「優勝旗、授与!」
もはや真っ暗になった空の下、篝火の照らし出すグラウンドに選手一同が整列している。
四十二区のあらゆるギルドが協力して作り上げた優勝旗が今、大会委員長のエステラから優勝チームである白組チームリーダーのマグダへと手渡される。
場の空気を盛り上げるため、給仕たちが楽器を演奏してくれている。あんなもんまで練習させてたのか。すごい気合いの入れようだったんだな、エステラのヤツ。
おかげで優勝旗授与に箔がついた。実に厳かな光景だ。
「それじゃあ、優勝した白組チームリーダーから、何か一言もらおうかな。でも、時間がかなり押してるから短めにね」
「……承知した」
大きな優勝旗を抱え、マグダが壇上に立って選手一同へ相対する。
ゆっくりと選手を見渡した後、静かに口を開く。
「……今回の勝利は、白組が一丸となって戦った結果。いろいろと思うところはあるかもしれないけれど、選手たちは皆懸命に頑張ってくれた。至らない点があったのであれば、それはチームリーダーであるマグダの責任。どうか、選手たちを責めないでほしい」
決してまっとうな競技運営ではなかった今回の運動会。
それぞれが好き勝手にやった結果、不満を抱く者も少なからずいるだろう。
そんな者への配慮を、マグダが見せる。こうして言葉にされることで「蔑ろにされた」という感情は薄らぐ。
多少の不満は、それだけで飲み込めるようになったりするものだ。
「……もし文句があるならマグダに言ってほしい」
「マグダたんに文句があるなら、代わりに全部オイラが聞くッス!」
「……では、マグダへの文句はウーマロ――は、今回すごく頑張ったから――グーズーヤに言ってもらうということで」
「とんでもないキラーパス飛んできたぁ!?」
「そういうことならグーズーヤ、あとで話しあるから」
「ちょっと顔貸せな、グーズーヤ」
「グーズーヤ、サイテーだな」
「面白がってる人がいっぱいいるー!?」
領民のグーズーヤいじりで会場がどっと湧く。
くたくたな体で、誰もが笑顔を浮かべている。
多少の不満は、こうして楽しい思い出へと昇華されていく。
「……思うところはあるかもしれない。けれど、マグダは今回の運動会がとても楽しかった」
マグダの静かな声に、賑やかだった観衆が口を閉じる。
言葉にせずとも、みんながマグダに共感しているのが分かる。
あぁ、そうだな。
バカバカしくて、すっげぇ疲れたけど、メチャクチャ楽しかったよな。
「……白組の勝利は、選手たちの努力によるもの。そして、この区民運動会の成功は、ここにいるみんなの想いがひとつになったからこそ得られたもの。みんなの協力があってこそ。みんなで勝ち得た成功だと、マグダは確信している」
わっと、歓声が上がった。
優勝は1チームのみだが、成功は全チーム、いや、選手以外も含めたこの場にいる全員の手柄だ。
それを認めてもらえるってのは素直に嬉しいものだ。
下手したら、優勝よりも価値のある言葉かもしれない。
「……マグダは、四十二区の領民を、そしてここにいる仲間たちを、心から誇りに思う」
普段は感情を見せないマグダの熱い言葉に、会場の中から洟をすする音が聞こえてくる。感動屋の涙腺に直撃したらしい。
大きく息を吸って、マグダがはっきりと言う。
「……マグダは、四十二区が大好き」
歓声とともに拍手が巻き起こる。
しばしの間拍手と喝采を全身で浴び、マグダが最後の一言を口にする。
「……以上をもって、閉会の挨拶とする」
「それボクの仕事だから、取らないで! まぁ、言いたかったことほとんど言われちゃったけども!」
隣でエステラが盛大に突っ込む。
会場中が笑いの波に飲み込まれる。
もう夜だってのに、この街の連中は疲れを知らないらしい。
こっちはもう腹ペコだってのに。
「続きまして、大会委員長による閉会の挨拶です」
「エステラ~、『以下同文』でいいぞ~」
「うるさいよ、ヤシロ! ちゃんとやるよ! 記念すべき第一回大会なんだから!」
第一回ってことは、やっぱ来年もやるつもりなんだな。
実行委員は固辞しよう、そうしよう。あと、他区のゲストは禁止にしておこう。
……あぁ、そういう意見をねじ込むには委員にならなきゃいけないのか……もどかしい!
