異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

370話 一騒動の後に -4-

公開日時: 2022年7月7日(木) 20:01
更新日時: 2022年12月31日(土) 23:59
文字数:3,250

「お疲れ様です、エステラさん。ルシアさんも」

「ジネットちゃ~ん! 疲れたよ~!」

 

 カウンター越しにジネットに抱きつき、頭を撫でられるエステラ。

 手を汚させるなよ。いちいち洗わなきゃいけなくなるんだからよ。

 

「そちらに座ってください。お客さんが落ち着いたので、お好きな物を握りますよ」

「タマゴ! あとエビ!」

 

 お子様め。

 

「ウニとイクラと大トロも!」

 

 ガキが際限なく頼むと両親がグーで殴るラインナップだな。

 

「その前に、茶碗蒸しはいかがですか?」

「あ、食べる食べる!」

 

 にっこにこで体を揺するエステラ。

 つい先ほど「仲間を侮辱することは許さない!」とか言って殺気を放っていたヤツとは思えない。

 

「ジネぷー」

「はい。ルシアさんは何を召し上がりますか?」

「今晩泊めてほしい」

「何食うか言えや」

「もちろん、構いませんよ」

「安請け合いすんな、ジネット」

「一緒に入りたい、大きいお風呂に、私は、みんなと」

「しょうがねぇ、俺も付き合ってや――」

「懺悔してください」

「砂に還れ、カタクチイワシ」

 

 俺、別に砂から生まれてないのに。

 

「は~い、カニのあんかけ茶碗蒸し~☆」

 

 マーシャがミトンを両手にはめて茶碗蒸しを持ってくる。

 そんなに熱いのか。

 人魚だから熱いのは苦手とか?

 熱い湯が飛んでもいいようになのか、いつものホタテの上に胸までを隠す純白のエプロンを着けている。

 正面から見たら、モロ裸エプロンだ。

 

「マーシャ、ナイス!」

「ね、言ったでしょ☆」

「……予想通り」

「お兄ちゃん、残念です」

「みんな、君の思考回路を嫌ってほど理解しているようだよ。懺悔して悔い改めたまえ、ヤシロ」

「もぅ、ヤシロさん。ダメですよ、もぅ」

 

 裸エプロンに喜んだら四方八方から怒られた。

 そんなに怒ることかね!?

 

「朝は裸エプロン、夜はバスローブ! 新婚さんの必須ファッションだろうが!」

「じゃあ、未来のお嫁さんにやってもらうといいよ~☆」

 

 それはまぁ、もちろんやってらうけども!

 半ば強制的にでも!

 あの手この手を駆使して!

 

 ……俺が結婚なんてもんをするなら、な。

 

「ヤシロさん、ばすろーぶ、ってなんですか?」

「食いもんじゃないぞ?」

「分かってますよ! わたし、そんなに食いしん坊じゃありません」

 

 いや、ジネットがそうやって聞くのって、調理法を知りたい時かな~って。

 

「タオルの生地で出来た服だ」

「もこもこ過ぎないかい?」

「もこもこだぞ」

「それで寝るのかい?」

「いや、風呂上がりからパジャマに着替えるまでの間に着ておくもんだ」

 

 バスローブはタオルの代わりに使われる。

 まぁ、俺は気持ち悪いんでタオルで髪と体を拭いた後で羽織るが。

 

「暑い日だと、風呂から上がった後、汗をかいたりするだろ? パジャマに着替えた後もしばらく体が熱くて汗をかくと、ちょっと気持ち悪くないか?」

「あぁ、確かに」

「だから、体がある程度冷めるまでバスローブで過ごし、その後下着を着けてパジャマに着替えるんだよ」

「えっ!? ……下着つけないの?」

「パンツだけ汗でぐっしょりとか、気持ち悪いだろうが」

「それはそうだけど………………ブラに言及しなかったのには、何か深い意味があるのかな?」

「ねぇよ! 被害妄想だから、それ!」

 

 まぁ、お前は普段から着けてないだろうけどね!

 

「エステラよ。寝る時に着けなくても形が崩れないそなたはいいな」

「五十歩百歩ですよ、ルシアさん!」

 

 澄まし顔で茶碗蒸しを平らげるルシアを睨むエステラ。

 ナイトブラは将来を見据えるといいアイテムだが、パンイチ&タンクトップのみという寝間着も、生涯で一度くらいは拝んでみたい男子の憧れなので、そこんとこよく覚えておくように!

