「なんでウチ……こんなに嫌われてるんやろうなぁ…………」
レジーナを包む暗黒のオーラがどんどん濃くなっていく
空を覆っていた雨雲よりもどす黒く暗黒色に近い。靄のような負のオーラを幻視してしまいそうな勢いだ。
「ウチ……悪いこと、な~んにもしてへんのに…………」
「なんか、謎のオーラが出まくってるらしいぞ、お前」
「ウチ……そんなん出してへんもん……」
いやいや。
薬を買いに来てこのダウナーな空気を浴びせられたら、今後は避けようって思うぞ、普通。
「ウチな……たまに考えんねん…………街の人がウチのことを妬ましく思って、ウチの家に乗り込んできたらどないしようって……そんでな、ウチのことを捕まえようとして、ムッキムキの男が五人くらいでこの家を滅茶苦茶にしよんねん……」
なんか、妄想を語り出したぞ……
どうすりゃいいんだ? とりあえず聞いてればいいのか?
「『おい、おったか?』『あかん、もぬけの空や!』『ちゃんと探せ、このマヌケ!』『もぬけの空、だけに!?』『やかましぃわ!』……言うて、ウチを追い詰めてくんねん……」
楽しそうだな、その侵入者たち。
「ほんで、床下の隠し部屋に隠れてたウチは、ついに見つかってしまうねん。男たちは獣のような目をギラつかせて、ウチを捕まえるんや。『うっひょー! こら、噂以上のベッピンさんやなぁ!』『こんな美人、見たことないわぁ!』『任務やなかったら茶ぁでもしばきに行くんやけどなぁ』……言いながら、ウチは連行されていくねん」
だから、楽しそうだよな、その侵入者たち。
あと、ちょいちょい挟み込まれるポジティブさが、アサリの砂くらい気になる。
「ほんで、連れ去られたウチは、魔獣の徘徊する街の外へと放り出されて、闇へと葬り去られるねん………………そんなことが起こったらどないしよう!?」
「ねぇよ!」
長い割に内容のない妄想に付き合わされて若干イライラしていた。
「……ウチ結構いっぱいしゃべったのに……そんな一言でバッサリやなんて…………あんまりや」
確かに長い話だったが、内容量的には「ねぇよ」で十分返答に足りていると思うがな。
「そもそも、街の人がお前を避けているのは、お前の作る薬に馴染みがないからだよ。弱っている時によく分からない薬は使いにくいだろう?」
「絶対安心やって、何度も説明したもん……」
「それが伝わってないんだよ」
「『嘘や思うんやったら、精霊はんのなんちゃらいうヤツかけてみぃ!』って言うても、なんでか誰もかけて来ぅへんし……」
あぁ……なるほどね。
その態度が「こいつ、何か裏があるんじゃないか!?」って変な勘繰りを与えていたわけか。
『精霊の審判』をかけてもカエルにならない。つまり、『精霊の審判』が無効化される。……と。
「なんで信じてくれへんのやっ!?」
心底悔しそうに、レジーナは髪を掻き毟る。
怪しげな格好、怪しげなしゃべり方、そして、おそらく円滑なコミュニケーションが取れないのであろう拗らせたコミュ症。
さらに言うならば……
俺は店内をぐるりと見渡す。
そこには、俺には馴染みのある材料が数々並べられていた。
ヤモリの黒焼きや、イモリの瓶詰、タツノオトシゴや、サメのヒレなどだ。
これらの材料がこの街の住民的には「あり得ない」ものなのだろう。
ヤモリとか、体にいいって言われても「嘘吐け!」って思っちゃうだろうしな。
「ウチの薬が出鱈目やっちゅうんやったら、自分でもえぇわ! 『精霊はんのなんちゃら』でウチのこと試してんか!? それで、ウチがカエルにならへんかったら、ウチは嘘吐いてへんっちゅうことやんな!? そうなんやろ!? ほなら、早よかけてんか! 『精霊はんのなんちゃら』!」
「近い近い! 近いっつうの! ちょっと怖いから!」
そうやって自信満々でグイグイ来るから、みんなが怖がっちまうんだろうが。
しゃべりながらずんずん俺に接近し、揚句には額と額が触れそうな距離にまで近付いてきたレジーナ。……ヤモリを飲めって言われた後にこれやられたら、知らない人は逃げるわな、絶対……
真実をありのままに伝えることが、逆に相手に猜疑心を与えることもある。
こういう時は、ほんのちょっと嘘を入れてやると相手もすんなり信じるものなんだがな。
例えば、「ヤモリはこの薬草と一緒に混ぜることで安全に服用できる」とか言われた方が、「大丈夫! 全然問題ないから! マジで、なんっの心配もいらないから!」と言われるより信用できるのだ。仮に、ヤモリ単体でも何一つ害がないとしてもだ。
「害がないという事実」よりも、「害がないと信用させること」の方が重要なのだ。
ざっと見る限り、店内に怪しいものはない。
日本でも見かける漢方や生薬の材料になる植物なんかがほとんどだ。
おそらく、レジーナの薬に害がないのは事実だろう。
ただ、こいつの必死さが、まんまと裏目に出ていたというわけだ。
鼻息荒く急接近してきたかと思うと、今度は遠くに離れて床の上で三角座りをしている。
「……どうせ、信じてくれへんのやろ? ……ウチの薬なんか……ふん…………」
正直面倒くさい。
『精霊の審判』の無効化も、結局はモーマットたちの思い込みだったわけで……
俺にとって有用な情報はまったくなかったというわけだ。
本当は今すぐにでも帰りたいのだが……
ジネットがベルティーナを心配するあまり沈んだ顔をして、エステラがらしくもなく寂しそうな顔をしているのは好ましくない。見ていて、気が滅入るからな。
なので、店の隅で蹲っているネガティブ薬剤師から薬をもらわなければいけないのだ。
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