異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

こぼれ話4話 激流に飲み込まれる -2-

公開日時: 2021年3月27日(土) 20:01
文字数:2,295

☆☆☆☆☆

 

「父ちゃん、店閉めるよー」

 

 カウンターの向こうで本日の儲けを計算している父ちゃんに声をかける。

 今日も一日忙しかった。

 

 日暮れからやって来た酒飲みのお客さんたちも居なくなり、店内にはあたしと父ちゃんの二人きり。

 店も大通りも静かになって、今日一日分の疲れがどっと押し寄せてくる。

 この充実感が、あたしは好きだ。

 

 テーブルを拭いて、このあと明日の仕込みしなきゃな~って思っていると……

 それは、突然やって来た。

 

「おい、店員のねーちゃん!」

 

 声を荒らげ、一人の駆け込みのお客さんがやって来た。

 見たこともないお客さん。

 常連さんはあたしのこと「パウラちゃ~ん」とか呼ぶけど、この人は「店員のねーちゃん」。一見さんに間違いない。

 情報紙が発行されてから、それを見てやって来てくれる一見さんが増えたんだけど、その中の一人だろう。

 常連さんなら、多少の融通は利かせてあげてもいいかなって思うんだけど……

 

「あ、ごめんね。もうラストオーダー終わっちゃったんだ。だからまた明日……」

「それどころじゃねぇんだよ!」

 

 そのお客さんは、どこかの飲んだくれみたいなみすぼらしい格好をしていたけれど顔はとても真剣で、すごく焦っているのか何度も唾を飲み込んでいた。

 なんだか、雰囲気が尋常じゃない……なんなの、この人?

 

「なぁ、ねーちゃん! あんた、目つきの悪い、小ずるい男に心当たりはねぇか?」

 

 言われて真っ先に思い浮かんだのは、ヤシロだった。

 ヤシロって、普段はすごく目つき悪いし、それにちょっとズルいところあるし。まぁ、あたしたちを見る時の目は、ちょっと優しいんだけど……それにズルいっていったって、そういうのも含めてヤシロなら悪くないかなぁ~って思えるところではあるし…………えへへ。

 

「あるのかねぇのか、どっちだ!?」

「え? あ、うん。ある!」

 

 でもたぶん、こういうヤシロのことをよく知らない人が見たら、ヤシロって目つきが悪くて小ずるい男って評価になるんだろうなって思う。

 だから、知っていると答える。

 けど、それがなんなんだろう?

 

「そうか……落ち着いて聞いてくれよ」

 

「落ち着いて聞け」なんて言われたら、余計に緊張しちゃう……

 固唾を飲んで次の言葉を待っていると、その男はとんでもないことを言い出した。

 

「その男が、二十九区の兵士に捕らえられた」

「えっ!?」

「詐欺の疑いをかけられてよ……本人は抵抗したらしいんだが、兵士って連中は融通が利かねぇだろ? それで……連れて行かれちまったんだ」

 

 ヤシロが……詐欺?

 それで、兵士に捕まって連れて行かれて……

 

「え、でも、なんで? 二十九区っていったら、だって、ついこの間……え? どういうこと!?」

「落ち着け! 落ち着けって!」

 

 落ち着いてなんかいられない。

 ヤシロって、いつも危険なこといっぱいしてるから。

 言い方とか見せ方で、ぎりぎりグレーゾーンを攻める、みたいなことをして相手を言い負かせたり――けど、それってとっても危険で……いつか自分に跳ね返ってくるんじゃないかっていつも不安だった。

 

 それが今回、今、今日、返ってきちゃったんだ……

 

「ヤシロ、何したの!? また領主様に失礼なことしちゃったの!? ねぇ、教えて!」

「ま、待て! とにかく一回落ち着け!」

 

 興奮のあまり、あたしはお客さんの懐を掴んでいた。

 もどかしくて、苦しくて、急かすようにお客さんに詰め寄る。

 

「詐欺の疑いをかけられてはいるが、実際そうだと決まったわけじゃねぇ」

「当然よ! ヤシロは人を騙すようなことしないもん! ……まぁ、たまにちょっとズルいなって思うようなことはするけど……でもっ!」

「だぁかぁら! 助けたいだろ? な? 助けてやりたいよな!?」

「当たり前でしょ!?」

 

 いわれのない罪で捕まっちゃうなんて、そんなの間違ってる。

 ……いわれは、なくはないのかも、しれないけれど。

 けど、ヤシロのすることなら、きっと理由がある。ヤシロは、悪事を働くような人じゃない。それは絶対!

 

「あぁ~、その前にだ」

 

 こっちが情報を聞きたくてうずうずしているのに、お客さん――本当はお客さんじゃないみたいだけど――は、もったいぶってなかなか先を話してくれない。

 ノドに噛みついてやりたくなる。

 

「念のために聞くが、そいつの名前はなんだ?」

「名前? なんで?」

「プライバシーってヤツがあるだろう? もし別人だったら、赤の他人であるあんたにそいつの知られたくない秘密をしゃべっちまうことになる」

「プライバシー……か。そうね。それって、大事よね」

「なに、簡単な確認だ。あんたが名前を言ってくれりゃ、本人かどうかが分かるだろ? 話はその後だ」

 

 なんだかモヤモヤする。

 この人、なんだか自分のことを全然話してない気がする。

 信じて、いいのかな?

 

「時間がねぇんだ。刑が確定しちまえば取り返しが付かなくなっちまうぜ」

「刑……!?」

 

 領主様が下す刑って、なんだろう?

 エステラみたいに優しい領主なら、情状酌量も期待できるけど……二十九区の領主様って…………ヤシロに恨みとか、持ってる、かも、しれない……よね?

 

「俺が信用できねぇってんなら、先にイニシャルだけ言ってやる。あんたが思い浮かべてるヤツのイニシャルは『Y』じゃねぇか?」

 

 心臓がきゅっと縮み上がった。

『Y』……ヤシロの『Y』…………やっぱり、ヤシロ……なの?

 

「どうやら、当たりらしいな」

「…………」

 

 どうしていいか分からずに、父ちゃんの顔を窺う。

 父ちゃんは神妙な顔つきで、ゆっくりと頷いた。言えって、ことだと思う。

 

「……オオバ、ヤシロ」

 

 あたしがその名を告げた直後、お客さんは手で顔を覆い、重たいため息を漏らした。

 そして、「……そうか」と短く呟いた後、声を潜めてこんな話を始めた。

 

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