「はぁいはい。お待たせしましたねぇ…………って、なんだかごちゃっと集まってますね?」
「まぁ、審査員だとでも思ってくれ」
厨房の方を向いて横一列に並んで座っている様は、さながら審査員のようだ。
クオリティの低い審査員だけどな。威厳の欠片もない。
何より、衣服に精通しているのが俺しかいない。……いや、ほら。俺はプロとしていろいろ作ったし。有名ブランドの偽…………まぁ、いいじゃないか、過去のことは。
「わたし、お裁縫好きなので、ウクリネスさんの試作が見られるなんて嬉しいです」
「技術を盗む気か?」
「盗むだなんて……参考にする程度ですよ」
同じようなもんだと思うけどな。
「……マグダは裁縫をしないので、ウクリネスの試作品を借りて有耶無耶なまま返さない感じがいい」
「それは本当の意味で盗んでるな」
それは全力で止めなきゃな、マグダのためにも。
しかしマグダのヤツ、なんか落ち着きがないな。まさか、割と本気で悔しがってたりするのか? 自分がモデルに選ばれなかったことに。
「……ロレッタ。今日も泊まっていけばいいのに」
「昨日の夜、そんなに楽しかったのか?」
「…………寝ている時に、口にプリンをなみなみと注ぎ込む」
「やめてやれな。さすがにロレッタが不憫だ」
拷問なんだかご褒美なんだか分かんなくなるから。
ロレッタなら、ちょっと喜んじゃいそうなんだよな。プリン、好きだし。
「今度、マグダのドレスも見繕ってもらわないとな」
「…………ウェディングドレス?」
「なんでだよ……。結婚式に行く時は、俺たちもオシャレして行くんだよ」
「……ヤシロも?」
「みんなだ」
「…………そう」
マグダの耳がぴんっと立ち、尻尾がゆっくりと横に振れた。
どうも機嫌が直ったようだ。
「……なら、ロレッタとお揃いのドレスでも可」
「お揃いがいいのか?」
「…………でも、可」
なんだかんだと仲良しのマグダとロレッタ。
一方的にとはいえ、少しやっかんでしまったことへの反省が含まれているのかもしれない。
「……揃いのドレスで、如何にマグダの方が可愛いかを白日の下にさらすのも有り」
…………仲、いいんだよ、な?
「……ロレッタには、気の毒なことになる」
「まぁ、あいつなら、それでも喜ぶだろうよ」
「……確かに。ロレッタは可愛いところがあるから」
「年下が言うなよ」
「……年下でも、格上」
「言われ放題だな、ロレッタ」
格上なんて言葉が本心かどうかは分からんが、もしこの先ロレッタの身に何か問題が発生したら、マグダはきっと何がなんでも守ってやるだろう。
友達として。職場の先輩として。
それはロレッタも同じなんだろうけどな。
「あ、ヤシロ。出てきたよ。ナタリアだ」
エステラに言われて視線を向けると、カウンターを越えてナタリアがこちらに来るところだった。
おぉ……これは、なかなか。
「胸のところもすっきりとさせてもらいました。いかがでしょうか?」
ナタリアの言う通り、アレだけ余っていた胸元の生地が気にならないように留められている。
体のラインがはっきりと出る美しいシルエットのドレスは、スタイルのいいナタリアによく似合う。
「綺麗だな。すごくいいよ」
「ありがとうございます、ヤシロ様。ですが、私はドレスの感想をお聞きしたのですよ?」
「うん。俺もドレスの感想を言ったんだけど?」
「ドレスを脱いで全裸でここに立っても、同じ感想をいただけると思うのですが?」
お前はどこまでもポジティブだなぁ。
とりあえず、食堂で全裸はやめてもらおうか。
「ただ、少々動きづらいですね」
「いいんだよ、ウェディングドレスはそれで。花嫁は動き回らず、優雅に振る舞うものなんだ。佇まいが美しく見えるのが理想だ」
「そういうものなのですね。理解いたしました」
肩の力を抜き、静かに佇むナタリアは、優雅で美しかった。
姿勢がいいのと、指先に至るまで細部に渡って所作が綺麗なのだ。
花嫁を引き立てるはずのドレスが、ナタリアによって引き立たされているような感じすらする。
ドレスは腰をキュッと絞り、スカートがふわりと広がって、美しいラインを形作っている。
もう少しスカートにボリュームが欲しいところだな。
「スカート、もっとふわふわにしようか」
「ふわふわですね。分かりました」
「レースなどあしらってみてはどうでしょうか?」
「なら、もっとふわふわのフリルとか」
「参考にさせていただきます」
俺の指摘や、ジネットやエステラのアイデアをすかさずメモに取るウクリネス。
