異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

336話 下準備を始める -2-

公開日時: 2022年2月17日(木) 20:01
文字数:4,304

「アタシが店長さんの手伝いをしてやるから、あんたらも行っといでな」

 

 と、ノーマが気を利かせてくれた結果、マグダとロレッタ、カンパニュラとテレサもレジーナの私室探検隊に参加している。

 ん?

 探検だろうよ。

 何が出るか分かったもんじゃない。

 

 ……生きて帰ってこられる保証もない。

 

 

 まぁ、俺としては、長距離ダンプのオッサンたちが休憩によく利用する、国道と接するバイパス沿いの無料駐車スペースのようなトレジャーがあるんじゃないかと淡い期待をしているんだけどな。

 ……懐かしいなぁ。

 俺が中学生のころ、自転車に乗って歩道がほとんどないバイパスを疾走して駐車場まで拾いに行ったっけなぁ。ダンプのおっちゃんたちは俺たちのような人生の後輩のために大量に捨ててくれていたんだよなぁ、オトナのトレジャーを。

 中学生だった俺たちにとって、危険を乗り越えた先に存在するその場所は、まさに宝島だった。ダンジョンを攻略するような気分で車通りの多いバイパスを走ったもんさ。

 ちょうど隣り合う三つの県から乗り入れるダンプが多い場所で、年齢層もバラバラだったのかジャンルが豊富でなぁ。マンガや写真集。極端に偏ったマニアックな物までなんでも揃っていた。

 あの場所に存在しないエロスなどないのではないか。……なんて、ガキのころは本気で思っていたものだ。

 思い起こせば、中学入学と同時に仲のよかった先輩から宝島の存在を聞き――

 

「お兄ちゃん、なに長々と物思いに耽ってるです!?」

「予想なんだけどね、ヤシロ。……すっごいくだらないこと考えてなかった?」

「おそらく正解だよ、パウラ。ボクには分かる。あの顔は、聞くに堪えないくだらないことを考えていた顔だね」

「ヤシロ様の思考をトレースするならば……おそらく、エロスの伝道師のことでも考えておられたのでしょう」

「そんな人、実在しますの?」

「……とりあえず、目の前に一人」

 

 伝道師……ふっ、確かにそうかもしれない。

 中学三年になり、新一年生に宝島の存在を伝えるのは俺たちの役目、いや、使命だった。

 あれは忘れもしない中三の夏! 俺たちは二つ下の後輩と――

 

「ヤシロ、顔がうるさい」

「無言なのになんかうるさいです、お兄ちゃん」

「もう、器用なことしないでよね、ヤシロ」

 

 周りから好き放題言われている。

 俺、なんか可哀想じゃね?

 

 というわけでなんとなく察したかもしれないが、レジーナの私室探検隊にはエステラとナタリア、マグダとロレッタ、カンパニュラとテレサ、パウラとネフェリー、デリアとミリィとイメルダが参加している。

 エロスの波動を感じたのか、ネフェリーとミリィは今の話に参加してこなかった。

 デリアはきっとなんの話をしているのか分かんなくて入ってこられなかったんだろう。

 

「とりあえず、ワタクシがタンスの前に陣取りますわ」

「じゃあ、ロレッタはヤシロを見張っててね」

「任せてです、ネフェリーさん! お兄ちゃんが近付いたらすぐ知らせるです」

「パンツなんぞ盗むか」

「「「「えっ!? 体調悪いの!?」」」」

「ごめん、やっぱり根こそぎ持って帰る!」

 

 皆様のご期待には沿わなきゃね☆

 けっ!

