「とはいえ、や」
真面目な顔をいつものにへらっとした笑みに変え、レジーナがひらひらと手を振る。
「なにも今すぐ行くわけやあらへん。しっかりと準備してからになるさかい、そないに悲しそうな顔せんといてんか」
レジーナがバオクリエアへ行く。
そう聞かされて、ここにいる者たちの顔に衝撃と寂しさが表れていた。
「バオクリエアのことも気になるけども、四十二区の方かて放ったらかしには出来へんやん? 最低でも、解毒薬くらいは完成させてからでないと離れられへんわ」
『何の』解毒薬かは言わず、一同を安心させるようにカラカラと笑う。
その言葉で安堵の息を吐いたのはエステラだけだった。
「あの……ごめんですけど、よく話が見えないです」
おずおずと、ロレッタが手を上げる。
「なんとなく、バオクリエアで大変なことが起こって、レジーナさんが行かなきゃいけないんだってことは分かったですけど……」
不安そうに下がっていた眉尻がぐっと持ち上がり、険しい顔つきで言う。
「レジーナさんに、危険はないですよね?」
ロレッタの言葉に、イメルダもナタリアも、鋭い視線を俺へと向ける。
俺に聞くより、ワイルに聞いてほしいところだが……
「危険はある。というか、めっちゃ危険だ」
俺がそう言うと、ワイルが焦ったような顔で俺を見る。
「だが、このワイルが可能な限り安全な策を取ると約束してくれた。……そうだな?」
「え? あ、あぁ、もちろんや! レジーナ・エングリンドは、バオクリエアにとっても重要な人物やさかいに」
「なんやのん、ワイル。人のことフルネームで呼んでからに。ウチとあんたの仲やん、水くさいわぁ~」
顔の横で開いた手のひらを勢いよく振り下ろすという、大阪のオバチャンしかしないような「ちょっと奥さん」的な手の動きをして、レジーナがワイルに笑いかける。
『ウチとあんたの仲』って言えるような間柄なんだな、やっぱ。
幼馴染とか、その辺だろうか。
まさか、婚約者とか元彼ってことは……ないな。絶対。
「『ウチとあんたの仲』って、どんな仲なんですか、レジーナさん!?」
口火を切ったロレッタの後ろで、他人の色恋が大好きな女子たちがきらきらした視線をレジーナに注ぐ。
いや、だから、ないって。
レジーナは言わずもがな、ワイルは…………な?
「ウチとワイルの仲かいな? せやなぁ~、一言で言うんやったら――」
アゴに人差し指を添えてしばし考え込んだ後、レジーナは瞳をキラリと輝かせて言い放つ。
「寝てるワイルをこっそりマンドラゴラ畑に埋めて観察するっちゅー、楽しいひとときを過ごした仲や」
「トラウマになっとるわ、その事件! うたた寝から覚めたら四方八方マンドラゴラで、『ぎゃああー!』悲鳴あげたら『きぁあああ!』言い返された時の気持ち、あんさんに分かりますんえ!?」
「けど、めっちゃえぇリアクションしてたで☆」
「せやから会いたなかったんや、あんさんには!」
そーゆーことを積み重ねた結果の『レジーナ・エングリンド』呼びなんじゃねぇの?
めっちゃ距離とられてんだよ、お前。
「とても仲がよかったんですね」
「えぇ、待って待って。陽だまり亭の店長はんは、わてのこと嫌いなん? めっちゃ素敵な笑顔で心『ごっそぉー』抉りにきはるやん……」
悪意のない素直な感想って、時に残酷だよな。
「ウチとワイルは幼馴染でな。ウチの父親がワイルんとこのお父はんとこで仕事しとったさかいに、小さい頃はワイルんとこによぅ預けられとってん」
「思えば……そのころからわての人生に『安寧』っちゅう言葉はのぅなってしもぅたんやろなぁ……」
幼馴染がレジーナか……キツいな。
「まぁ、ちゅーわけで、ワイルのことはこ~んな小さいころから知っとるんや」
と、顔の前で人差し指と親指を3cmくらい離して見せるレジーナ。
「どこのサイズだ!?」
「いややわぁ、過去を語る時の常套句やんかぁ」
「そこのサイズでは過去は語らねぇよ!」
で、そ~んな小さかったころから成長した後は知らねぇだろうが、どーせ!
