異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

後日譚22 郷愁的な風景 -3-

公開日時: 2021年3月5日(金) 20:01
文字数:4,285

「おい、ニッカ」

 

 門の上でぷるんぷるんのEカップを押さえて俺を睨むニッカに声をかける。

 

「ご覧の通り、害のない善良な人間だ。通してくれ」

「貴様の言葉ほど信用できないものはないデスネッ!?」

 

 なぜだっ!? こんなに紳士的なのに!?

 

「シラハ様は人間のせいで心も体も傷付いているデスヨ! 貴様のような無神経な人間に会わせるわけにはいかないデスネ!」

「おい、ニッカ! ウチの領主に向かってなんて暴言をっ!?」

「君のことだよ、ヤシロ!」

 

 俺のどこが無神経だってんだよ。心外な。

 人が立った直後のぬくい椅子を気持ち悪いと思うくらいに神経質だってのに。

 

「問題は発生しない、ニッカが思うような。保証する、私が」

 

 ギルベルタが進み出て、ニッカと向かい合う。

 胸を張り、その胸をドンと叩く。

 

「信じる、私は、友達のヤシロを。この胸を『見事なおっぱいですね』と言った、友達のヤシロを!」

「信用に値しないデスネッ!」

 

 ニッカの反応に、ギルベルタは驚きを隠せない様子でこちらに視線を向ける。

 ……いやいや。当然の結果だと思うぞ。つか、覚えてんなよ、そんなこと。

 

「責任はすべて私が取る」

 

 ルシアが領主の威厳をたっぷり含ませた口調で言う。

 さすがのニッカも一瞬怯み、言葉を詰まらせる。

 つか、領主がここまで言わなきゃいけないような関係性なのか?

 どんだけ丁重に扱われてんだよ、そのシラハってヤツは。

 物でもなんでも、あまり大切にし過ぎると壊れやすくなっちまうんだぞ。

 

「ここにいるウェンたんはヤママユガ人族なのだが」

 

 と、ルシアがウェンディを指して言う。……『ウェンたん』やめろや。

 恐縮したように、ウェンディは肩に力を入れ、おどおどとニッカを見上げる。

 

「この者は、此度人間と所帯を持つことになった」

「亜系統が人間とデスカ…………?」

 

 素直に驚きの表情を見せ、しかめっ面をさらすニッカ。

 その目には、理解しがたい者への畏怖と軽蔑が含まれていた。

 

「亜系統ではない。ヤママユガ人族だ」

 

 ルシアが言葉を訂正する。

 一瞬、ウェンディの表情が緩むが、やはり緊張は解けないようだ。

 

 かつてウェンディは、ヤママユガ人族がチョウのように花と戯れられるようにと、光る花の研究を始めたと言っていた。

 ヤママユガ人族にとって、アゲハチョウ人族は憧れの存在だったりしたのかもしれない。

 少なくともウェンディは、花と戯れるアゲハチョウ人族を見て、その光景を美しいと感じたはずだ。だからこそ、自分もそうありたいと思ったのだ。

 

 そんな相手から向けられる侮蔑にも似た視線は、ひょっとしなくてもつらいものではないだろうか。

 

 もしかしたら、過去にも同じような扱いを受けていたのかもしれない。

『亜系統はこっちに来るな』……的なな。

 

「人間の奴隷となる道を選んだ者には、尚のこと会わせられないデス」

 

 人間との結婚とはそういうものだ――と、そんな思い込みがしっかりと根付いてしまっている。

 ただ、その発言は得策ではなかった。

 ウェンディの体がにわかに発光する。

 

「……セロンは、そのような人ではありません」

「そう思うのは貴様が無知だからデス。世間を知らず、歴史を知らず、目の前のことしか見えていない証拠デス。人間の酷さを何も分かっていな……」

「そんなことはありませんっ!」

 

 バリィッ――と、稲光が一帯に広がる。

 激しいスパークに、ニッカをはじめルシアにギルベルタも目を丸くする。

 さっき、ニッカが鱗粉を撒き散らしたせいで、発光が広がりやすくなっていたのだ。

 