 

「タンスには封印がされてるんだと」

 

 レジーナが言っていた封のことを語って聞かせると、「やっぱり警戒されてる~」と女子たちが俺を笑う。

 やかましい。

 

「……でも、不安だな」

 

 そんな中、ネフェリーがぽつりと呟く。

 

「ねぇ、あのレジーナがさ……綺麗にたたんでタンスに入れてると思う?」

 

 あぁ~……

 なんとなく、雑に洗って雑に干した服や下着を雑にタンスに突っ込んでそうだな。

 

「うん。私がレジーナの封印を解くよ」

「ありがとうネフェリー」

 

 レジーナの封には手に入らない塗料が使われているが、ネフェリーの封なら寸分違わない物が作れる。

 

「ネフェリーさん。我がオーウェン家に伝わる四重トラップをお教え致しましょう。如何にそっくりな模造品で誤魔化そうと、封が破られたなら確実に分かる秘伝の技です」

「ナタリア、貴様裏切る気か!?」

「悔しがるヤシロ様の顔が見られるのであれば、私は鬼にも悪魔にもなります」

 

 くぅ……

 ナタリアが向こうに付くと厄介だな。

 二重トラップくらいは見抜けるんだ。

 これ見よがしに紙で封をしておきつつ、本当は引き出しの隙間に挟んだ糸が目印だった――とかな。

 紙に気を取られて引き出しを開けると、死角になる場所に挟んであった糸や棒が落下して開けたことが分かる。そんなトラップは基礎中の基礎だ。

 

 ……それが四重も仕掛けられていると、さすがに解明に時間がかかり過ぎてしまう。

 

 面倒なだけで不可能ではないけどな!

 ただまぁ『四重』という名前がすでにトラップで実は五重トラップだったりすることがあるから、……血の涙を流して諦めよう。

 

 

 

 とかなんとかやっている間に到着したレジーナの家。

 エステラが持っているマスターキーで鍵を開け店内へと踏み込んでいく。

 

「開店以来、最大の人口密度なんじゃないか?」

「来店者数も最高だろうね」

 

 レジーナの店に入りきらないくらいの人間がひしめいている。

 ここに来る時は、大抵俺一人だからな。

 店内にいるのは俺とレジーナの二人ってことがほとんどだ。

 たま~に、ジネットと一緒に来て香辛料をもらっていくこともあるが。

 

 今日みたいに十人を超える人間が詰めかけるようなことは一度もなかった。

 レジーナがこの光景を見たら卒倒しちまうかもな。

「アカン……人が多過ぎて、呼吸でけへん……」とか言って。

 

「……ふふ」

「随分楽しそうだね、ヤシロ」

 

 思わず笑ってしまった俺に、エステラが声をかけてきたのでさっき想像したことを教えてやる。

 すると「あはは、絶対そうなるよね」とエステラも笑った。

 

「あ~ぁ……」

 

 少し笑って、エステラは急に寂しそうな顔を見せる。

 

「そんなに毎日会っていたわけでもないのにさ、なんていうか……頭の中に思い浮かべるしか出来ない今の状況ってさ、……やっぱり、ちょっと寂しいよね」

 

 今、四十二区中を探し回っても、レジーナはどこにもいない。

 あいつが存在するのは、あいつを知っている人間の頭の中だけだ。

 

「大丈夫だ。すぐ帰ってくる」

「……うん」

 

 エステラも寂しがり屋だからな。

 しばらくはつらいかもしれないな。

 

「あの言葉は本当だったのかもしれねぇな」

「え、どの言葉?」

「『世話のかかる子ほど可愛い』」

「あははっ、確かにね。レジーナほど世話のかかる子は他にいないもんね」

 

 口を開けて笑うエステラ。

 その目尻に、小さな雫が光る。

 

「あ、いけない……」

 

 急に寂しさが込み上げてきたのだろう。

 慌てて目尻を拭い、輝く雫をなかったことにする。

 

「よしっ、レジーナが帰ってきたら、ボクもお泊まり会に参加しよっと」

 

 ムリに元気よく言って、俺に背を向ける。

 へーへー、しばらくそっとしておけばいいんだろ。

 店内をゆっくり見て、気持ちを落ち着けとけよ。

 

「んじゃ、先にレジーナのレポートを読ませてもらうな」

「うん。あとでボクも目を通すよ」

 