「でもでも! 幼馴染が(中身はともかく)こんなに美人だと、恋心とか芽生えちゃったりしなかったですか、ワイルさん!?」
「ちょこっと心の声漏れ出とったで、普通はん? ウチは服の中身も『ダイナマイツ!』やで!」
「――と、こんな中身ですけども、どーでしたか、ワイルさん!?」
「くぅー! 普通はんがめげへん!」
レジーナが茶々を入れても恋バナに夢中なロレッタ。
ぐいぐいとワイルに詰め寄り、後ろに控える女子たちもそんなロレッタを後押ししている。
「芽生えたんは……殺意だけやったね」
「あっはっはっ、じょーだんばっかりやなぁ~、ワイル~。おもろいわー、自分~」
「いや、レジーナ。よく見てみろ。そいつの目はマジだ」
睨むだけで物が切れそうな鋭い視線でレジーナを睨むワイル。
恋心なんか、夢のまた夢だったんだろうな。
「けどまぁ、ないなぁ。だって、ワイルには子供のころからずっと好きな人がおったさかい。な?」
「……っ、ど、どーでもえぇやろ、そんなん」
ほほぅ。
幼馴染のレジーナが知っているくらいの大恋愛をしていたのか。
「どんな人だったですか、お相手さんは!?」
「い、いややわ。そんなん、言えるわけあらしまへんわ」
頬に手を当て、照れまくるワイル。
そんなワイルの気持ちを完全無視して、レジーナがその人物を暴露する。
「第二王子や」
「「「メンズッ!?」」」
ロレッタを始め、複数人の声が重なった。
……うん、驚くよな。
けどまぁ、そーゆー人なんだよ、こいつ。
「分かってますんや。……身分違いの恋なんて、滑稽なだけやって……叶うはず、あらへんって……」
「いや、身分以前に――」
「ロレッタさん、それは口にしないのがマナーです」
ナタリアに止められ、ロレッタが口を閉じる。
……が、言ってやればいいのに。
「ワイルの恋を応援するうちに……ウチの中で『メンズ×メンズって、尊ない?』って感情がちょっとずつ芽生えていってなぁ」
「テメェのせいか、ワイル!? お前のせいで腐ったもんを、国外に流出させてんじゃねぇよ!」
レジーナの病の起源が、今、明らかに!
「だって仕方あらへんやん! 物心ついたころから、一番近くにおった異性が『アレ』やで!? 異性への憧れや理想なんか、抱く前に粉っ々やったっちゅーねん!」
「あぁ、やっぱり、結果レジーナさんのせいだったです」
これが、因果というヤツか!?
「あぁ、アカン……レジーナ・エングリンド見てたら気分悪ぅなってきてもぅた……わては、そろそろお暇させてもらいますえ」
来た時以上に青い顔をして、ワイルが出口へ向かう。
こいつが青い顔をしてたのって、レジーナに遭遇するかもしれない緊張感からだったんじゃないだろうな?
あり得るな。
「ワイル。ちょい待ちぃや」
歩き出すワイルに、レジーナが歩み寄る。
腕を掴み、ぐいっと引きつける。
ワイルの顔色が三割増しで青くなる。
「離してくれはります? お婿に行けへんようになってまうさかいに……」
「第二王子、結婚して娘もおるがな」
「まだ側室の座ぁがあいとるっちゅーねん!」
狙うな、そんなもん。
「あと……第二候補も……見つかったとこやし、な」
こっち見んな。
えい、ロレッタバリアー。
「うにゅ!? なんか熱っぽい目で見られてるですよ、あたし!?」って慌ててるが、お前は尊い犠牲になっただけだ、まぁ気にするな。
「自分がお婿行かれへんのはどーでもえぇさかいに、ちょっと話聞かせてもらうで。ウチからここの人らぁに説明しといたるさかいに、言ぅてえぇこととアカンことの線引きしたって」
にししとワイルに笑いかけ、そして俺たちへと振り返る。
「ちょっと待っとってな。ちゃんと事情は話すさかい」
俺たちにひらひらと手を振りながら、レジーナはワイルの腕を引いて陽だまり亭のドアを出て行った。
レジーナにしては珍しく、結構強引に腕を引いていたように見えた。
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