結構真剣に悩んでいたようだ。ウクリネスのノートは大量の書き込みで真っ黒になっていた。
「初めての試みで緊張しているんですよ、私も」
ノートの書き込みを覗き込んでいたせいだろう。ウクリネスがそんな言い訳めいたことを口にした。
「しかし、ウェンディさんにとっては一生に一度の晴れの舞台。最高のドレスを贈りたいじゃないですか。真剣なんですよ、こっちも」
「お前の腕は信用してるって」
「それは嬉しいお言葉ですね。でも、アドバイスはくださいね、ヤシロちゃん」
信用されても出来ないもんは出来ないってか。
アドバイスくらいいくらでもしてやるけどな。
「肩は出すのかい?」
「いえ。ウェンディさんは胸がそこまで目立つ体系ではないですし、彼女の性格からしても、少し露出は控える予定なんですよ」
肩を出して、胸元が広く開いたドレスは見栄えするが、やはり胸がそれなりに無いと格好がつかない。ジネットやノーマあたりだと着こなせるんだろうけどな。
「胸元はロレッタちゃんに着せたドレスを見てみてくださいね」
ウクリネスが合図を送ると、カウンターの向こうからロレッタが姿を現した。
「おっ、いいじゃねぇか」
「…………むぅ。ロレッタ、やりおる」
「ちゃんとドレスになってるんだね」
「シンプルで可愛いですね」
「ほぉぉうっ!? なんか、普通に褒められてるです!? 『うわっ、普通』とか言われなかったです!?」
言われたかったのかよ……
ロレッタの中でそれが普通になってるんだな……それも、広い意味で職業病かもしれんぞ。
弄られポジションに馴染み過ぎだ。
ロレッタの着ているドレスは、胸元には細かい刺繍がなされていたりレースがあしらわれていたりと、とても手が込んでいる。反面、そこ以外の作りが限りなくシンプルだ。
特にスカートなどは、ボリュームはあるものの飾り気は一切ない。
「ロレッタちゃんのドレスは、胸元に注目してほしかったので、他をシンプルにしたんです」
「え? なんだって?」
「胸元に注目してほしかったので、他をシンプルに……」
「え? もう一回」
「胸元に注目……」
「え? 大きな声で」
「もういいですよ、お兄ちゃん! 何回『胸元に注目』言わせるですか!?」
見なきゃいけない胸元を隠してロレッタが言う。
バカモノ! 隠してどうする! さらけ出せ!
「よし、みんな! ロレッタのおっぱいに注目だ!」
「おっぱいじゃないですっ! 胸元です! 胸元の飾りに注目するですっ!」
「ヤシロさん。め!」
袖を引かれ、軽く叱られてしまった。
つか、ジネット。お前が叱る時は『め!』なんだな、やっぱり。
「ロレッタのドレスも可愛いんじゃないかな。ボクは好きだよ」
「ホントです? エステラさん、あたし好きです?」
「いや、ドレスがね。ロレッタも好きだけど、もちろん」
褒められ慣れていないロレッタは、褒め言葉には貪欲だ。
「俺も好きだぞ、おっぱい」
「お兄ちゃんはちょっと黙ってです!」
おかしい……反応が違い過ぎる。
心からの称賛を贈っているというのに。
「思ってたよりも、綺麗にラインが出ますねぇ。うん。ロレッタちゃん、胸綺麗ですね」
「ふぉっ!? ホ、ホントですか? 初めて言われたです!」
「ナイスおっぱいだぞ、ロレッタ!」
「お兄ちゃんはちょっと黙ってですっ!」
……納得いかん。
「なぁ、ジネット。何が違うんだろう?」
「心構え……では、ないでしょうか?」
「『胸しか』褒めてないからだよ」
「……ヤシロだから仕方ない」
両サイドと膝の上から手厳しい意見を浴びせられる。
ギルベルタは……と、見てみると、ドレスを見て目をキラキラ輝かせていた。こういう服が珍しいのだろう。
「惜しい思う、私は、完成品が見られないことを」
ナタリアのドレスの胸元に、ロレッタのドレスを合わせるようなイメージらしいが、うまく想像するのは難しい。
「完成品は、当日のお楽しみということで、あえて別にしたという側面もあるんですよ」
俺たちにも新鮮な驚きを、というウクリネスの計らいらしい。
ドレスの完成品を見せても、本人が身に着けるとがらりと印象が変わるから、そこまで隠す必要もないとは思うんだがな。
「とても参考になりました。二人ともありがとうございます。みなさんも」
モデルの二人に、そして俺たちに頭を下げる。ウクリネスはホクホク顔だ。収穫があったらしい。
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