 女子たちが私室へとなだれ込んでいき、エステラが店内の薬品棚を眺め、ナタリアが入り口付近に立って一応の警戒を外に向けている。

 ないとは思うが、ワイルが第一王子派の刺客につけられていて、この場所が狙われるなんてことがあったらマズいからな。

 まぁ、ないだろうけど。もしそんなヤツがいるなら、とっくの昔にこの薬屋は全焼でもしてただろうし。

 でも、限りなくゼロに近かろうと警戒を怠れないのが給仕長だ。

 

 ふざけ倒しているように見えるが、仕事はきっちりしているナタリアに周辺の警戒を任せ、俺はレジーナが書き残していったレポートに意識を集中させた。

 

 外気に触れさせる、温度を変化させる、人の手で触れてみるなどなど、湿地帯の沼の泥へ様々なアプローチで検証を行ったようだ。

 その結果、沼の泥に変化は見られなかった。

 

 さらに詳細を探る場合は十分な検証が必要としながらも、湿地帯の泥が湿地帯の外に持ち出されることで有毒化する可能性はないと結論づけられている。

 これで、湿地帯の調査がやりやすくなる。

 

 ただ、これ以上の調査を行うべきかどうかは、まだ決められないな。

 カエルたちを必要以上に刺激するのは、なんとなくだが、マズい気がしている。

 それに、これ以上湿地帯で調べるべきこともないんだよな。

 カエルはどうやら、俺たちには計り知れない力であり得ない移動の仕方をしているらしい。

 湿地帯でカエルの形跡を探したところで、なんの立証も出来ない。

 

「うくっ!」

 

 突然、エステラがうめいた。

 顔上げると、すでにナタリアが駆け寄っており、エステラの手から琥珀色の瓶を取り上げていた。

 どうやら、あの瓶の蓋を開けてニオイを嗅いでしまったらしい。

 エステラは眉をしかめて鼻を押さえている。

 

「ここにある物は下手に触るなよ」

 

 毒物があるとは思えないが、アンモニアや塩化水素くらいはあるかもしれない。

 直接嗅ぐと危険だ。

 

「う~……ツンとした」

「レジーナのヤツめ、この場にいなくてもつんつんしてくるのか」

「つんつんはされてないよ!」

「では、私が代役として……つんつん」

「突っつくな!」

 

 心配させたことへの罰なのか、エステラのなだらかな胸を突っつくナタリア。

 突きゆびしないように気を付けろよ。硬そうだから、そこ。

 

「で、何を嗅いだんだよ」

 

 ナタリアから、エステラがニオイを嗅いでしまった薬品を受け取る。

 蓋を開け、瓶の口から昇るニオイを手で仰いで鼻の方へと向ける。

 すんすん……ん、これは。

 

「エタノールだな」

 

 エタノールはアンモニアのように強い刺激臭ではないので一安心だ。

 ま、ダイレクトで嗅ぐと咽るけどな。

 日本での基準では、エタノールのニオイは『刺激臭』よりもニオイの値が低い『芳香』にジャンルされている。

 

「何に使うの、それ?」

「消毒だよ」

「怪我した時にジネットちゃんが付けてくれるヤツ?」

「いや、あれとは別物だな」

 

 傷口にアルコールを塗ると染みてすげぇ痛い。

 陽だまり亭で使う消毒液は、レジーナ特製のノンアルコール消毒液だ。

 赤チンに近い成分だと思われる。

 

 けどまぁ、普通にエタノールもあるか。

 

 エタノール、か…………

 

 エタノールがあれば、俺がやろうとしていることに使えるが……

 エステラに視線を向けると、涙目でこちらを見て「なに?」と小首を傾げる。

 こいつに話せば、きっと反対するんだろうな。

 

 巻き込むのはこいつ一人でいい。

 だが、確実にこいつだけは巻き込んでしまう。そうしなければ収拾が付かない。

 

 洞窟で目撃されたカエル騒動にケリを付けて、さっさと港の工事を再開させるためにはそれが必要なんだが……

 

「なにさぁ?」

 

 じっと見つめるだけで何も言わない俺に不信感を持ったのか、エステラが頬を膨らませて抗議してくる。

 さて、このお人好しな領主様を、どうやって説得したもんかな。

 

 

 

 

 

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