「えっ、なになに、今の音!?」
ネフェリーが首を伸ばしてきょろきょろと辺りを見渡す。
……あぁ、小学校で飼ってたニワトリがよくこんな動きをしたなぁ…………
などとノスタルジックな気分に浸っている場合ではない。
「食堂から、ですね」
「あぁ。見に行くぞ」
全員で顔を見合わせ、揃って食堂へと向かう。
そこには……
「……いたた…………」
周りのテーブルを巻き込んで、派手に転倒しているエステラがいた。
「何やってんだ、お前?」
「ぅひゃあっ!?」
倒したテーブルを飛び越えて、エステラが食堂の隅まで後退っていく。
やめろやめろ! またテーブルが倒れる!
「やっ! あのっ、ち、ちち、違うんだ! ボ、ボクは、ひさし、久しぶりにみんなと一緒に朝食をとろうと……いや、寄付のお手伝いをしようと思ってだね……仕事を昨日のうちに片付けて、朝一でここに来たんだけれども、食堂に入っても誰も出て来ないし、そしたら厨房で何か話し声が聞こえるから、何かなぁ……って。べ、別に盗み聞きするつもりはなかなかなかなかっちゃよっ!」
なかった割には盛大に噛んだな、コノヤロウ。
「……お前、いつから聞いてた?」
微かに、俺の頬が温度を上げていく。
「え…………っと…………『ここの領主は、人間としては最高だ』……あたりから」
聞いてやがったな…………っ!?
「で、その…………『あいつは、俺が…………まも……まも………………』……ぅぁあああっ! これ以上は言えないぃぃぃぃいいっ!」
「あっ! エステラさんっ!?」
顔を押さえ、エステラが全速力で食堂から飛び出していく。
脱兎の如くとは、まさにこのことだろう。
真っ赤に染まった耳が、赤い光の尾を引いていたような気すらする、そんな速度だった。
「……一体、なんだったのでしょう?」
「…………」
「さぁな」と、すら言えなかった。
くっそ……エステラめ…………タイミングが悪過ぎるわ。
あんなもん、本人が聞いてないから言えるような内容なのに……それを聞くなっつうの!
この、どうしていいか分からないもどかしい気持ちを処理しようと悪戦苦闘する俺の顔を、ネフェリーが覗き込んできた。
「あれ、ヤシロ? なんか顔、赤くない?」
「んなことねぇよ!」
「いや、でも。ちょっとおでこ貸して」
そう言ってネフェリーが俺のおでこに自分のおでこをくっつける。
鳥の顔が急接近!? ちょっと怖い!
「きゃっ!? ご、ごめんなさい、私ったら、つい………………は、恥ずかしいっ!」
顔を押さえ、ネフェリーが全速力で食堂から飛び出していく。
脱兎の如くとは、まさにこのことだろう。
真っ赤なトサカが、赤い光の尾を引いていたような気すらする、そんな速度だった。
……が、こっちは割とどうでもいい。
つか、どうでもいい。
「おやおや。ヤシロさんの周りは、賑やかで羨ましい限りですねぇ」
「うっさい、アッスント。泣かすぞ」
「んふふ……怖い怖い。ところで、もしその気があるようでしたら、一度サトウキビ畑を見に行かれますか? 十六区に大規模な農場がありますが」
十六区は、四十二区からすれば対角線上にあるような遠い区だ。
わざわざ見に行っても、貴族の管理が行き届いているのであれば無駄足だろう。
「それよりも、一番近くにいる砂糖職人に会いたいな」
「でしたら、四十区に一つ、砂糖工場がございますよ。紹介状でも書きましょうか?」
「おぉ、是非頼む」
「では…………報酬は、砂糖がお安くなったら融通していただきたい、ということで」
「……ちゃっかりもん」
「商人ですので」
紹介状はもらったが、先に向こうにも話を通したいとのことで、砂糖工場を訪れるのは明日になった。
一度見ておきたい。何か突破口はないものか……何もなければサトウキビ畑にも行ってみるか……十六区だと、日帰りはきついかもしれないなぁ。
さしてなんの進展もないまま、その日はつつがなく終了した。
そして、その日の夜……またしてもあいつがやって来た。
「こんばんは、私です」
「ナタリア……なんか日課になってないか、夜中にここに来るのが」
「どうしてもお伺いしたいことがありまして」
「今度はなんだよ?」
夜中、陽だまり亭の庭に佇むメイド長。
こいつは仕事熱心なのか、暇人なのか分からんヤツだな。
「実はお嬢様が、『領民のためにこの家屋敷を壊してサトウキビ畑を作ろう! 大丈夫! どんな困難に見舞われても、きっとどこかに、守ってくれる人がいるはずだから! きゃっ☆!』などと訳の分からない戯言をのたまい始めまして……」
「おいこら。敬う心が薄れかかってるぞ」
いくら残念っ娘でもぺったん娘でも、お嬢様だから。そこは忘れるなよ。
「で、『原因は何かなぁ』と考える前にあなたの顔が浮かんだもので、説明を求めに来た次第です」
「説明すんのメンドイからさ、エステラを縛り上げて、二、三日蔵にでも閉じ込めとけよ。そのうち大人しくなるだろうよ」
……つか、エステラよ。お前、もっと前から話聞いてたんじゃねぇか。
まったく……ちょっと顔を合わせづらくなっちまったじゃねぇか。
しばらくは一人で行動しよう。そうしよう。と、俺は思った。
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