「あ、次はエステラさんとナタリアさんが出場される『ミススタイリッシュ』ですよ」
『ミススタイリッシュ』は、服やアクセサリーをいかに素敵に着こなせるか、そのセンスはもちろんおしゃれ着に負けないプロポーションやルックス、表情や仕草の作り方も問われるかなり高難易度のコンテストだ。
『ミス素敵やん』に次ぐハイレベルな戦いになることだろう。
「あ、ネフェリーさんです」
「……ネフェリー、この数日でさらに『仕上げて』きた……侮れない女子力」
ロレッタやマグダが言うには、ネフェリーは強化合宿の時よりもさらにウェストを引き締め、脚をスラッとさせてきたらしい。
ヤシロズ・アーイ!
………………はぁ、まったく。乳が2mm減ってる! 誠に遺憾だ。
ダイエットって、そーゆーことじゃないでしょー! もう!
「ネフェリーさんの衣装、素敵ですね」
「あれ、ウクリネスさんからの賄賂なんです」
「……水着の季節にモデルを引き受けるという条件で、特注品を譲渡された。ネフェリー、抜け目のない女」
ウクリネスのネフェリー好きも大概だな。
ということは、今年も新作水着がわんさか出てくるってわけか。楽しみにしておこう。
「ふぉおおお!? エステラさん、メチャクチャ本気じゃないですか!?」
「……全力の領主モード」
ロレッタとマグダが騒ぎ出したのは、エステラが登壇した時だった。
……あいつ、かつて俺が初めて『領主代行』に会った時以上に気合いの入りまくったお嬢様スタイルできやがったな。
薄ピンクのドレスの上にライムグリーンの爽やかなケープを羽織り、どこぞのお姫様みたいだ。
あいつ、勝負時にはピンクを着るよな。普段はそういうガーリーな雰囲気一切見せないのに。ギャップ狙いか?
「素敵ですねぇ、エステラさん。見違えました」
「あぁいうドレスを着ると、すごく女の子っぽいし、あのドレスなら――」
「「「無乳が誤魔化せる」」」
「悪いですよ、みなさん。めっ」
声を揃えた俺たち三人、まとめて怒られた。
しかしまぁ、すげぇ気合いの入りようだな。
こりゃ、グランプリはエステラのもの――
「わぁああ!」
「うぉぉおおお!?」
突然、会場が沸いた。
「お兄ちゃん! エステラさん以上に本気モードの人がいたです!」
「……ナタリア、戦闘モード」
「素敵ですねぇ」
エステラとは対照的に、シンプルながらも体のラインがはっきりと出る大人っぽいカクテルドレスを纏ったナタリア。
一歩歩く度に会場から歓声が湧き、感嘆のため息が漏れる。
体の表面を撫でてさらりと流れていく風を思わせるような柔らかいシルクのドレス。あれは、相当自分に自信がないと着れないぞ……自分の顔とスタイルに。
「……エステラを潰しにきている」
「だな。敵はエステラだけって戦闘服だ、あれは」
ホント、ナタリアのヤツ……エステラが大好きなんだな。
エステラにちょっかいをかけるのが。
しかし、なんというか……
「美乳だな」
「他に言うことないですか、お兄ちゃん!?」
「……美尻」
「似たようなもんですよ、マグダっちょ!?」
「脚が綺麗ですね」
「店長さんまで!?」
「あ、いえ! わたしは、ヤシロさんのような目では見ていませんよ?」
ほっほ~ぅ、ジネット?
俺が一体どんな目で見ていると思ってるんだ? ん?
まぁ、そーゆー目で見てますけども。
「まぁ!」
「素敵っ!」
女性たちから声が上がる。
オッサンどもの低いうなり声とはまるで違う、華やかな歓声だ。
「あっ、イメルダさんですね」
「あいつも本気モードだなぁ」
「あれ!? イメルダさん、衣装変わってるです?」
「……観る用のドレスと観られる用のドレスを使い分ける女、イメルダ。さすが元四十区のファッションリーダー」
言われてみれば、『ミスプチエンジェル』でハビエルの息の根を止めようとしていた時の服とは変わっている。
どこにこだわりを持ってるんだよ……根っからのお嬢様なんだな、イメルダは。
「女性人気がすごいですね」
「分かりやすく憧れやすいからな、イメルダは」
お嬢様でオシャレで美人。
羨望の眼差しを向けやすい存在なのだろう。
「私もあんな風になりたい!」と。
「ナタリアの服は無理でも、イメルダのドレスは着てみたいって気がしないか?」
「そう、ですね。わたしに似合うかと言われると自信はありませんが、機会があれば着てみたくなるような素敵なドレスですね」
いいところを突いてくるよな、イメルダは。
そういう「途方もなく難しいけれど決して不可能ではない、かもしれない」くらいの、手が届くんじゃないかと思わせるようなコーディネートをしている。そしてそれを完璧に着こなしてみせている。
実際マネをしたら大惨事になるのだろうが、見る者に希望を与えるようなチョイスはさすがだ。
この蒼々たる顔ぶれが相手じゃ、四十一区の人間は太刀打ちできないだろうなぁ……可哀想に。
そんなことを思いつつ、カチコチに緊張したミリィが舞台へ上がった瞬間「かわいい~!」って声が上がり「はぅっ!?」ってショックを受けている様を微笑ましく見ていたまさにその時。
「ん?」
登壇を待つ参加者の中に、見覚えがあるようなないような、そんな微妙な感情を引き起こさせる美女を見つけた。
……というか、誰だか分かっているんだが、なんとなく認めたくないというか…………
「どうしました、ヤシロさん?」
「いや、……アイツ」
「え? ……あぁ! バルバラさんですね」
……だよなぁ。
「あいつ、なにオシャレしてんだ?」
「コンテストですから」
「どうですお兄ちゃん!? 化けたですよね、バルバっちょ!」
バルバっちょって……
「パウラさんとネフェリーさんとあたしで、徹底的に女子っぽい仕草を叩き込んだです! 見てです、立ち姿がもう完全に女子です!」
確かに、いつものだらーとしてぐでーとした、姿勢の悪いバルバラはそこにはいない。
楚々と立ち、野の花を踏んづけてしまわないように静かに足を動かす恥じらいある美少女がそこにいた。
「……衣装はウクリネスからの無償提供(ただし水着の試着モデル確約)」
またか、ウクリネス!?
