豪華な馬車が三台連なって、四十二区へと入ってくる。
先日俺とエステラが通ったショートカットコースではなく、四十一区を通過する広い街道を通ってだ。
馬車はそのまま領主の館へと通される。
広い庭も、デカい馬車が三台も並べば手狭になる。この先は使用人がキャリッジハウスという倉庫のような馬車用の駐車場に馬車を運び、馬は領主の馬屋で休養を取らせることになる。
んで、俺はというと、普段より少しいい仕立ての服を着たエステラといつもの給仕服姿のナタリアの隣に並びその馬車を出迎えている。
まず先頭を走っていた威風堂々たる馬車の扉が開かれる。
「ようこそ、四十二区へ」
エステラが恭しく礼をし、歓迎の言葉を述べる。
俺も一応頭だけは下げておく。
「出迎え感謝する。ところで四十二区に入った途端、揺れが少なくなったのは何か理由があるのか?」
挨拶もそこそこに、そんな質問をぶつけてきたのはスチュアート・ハビエル。四十区に拠点を構える木こりギルドのギルド長だ。
グリズリーのようにデカい巨体が馬車から降りてくる。同乗したお付きの者たちはさぞ狭い思いをしたことだろう。
「木こりギルドの支部が出来れば、重い木材の行き来が増えると思いまして、道を整備させました」
「なるほど。確かに頑丈で平らだ」
地面を踏みしめるハビエル。遠目で見れば大怪獣が暴れているようにしか見えない。
ギャース、ギャース! ……ほら、違和感がない。
つか、四十区のデコボコ道と比較するなと言いたい。まずは自分のとこの道をなんとかしろ。
「まったく……遠いですわ」
ハビエルとは別の、とりわけ豪華な造りをした馬車から姿を現したのは、「これから迎賓館で舞踏会でもあるのか?」と聞きたくなるような煌びやかなドレスを身に纏ったお嬢様、イメルダ・ハビエルだ。
己の父親が絶賛している道路のことなど歯牙にもかけず、値踏みするような視線を周囲に向ける。
「何もありませんわね」
田舎の無人駅を出た時の第一声ランキングでトップ3に入りそうなセリフを吐きながら、イメルダは扇子を開いた。
クジャクの羽をあしらった扇面の大きな扇子で、煽ぐと羽がゆらゆらと優雅に揺れる。
……ザ・お嬢様だな、ホント。
「日差しが強い気がしますわ。田舎だからですわね、きっと」
そんなわけあるか。
四十区と変わらんわ。
とはいえ、今日は朝から突き抜けるような快晴で、太陽もやけに張り切って光を降り注がせている。
「日焼けをしそうですわ」
その言葉が合図だったのだろう。
三台目の、「大きさ最優先!」と言わんばかりのやや低グレードの馬車から、ガタイのいい男たちがドドドと五人飛び降りてきて、一斉にイメルダの頭上に手をかざし太陽光を遮った。
「ありがとう、みなさん」
「「「「「いえっ! これくらいっ!」」」」」
……あぁ、アホの集団なんだな。
筋肉ムキムキの大男五人に囲まれてる方が暑苦しかろうに。
あいつら、あの姿勢で四十二区を回るつもりなのか?
やめてほしいなぁ……四十二区の品位が落ちるから。
なんつうか……『かごめかごめ~筋肉バージョン~』みたいで、見ていて見苦しい。
「おい、イメルダ」
わざわざ四十二区にまで足を運んでくれたお嬢様に、俺からささやかな贈り物でもしてやろうと名を呼んだら……『かごめかごめ~筋肉バージョン~』に取り囲まれた。
暑いっ! そしてなんか臭いっ!
「お嬢様を呼び捨てにするたぁ、いい度胸だなぁ、もやしっ子?」
「手斧のサビにされてぇのか、もやしっ子?」
メッチャ怖い顔で睨まれてるんですけどぉ……!
「みなさん、おやめなさい」
「「「「「しかし、お嬢様っ!?」」」」」
「おやめなさい!」
「「「「「はいっ! お嬢様っ!」」」」」
イメルダの一声で、『かごめかごめ~筋肉バージョン~』は俺から離れ、再びイメルダの周りに集結する。
なに、あいつら。ファンネルとかビットとか、そういう類の物なの? 衛星のように本体を中心とした特定の軌道上をオートで回遊して外敵を排除するシステムでも組み込まれてるのか?