「え~、みんな、本当にお疲れ様」
マグダが降りた壇上で、エステラの挨拶が始まる。
が、『お利口さんな領主様』的なご挨拶だったので、まるっと聞き流しておく。
みんなすごいよ、感動したよ、ユーアーベリーグレートフルだよ~、みたいな内容だった。
「――ここに、第一回四十二区区民運動会の閉幕を宣言する!」
閉幕宣言が行われ、会場中から大きな拍手が巻き起こる。
あぁ……やっと終わった。
長かったぁ……心も体もくたくただ。
「じゃあ、このあとはお待ちかねの夕飯タイムだよ!」
「「「ぅぉおおおお!」」」
「本日の夕飯は、陽だまり亭全面協力で料理を用意していただきました」
ナタリアの説明を受け、ジネットがぺこりと頭を下げる。
割れんばかりの拍手がジネットへと送られる。
朝からフル稼働していた屋台は軒並み売り切れ、品切れ、閉店ガラガラ。大通りから離れたこのグラウンドには、もう食い物がなかったのだ。
腹を空かせた野獣が、ずっといい匂いを放ち続けていた大鍋に期待の眼差しを注ぐ。
「本日は、カレーと芋煮をご用意しました。おかわりもたくさんありますので、みなさんおなかいっぱい食べてくださいね」
「「「ぅぉおおおお!」」」
「芋煮ってな~に~?」
「芋煮というのは、味付けのベースを――」
と、ジネットの口からベーシックな芋煮の説明がなされると、会場のあちらこちらから腹の虫の合唱が聞こえてきた。
何味がベースになっているとか、何肉を使っているとか、聞くだけで胃が消化液を垂れ流し始めるようなパンチ力がある説明だった。
俺も久々に食いたくなってきた。
女将さん直伝の伝統的芋煮レシピをそのまま伝えたのだが、果たして、ジネットの作った芋煮はどんな仕上がりになっているのか、ちょっと楽しみだ。
「ウチからは、ドドーンとお酒の差し入れだよー!」
「「「ぃやったぁぁぁああああ!」」」
パウラとパウラの父親がドデカい酒樽を抱えている。酒飲みたちのテンションが一気に限界を突破していく。
やっぱ、運動した後は酒なのかねぇ。
「皆様、お盛り上がりの中失礼します」
アッスントが声を上げる。布に覆われた大きな荷台の前に立ち、観衆の目が集まったところでその布をまくる。
「来賓の方から、『是非皆さんで』と差し入れをいただきました。どうぞご賞味ください」
荷台には色とりどりのフルーツが山と詰まれており、女子たちが瞳を輝かせる。
差し入れというか、金を出すから用意するようにとアッスントに依頼があったのだろう。
来賓ねぇ……
「それ、大人が食べてもいいのか?」
「もちろんですよ」
「じゃ、ハビエルじゃないな」
「どーゆー意味だ、ヤシロ!? ワシもちょっと出したわ!」
聞けば、来賓席で観戦していた貴族たちがちょっとずつ出し合ったのだそうだ。
ちょっとといっても、これだけの量だ。そこそこの出費にはなるだろう。
ちなみに、言い出しっぺはドニスだそうで、「彼らの頑張りに報いたい」というドニスの言葉にマーゥルが「素敵な考えですね」と賛同したのだとか。
あぁ、だからドニスが言い出しっぺのくせにこっちにも来ず来賓席で横になってるのか。心臓への負荷が大き過ぎたんだろうな。褒められて寝込むなよ……好きな娘とすれ違っただけで幸せな気持ちで一日過ごせる中学生男子か、お前は。
ナタリアやギルベルタ、イネスとデボラにネネ、モコカらが率先して人々を誘導していく。
給仕が走り回り、配膳や食事場所の割り振りなんかを行っている。
さすがの手際で、今のところ混乱は見られない。
「皆様、会場は暗いですので、なるべく篝火かウェンディさんのそばで食事をしてください」
「ナタリアさん、それはちょっと!?」
陽が落ちて以降、これでもかと存在感を発揮し続けているシャイニングウェンディ。
ガキどもに群がられて困り果てた顔をしている。
しかし暗いな……
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