 想像以上の迫力に、当のウェンディも驚きを隠せない様子で、上り詰めた感情が急速に沈んでいく。

 

「も、申し訳ありません……お騒がせを……」

 

 取り繕うようにそう言って、頭を下げる。

 ウェンディは、セロンを悪く言われると極端に感情の針が振れてしまう癖がある。そこら辺は要改善だな。

 

「た、ただ……」

 

 門の上から見下ろしてくるニッカに対し、遠慮がちに視線を向けて、それでも決して引かない態度で、ウェンディはきっぱりと自分の思いを告げる。

 

「私は、セロンのいいところだけを見て好きになったのではありません」

 

 己は決して無知ではないという、明確な意思表示。

 それは、セロンを否定させないための、ウェンディなりの愛情表現のように思えた。

 

「共に時間を過ごし、様々な場所で、本当に多くの方と出会い、触れ合い、そして心に決めた、揺らぎない思いなんです」

 

「無知」の一言で片付けるなと、知りもしないで知った風な口を利くなと、ウェンディはそう言いたいのだろう。

 ならそう言えばいいのに。

 

「なぁ、ニッカ」

 

 他人を追い詰めるようなことを絶対言わないウェンディ。

 それは優しさでもあり、時には残酷でもある。

 見ろよ、ニッカの顔。完全否定されてぐうの音も出ないのに、明確な負けを宣言されていないから引くに引けない状態になっちまってんじゃねぇか。戸惑いが色濃く表情に表れている。

 自分から非を認めるわけにはいかない立場にいるんだよ、あいつは。

 ここは、言い負かしてやる方が親切ってもんだぜ。

 

 なので、俺が代わりに言ってやるさ。

 

「お前はどれだけの人間を知っている? 知人でも友人でも、顔見知りでもいい。お前はどれだけの人間と言葉を交わした? 顔を見た?」

「そ、そんなもの……あ、会う必要がないデスヨ! ワタシたちは人間とは相容れない種族で……っ!」

「『何人知ってるんだ』?」

「…………ルシア様と、あと、数人…………くらい、デスヨ、ふんっ」

 

 顔を顰めてそっぽを向く。

 その行動は、白旗を掲げたのと似たようなもんだぞ。

 

「こんな場所に閉じこもって、特定の人間以外とは交流を持とうとせず、新たな出会いを拒み、知ることを放棄して…………」

 

 たじたじと、ニッカが後方に身を引く。

 反論が出来ないってことは、それを認めているってことだ。

 こんな、誰も足を踏み入れないような奥まった場所に閉じこもって、目と耳を塞いでいるお前がよく言えたもんだな。

 鎖国じゃねぇか、こんなもん。

 

 一方のウェンディは、実家を飛び出し、頼るあてもなく四十二区へ移住して、自分の夢のため研究に没頭した。

 そしてそこで、時間と喜びと苦悩と感動を共有できる人と出会った。

 

 まったく……

 

「どっちが無知なんだよ?」

「う……うるさいデスネッ! あ、亜種には亜種の考え方があるデスヨッ!」

「あぁ、悪い。その論法は通用しねぇんだ」

 

 そんな言い訳、聞く耳持たねぇ。

 だってよ……

 

「俺もお前も、同じ人間だろうが」

 

 わざわざ特別扱いしてやるだけの理由がない。

 

「確かに見た目は違うよな。お前には羽や触覚が生えているし、空も飛べるんだって? 俺には真似できない芸当だ。だが、それがなんだ?」

 

 姿形が違うから心は理解できないなんて、そんな論理は破綻している。

 成り立たない。成り立つわけがない。

 

「心が理解できないなんて、当たり前だろうが」

 

 同族同士でもそんなもんは無理だ。

 精々、共感するくらいのことしか出来ない。

 ジネットやエステラ、マグダやロレッタあたりなら、顔を見れば何を考えているかくらいはなんとなく分かる。だがそれは心を理解したことにはならない。

 そいつが何を考えているのかなんて、そいつ本人にしか分かりゃしないんだ。

 