そんな、暑苦しいオプションを侍らせて、涼しい顔でイメルダが俺に笑みを向ける。
「お久しぶりですわね、えっと…………何シロさんでしたっけ?」
俺に向けられたイメルダの顔に、ドSな笑みが浮かんでいく。
……こいつ、わざと言ってやがるな。
「タシロだ」
「ヤシロさんでしたわよね!? ワタクシの記憶力をお舐めにならないことね!」
ほらみろ、やっぱ覚えてんじゃん。
「それで、ワタクシに何か御用ですの?」
「あぁ。時間を作ってくれた礼に、いい物をプレゼントしようと思ってな」
「あら、随分と殊勝ですこと。ですが、そんなことで視察の採点は甘くなりませんことよ?」
「そんなつもりはねぇよ。なにせ、甘くしてもらう必要なんか全然ねぇからな」
「……すごい自信ですわね」
「自信がなきゃ、わざわざ呼びつけたりしねぇよ」
「そうですの…………楽しみにしていますわ」
このお嬢様の性格が、俺の読み通りであるならば……今回の視察は確実に成功する。
そのためのテストも兼ねて、このプレゼントを受け取った時の反応を見させてもらおう。
「じゃあ、これを受け取ってくれ」
「なんですの、この黒い物は? 言っておきますが、ワタクシクラスになると、数多の殿方より名立たる名品逸品をいただいておりますの。つまらないものでしたら受け取りを拒否いたしますわよ?」
「好きにしろよ。いらなきゃ捨てればいい」
「……あなたって、随分と自信家ですのね」
「だから、自信がなきゃわざわざ呼びつけたりしないって言ってんだろ?」
名指しでこのプレゼントをくれてやると言っているんだ。喜ばれる自信がなきゃするわけがない。
「拝見しましょう」
「中ほどに紐があるだろう? それを外してくれ」
俺の言う通り、イメルダは本体を留めている紐を解く。
といっても、紐の片方は本体に縫いつけてあり、もう片方はボタンで簡単に留めてあるだけなので簡単に広げられる。
「なんだかヒラヒラとしていますわね?」
「そうしたら、持ち手の上にある筒状のパーツを先端に向けて押し上げてくれ」
「こう……ですの?」
イメルダが力を込めると、俺の渡したプレゼントは「バッ!」という音と共に半球状に開いた。
「これは…………」
「日傘って道具だ。太陽の日差しを優雅に遮ってくれる」
そう、俺がプレゼントしたのは、黒い布で作った日傘だ。
女性の手に馴染むように細く、軽く作ってある。
小間という傘の本体とも言うべき布にはレース編みが施されており、差す者に美しい模様の影を落とす。さらにそのレース部分を邪魔しない程度にフリルがあしらわれており、見る者の目を楽しませる。
「…………綺麗」
イメルダはその日傘が気に入ったのか、くるくると回しては覗き込んだり、差してみたりと、使用感を確認するように日傘を弄ぶ。
「……………………はっ!?」
ぽ~っと、日傘の落とす影に見惚れていたイメルダは、不意に自分の置かれている状況を思い出したかのように背筋を伸ばし、精一杯厳めしい表情を作って素っ気なく言う。
「な、なかなかのものですわね。よろしいですわ。いただいて差し上げます」
……素直じゃねぇ。
が、口元がふにゃふにゃ緩んでいるところを見ると、相当気に入ったようだ。
まぁ、俺も自信があったから予想通りといえば予想通りだがな。
なにせ、ジネットにエステラ、マグダとロレッタも日傘を甚く気に入ってくれていたしな。
ベルティーナとレジーナも喜んでいたし、日傘はこっちの世界でも女性に人気が出ると確信していた。
店員はともかく、ベルティーナとレジーナにまでプレゼントしたのにはちょっとした下心があってのことだ。
ベルティーナは、今後街道を作る際に協力を頼みたいのだ。精霊教会の信者どもに対し「教会へ行こう!」とはっぱをかけることで街道の必要性を訴えられる。その時に教会でミサなりバザーなり、とにかくなんでもいいからイベントをしてもらうつもりだ。
そして、レジーナにはとある物を作ってもらった。こいつの有無、そして精度が今回の視察の結果を大きく左右するため、レジーナにも日傘を贈ったのだ。
……まぁ、どちらも賄賂のようなものだ。
必要経費というやつかな。
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