食でも作らせようってのか?」

「ジネットちゃんがお湯を沸かしてくれている。『ヤシロさんがきっと子供たちをなんとかしてくださいます』と言ってね。戻ってきた君が寒さで震えずに済むようにって」

 

 ジネットめ……俺なんかを信用するなと、何度言えば分かるんだ。

 まぁ、湯が沸いているのはありがたい。

 寒くて死にそうだからな。……ホント、何やってんだろうな俺は。傘、差せばよかったのに。

 

「あぁ、そうそう」

 

 厨房へ向かおうとした時、背後からエステラの声が飛んできた。

 

「とある街の領主関係者が言っていたことなんだけどね……『もし、盗品を私利私欲のために換金していたら、きっとボクは全力をもってそいつを潰していただろう』……だって」

 

 俺は振り向かない。

 だから、今エステラがどんな顔をしているのかは分からない。知りようがないからな。

 

「……そうかよ。当事者に伝わるといいな」

「伝わらなくてもいいんじゃないかな。きっと、もうその必要もないだろうしね」

「悪人はどこまでいっても悪人のままだぞ。下手な期待をすると、いつか泣きを見ることになるんじゃないか」

「ということはだよ。根っからの善人はどこまでいっても、結局は善人ってことだよね。……過去に何があったって、どんなに悪ぶっていたって……そういうのに関係なく、さ」

 

 それは、ただの理想だな……

 

「早く持っていってやれ。ガキの体力なんかたかが知れてんだぞ」

「そうするよ。君も、早く体を温めてくるといいよ」

 

 振り向かないまま、手を上げて返事の代わりとする。

 

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