「けどな、分からないなりに、『分かろうとする』ことが大事なんじゃねぇのか?」

 

 努力もせずに相手の心を理解できる気になっているのであれば、それはただの傲慢だ。

 心なんか、簡単に理解できるもんじゃねぇんだよ。

 

 それは、同族も異種族も関係ない。

 人間ってのは、そういう生き物なんだよ。

 

「お前らみたいに、最初っから心に鍵をかけて拒絶されたら、理解なんか出来るわけねぇだろ」

「だっ、黙るデス! 人間はそうやって、いつもいつも……言葉巧みに……」

「へぇ。『お前は随分と人間のことを理解しているんだな』」

「くっ!?」

 

『そりゃ、お前の想像だろ?』と、遠回りに非難してやる。

 分かりやすいくらいにニッカは表情を歪める。

 

「ニッカよ」

 

 睨み合う俺とニッカの間に、白絹のような美しい手が差し込まれる。

 ルシアが俺たちの間に割って入り、ニッカに向かって声をかける。

 

「そなたがこの結婚に反対だというのであれば、シラハに会わせて説得してもらえばよかろう。人間との結婚で傷付いたというシラハの話を聞かせてやればいい」

「…………」

 

 ルシアの言葉をどう受け取ったのか、ニッカは口を閉じて黙考を始める。

 全身を覆っていた殺伐とした雰囲気は薄れていた。ある一定の納得を示したということだろう。

 

 俺はと言えば、ルシアがここへ俺たちを連れてきた理由が分かってスッキリした気分だ。

 ウェンディの結婚に対し、ルシアは賛成なのか反対なのか態度がはっきりしていなかった。

 だから、こいつが俺たちをシラハに会わせて何がしたいのかずっと謎だったのだが……

 

 こいつは期待しているのだ。

 俺たちが――ウェンディとセロンの結婚がこの状況を打破してくれることを。

 

 かつての亜種、亜人たちに同情的な政策を取る三十五区の領主として行動を起こせば、きっとその先にはずっと『同情の念』が付いて回る。

 花園で出会ったモンシロチョウカップルのように、『領主様のご命令に従い優位に立たせていただきます』という感情が払拭できないのは、根底に領主の『同情』が根付いているからだ。

 

 かつて人間は酷いことをした。その償いをしなければいけない。

 

 そんな後ろ向きな思いで施されたものに、本当の意味の幸福など存在しない。するわけがない。

 立場が一寸も変わっていないのだから。

 

 施す者と施しを与えられる者。

 身分制度がそのまま残されている。

 

 ルシアがそれに気付いているかどうかまでは分からんが、今の状況をどうにかしたいと思っていることは確かだ。

 降って湧いたような今回の結婚話に、ルシアが食いついたのは、そんな状況が長引いていたからかもしれない。藁にもすがるというヤツだ。

 失敗しても、ルシア自身はなんの痛手も負わないからな。

 

 強かな領主め。

 

「……では、会ってみるがいいデスヨ。会ってその目で見るがいいデス。シラハ様の受けた苦しみを、悲しみを……っ」

 

 ついにニッカが折れた。

 大きく羽を広げ、門の上から飛び降りてくる。

 ひらりと舞うように、俺たちの前へと降り立つ。

 

「ただし、無礼を働いたらすぐさま追い出すデスカラネッ!」

「俺がそんなことする人間に見えるか?」

「見えるデスッ!」

 

 信用はされていないようだが、とりあえず中には入れてくれるようだ。

 一歩前進、かな。

 

「覚悟するデス……心が張り裂けるような悲哀を受け入れる覚悟を……」

 

 言い捨てて、ニッカが門をくぐる。

 俺たちはそれに続き、庭へと足を踏み入れた。

 

 近くで見た平屋は無駄に大きくて……一層物悲しさを強調しているようだった。

 

 

 

 

 

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