 

「ヤッシロ~!」

 

 大きく手を振りながら、パウラたちが揃ってやって来る。

 

「スフレホットケーキ、完売したよ~」

「おぅ、みんなお疲れさん」

「いや~、ホント疲れたさね」

「でも、みんな喜んでくれて、私なんだか嬉しくなっちゃった」

「ぅん。みりぃも、楽しかった」

 

 パウラにノーマにネフェリー、そしてミリィがカウンターに来て椅子に腰掛ける。

 

「ポンペーオはどうだった?」

「すごかったょ! 可愛く盛り付けてくれたの」

 

 ミリィが興奮気味に教えてくれる。

 なんでも、同じように盛り付けようとしても全然マネが出来ない、絶妙なバランスの盛り付けだったようだ。

 

「ネコさんとお魚さんが仲良しに見える盛り付けだったょ」

 

 どんな盛り付けだったのやら。

 

「で、今はどこにいるんだ?」

「燃え尽きて、カウンターの中で炭になってるさね」

「じゃあ、もうちょっと燃やしたら灰になるな」

「だめだよ、てんとうむしさん」

 

 くすくすと笑ってミリィがポンペーオを庇う。

 ポンペーオごときがミリィに庇われるとは。有罪だな。

 

「皆様、お腹は空いていませんか?」

「ごちゅーもん」

「あ、ごめんね、カンパニュラちゃん、テレサちゃん」

 

 ネフェリーが、注文を聞きに来たカンパニュラたちに手を合わせて謝る。

 

「アタシらは、交代で休憩を取ってもう食べたんさよ」

「父ちゃんが差し入れ持ってきてくれたからね」

「ぉ寿司は、昨日食べさせてもらったから、ね」

 

 みんな腹は満たされているようだ。

 

「じゃあ、あたいが代わりにスフレホットケーキを食べてやるよ!」

「何が代わりなのよ、デリア?」

「ネフェリーが寿司じゃなくて、あたいがホットケーキ!」

「いや、そういうの代わりって言わないからね」

「それにもう材料がないさよ」

「えぇー!」

「えぇーって……デリア、お昼にあれだけ食べたじゃない」

 

 パウラが信じられないものを見るような目でデリアを見ている。

 デリアはな、さっき食べたとか関係ないんだよ。今、食べたいか否か、それが大事なんだから。

 

「それじゃ、エステラたちが満足したら、こっちも店じまいするか」

「そうですね。材料ももう残り少ないですし」

「……なら、残った材料は握ってしまって、お土産用として販売する」

「それいいですね! 最後のお寿司となれば誰か買ってくですよ、きっと」

 

 閉店間際のセールよろしく、マグダたちが残った材料で寿司を作り始める。

 

「それじゃ~、もう一握りしちゃうよ~☆」

 

 マーシャが、袖もないのに腕まくりをして寿司を握り始める。

 

 今ここには、ジネット、マグダ、ロレッタ、デリア、ノーマ、ミリィ、パウラ、ネフェリーがいる。

 カンパニュラには、今後のことも考えて話しておいた方がいいか。

 テレサは……ま、カンパニュラと一緒がいいって言うだろうな。

 

「ウーマロは、今日は早く寝るだろうから明日でいいか」

「なんッスか? オイラ、まだまだ元気ッスよ!」

「んじゃあ、ニュータウンに16階建てを」

「そこまでの元気はないッス!」

 

 計ったようなタイミングでにゅっと現れたウーマロだったが、今日はいろいろなところに挨拶回りをしていたのだろう、ほとんど陽だまり亭チームのところに顔を出さなかった。

 

「じゃあ、このあとちょっと付き合ってくれるか?」

「もちろんッス!」

「拙者もお共するでござる!」

「あれ? 空耳が」

「いるでござるよ! お寿司と茶碗蒸しの食品サンプルを一気に注文されて忙しい拙者がここにいるでござるよ!」

 

 あぁ、そうだ。イメルダも呼ばないと。

 仲間外れにされると拗ねるもんな。

 

 ……あんま楽しい話じゃないんだけどな。

 

「ナタリア、イメルダを探して声をかけてくれるか?」

「畏まりました」

 

 エステラよりも早く食事を終えたナタリアがイメルダを探しに行く。

 

「みんな。このあと一度陽だまり亭に集まってくれないか?」

「ん? なんか新しい料理でもするのか、ヤシロ?」

「そうなんかぃね?」

 

 きらきらとした瞳を向けられたが、俺はエステラと視線を交わして首を振る。

 

「いや、ちょっと気が重くなるような話なんだが……お前らにはちゃんと言っておきたいと思ってな」

 

『湿地帯の大病』の真実について。

 

 俺とエステラの表情を見て何か悟ったようで、その場にいた者は全員神妙な表情で頷いた。

 

 ベルティーナはガキを連れてもう帰っているから、明日にでも個別で話をするとしよう。

 

「ではみなさん。手早くお片付けをして帰りまりしょう」

 

 ジネットの明るい声に、少しだけ救われたような気がした。

 

 

 

 

 

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