異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

8話 最初の衝突 -6-

公開日時: 2020年10月7日(水) 20:01
文字数:2,705

「……お見事」

 

 エステラが俺の肩に手を載せ、そんな言葉を囁く。

 

「相手が練習台レベルのバカだっただけだよ」

「いや、大したものだよ」

 

 エステラは満足そうな笑みを浮かべている。

 なんだか褒められているみたいで居心地が悪い。

 

「で、今の俺の話で、『精霊の審判』に引っかかりそうなところはなかったか?」

「そうだねぇ…………うん、大丈夫だと思うよ」

 

 イマイチ安心できないが、とりあえずは信用しといてやる。

 

「それよりも、ギルド開設の申請を領主に出した方がいい」

「ギルド開設?」

「新しい職業を始めた者は、それが属するギルドを開設できるんだ」

「ゴミ回収ギルドか? いらねぇだろ、そんなもん」

「いや、必要になるよ。あとから別の誰かに開設されたら、そっちのルールに従わなければいけなくなるんだからね」

 

 なるほど、俺の商売に後乗りして美味い汁を啜ろうってヤツが出てくるのを防がなければいけないのか……

 

「開設の仕方が分からん」

「一週間分のお昼ご飯で手を打つけれど?」

 

 エステラがドヤ顔で俺に言う。

 …………まぁ、先立つものがない俺としてはありがたいが……こいつに借りを作るのか…………あ~ぁ。

 

「……了解だ。よろしく頼む」

「任せておいて。今日中に手続きをしておくから」

 

 俺の背中をポンと叩き、エステラは駆けていってしまった。

 ……あいつ、信用していいのかなぁ?

 

 モーマットは相変わらず興奮状態で、畑の中をのっしのっしと歩き回っては、思い立ったように雄叫びを上げていた。

 ……怖ぇよ。

 

 と、気が付いたらアッスントの姿がなかった。

 負けを認め大人しく身を引いた…………わけ、ないよな。

 何かを仕掛けてくるかもしれない。十分用心しなければ。

 

 そして、……こいつである。

 

「…………」

 

 自分の口を両手で押さえ、大きな瞳をうるうると輝かせ、頬と耳を真っ赤に染めたジネットが俺をジッと見つめていた。

 愚直に、『俺がいいと言うまで』しゃべらないつもりのようだ。……が、そろそろ限界が近いらしい。さっきからしきりに「しゃべりたいです! もういいですか!?」と、目で合図してきている。

 

「……しゃべっていいぞ」

「ヤシロさんっ!」

 

 俺が許可するなり、ジネットは俺に飛びついてきた。

 胸の辺りに、堪らん柔らかさが押しつけられる。

 

「すごいです、ヤシロさん! モーマットさんも、ウチの食堂も、みんなみんな楽になりました!」

「いや、まだなってないだろ?」

「これからなります!」

 

 相当嬉しかったようで、こいつは失念しているのだろう。

 ウチが楽になる分、ギルドが損失を被るということに。

 まぁ、このお人好しには気付かないでいてもらった方がいいだろうけどな。

 

「しかも、クズ野菜ではなくて、ちゃんとした野菜ですよ!? すごいです! ウチに来るお客さんも、きっと満足してくださいます!」

「あの食堂……客来るの?」

「来ますよ、それは! 日に五人くらいの方がいらしてくださってます!」

 

 少ない……ゼロではないのがせめてもの救いと言えなくもないが…………五人って……飲食店として成り立っていないレベルじゃねぇか。

 こりゃあ、マジでなんとかしなきゃ、早々に宿なしリターンズになっちまうな。

 

「おぉい、お前たち」

 

 畑をのっしのっしと歩き回っていたモーマットが俺たちを呼ぶ。

 手には、色とりどりの野菜を山のように抱えている。

 

「感謝の気持ちだ。受け取ってくれ」

「ぅええっ!? そんな、悪いですよ! そんなにたくさん!」

「いいんだよ、ジネットちゃん! ヤシロがいなかったら、この野菜もクズ同然の価値しかなかったところなんだ。売り上げもそうだが、何より、俺んとこの野菜の価値を守ってくれたことが嬉しいんだ。どうかもらってやってくれ」

「いえ、でも……」

「じゃあ、ヤシロ! お前ならもらってくれるだろう?」

 

 遠慮の塊みたいなジネットを通り越して、モーマットは俺にそう持ちかける。

 タダでくれるというのであれば、こんなにありがたいことはない。

 これで、業者と早々に手を切れそうだ。

 

「ありがたくいただくとしよう」

「そうこなくっちゃな!」

「あの、でも、ヤシロさん……」

「ジネット。オッサンは野菜の価値が守られたことに喜びを感じているんだ。だったら、この野菜をお前が美味い料理にして客に出してやれば、オッサンは一層喜ぶと思わんか?」

「わたしの料理で……モーマットさんが、喜ぶ?」

 

 少し信じがたいという表情でモーマットを窺い見るジネット。

 モーマットは明確に頷き、豪快な笑みを浮かべる。

 

「そりゃいいや! ウチの野菜が美味いってこと、ジネットちゃんとこの客どもによぉく教えてやってくれ。そうすりゃ、俺も嬉しいぜ」

 

 モーマットの言葉を聞いて、ジネットの表情が明るくなっていく。

 

「はい!」

 

 そうして、ジネットはモーマットに駆け寄り、山のような野菜の運搬を手伝い始める。

 

 まったく。

 くれるというものをもらうだけでも小難しく考えやがって。

 お前の利益は俺の糧になるのだ。遠慮なんかさせるかってんだ。

 でなけりゃ、俺への給料も期待できないからな。

 

 なんにせよ、無料で野菜が手に入ったのは喜ばしい。

 教会への寄付とエステラへの謝礼はクズ野菜で済ませるとして、こっちの野菜はメニューに載せてしまおう。

 客単価を上げて利益を上げる。そして、さっさと店の改修を行ってもっと客を呼べるようにするのだ。

 店が繁盛すれば、いろんな人間が訪れる。

 そうすれば、この街の情報も手に入るし、コネも出来るだろう。

 おまけに、行商ギルドのようなきな臭い商売を行っている連中の情報も掴めるかもしれない。

 あくどい商売は俺のいいカモだ。

 

 この街のあくどい連中がジネットをカモにしているのなら、そのあくどい連中を俺がカモにしてやる。

 俺こそが、詐欺師ピラミッドの頂点に君臨するのだ。

 

 俺のやるべきことが見えてきた気がする。

 ジネットを助け、陽だまり亭を再建する。

 奇しくも、というか……、それはベルティーナやエステラが望んだことでもある。

 で、あるならば、ここは一つ善人ぶってみるのが得策だろう。

 俺のことを『いい人』だと思い込ませることが出来れば、いろいろ役立ってくれるかもしれんしな。

 

「ジネット」

「はい」

「食堂を立て直すぞ」

「……え?」

「もっと客を呼べる、人気の食堂にするんだ」

「陽だまり亭を、ですか?」

「そうだ。毎日大勢の人が集まる、そんな場所にするんだ」

「お祖父さんが……いた頃のように、ですか?」

 

 いや、祖父さんがいた頃のことは知らないが。

 

 ジネットは言葉を詰まらせ、一瞬、泣きそうな表情を浮かべる。

 けれどそれはすぐに笑みへと変わり――

 

「……はい。頑張り、ましょうね」

 

 ――涙は、嬉し涙として零れ落ちていく。

 

 まぁ、精々利用させてもらうさ。

 この単純で世間知らずな、お人好しをな。

 

 

 

 

 

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