なに、お前はスポーツウェアの宣伝のために一流アスリートのスポンサーになるメーカーか何かなの?
「メイクはイメルダさん直伝です! というか、マスター出来なかったのでイメルダさん直々にメイクしてあげていたです!」
「マスターしろよ……」
「仕草と精神面だけでいっぱいいっぱいだったです!」
「外殻だけ取り繕いやがって」
外面?
そんな生易しいもんじゃねぇ。外殻だ、あれは。分っ厚い殻を被ってやがるのだ。
「けれど、見違えましたね」
「……まぁ、な」
もし、バルバラの本性を知らなければ手放しで「美少女!」と称賛できただろう。
事実、バルバラが舞台に上がると会場の男どもがでれっとした顔をさらしてやがった。
鼻の下を伸ばして「うはぁ! 守ってあげたい!」とか言ってるオッサンもいる。
まさかあのバルバラが守ってあげたい系女子に化けるとは……
「こっちの方がよっぽどハロウィンだぜ……」
「ふふ。『綺麗になりたい』という気持ちは、女の子に魔法をかけるんですよ」
『呪い』じゃなけりゃいいけどな。
ずらずらと舞台へ上がっていく候補者たち。
ここから予選を行って数を減らしていくのだが、四十二区チームは手堅く残るだろうな。
「ロレッタ。この次はお前が出るコンテストだろ?」
「はいです! あたしにぴったりな『ミス元気娘』です! 目下のライバルはパウラさんですね」
『ミス元気娘』には、主に飲食店の従業員が参加している。
笑顔が素敵だねと言われるようなタイプの、元気が取り柄の明るい女子たちが集まっている。
なんともやかましそうだ。
「ちょっとメイクが崩れてるぞ。直してやるからこっち来い」
「ほにゃ!? お兄ちゃんが直してくれるです!?」
「おう。任せとけ」
「こ、これは、思いがけないラッキー展開です! あたし、なんだか今日すごくツイてるです! もしかしてもしかしたらグランプリ取っちゃうかもですよ、これはっ!」
「ジネット、墨と筆を持ってるか?」
「『肉』って書く気ですね、さては!?」
おデコを押さえてずざざっと遠ざかっていくロレッタ。
……ち。なんて勘の鋭い。
「絶対面白いのに……」
「面白さは、今日は求めてないですよ!? 可愛さです、今必要なのは!」
「もう、ヤシロさん。ちゃんと直してあげてください」
「ジネットがやってやるか?」
「いえ。ヤシロさんの方がお上手ですから」
女子に言われるようなもんでもないと思うが。
とはいえ、美容関係とメイク関係は一通りマスターしたんだよな。エステやネイルやスキンケア。メイキャップはもちろん、特殊メイクまで網羅した。
ロレッタを可愛く仕上げるなんて朝飯前だ。
「ここで直すか?」
「いえ! コンテスト参加者用に用意された控え室は設備がすごいんです。是非そこで直してほしいです!」
「男が入ってもいいのか?」
「更衣室はダメですけど、男女共用の方なら問題ないです」
基本的に男子禁制だが、事情により男の手伝いが必要な場合を考慮して、別棟に男女共用更衣室&メイクルームを作ったらしい。……ウーマロ、芸が細かいぜ。っつうか、俺が口出しすることを見越していた……ってわけじゃ、ない、よな?
「じゃあ、ちょっと行ってくる」
「はい。お二人の分まで応援しておきますね」
「誰の応援をするんだ?」
「みなさんです」
全員でグランプリは取れないんだが。
ジネットなら、誰がグランプリを取っても喜びそうだ。
ハズレのない人生って、こういう生き方なのかもなぁ。
そんなわけで、ちょっと離席して、わーきゃー騒ぎ過ぎて崩れてしまったロレッタのメイクを直しに行った。
戻ってきた時に、あんなサプライズが待っているなど思いもしないで。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!