「とりあえず、みなさん座ってください」
海鮮かた焼きそばを量産している途中のジネットが出てきて、貴族三人を席へと誘導する。
こいつら、全員貴族なんだよな。
なんか、とてもそうは見えないんだけど。
「あのさっ、陽だまり亭懐石って、今からでもお願いできるかな?」
席に座るなり、黒髪のクルスがわくわくした顔でジネットに尋ねる。
「はい。もちろんご用意できますよ」
「なんか、あっちの獣人族の兄さんが大変そうだけど、平気?」
暴食魚グスターブが大量の海鮮かた焼きそばを食い散らかしているのを横目に、クルスがジネットを気遣う。
それ以外にも、後輩にメシをご馳走している大工もいるし、調理場は今、結構な忙しさだろう。
「問題ありませんよ。すぐにご用意しますので、しばらくお待ちくださいね」
「やったぁ! 一回食べてみたかったんだよね!」
「なぁ、クルス君。もしやそれはあの、『リボーン』に載っていた料理ではないのか?」
嬉しそうなクルスに、おっぱいたすきことトトが視線を向ける。
羨望と嫉妬の滲む瞳で。
「ズルい……自分も、いつか四十二区へ行った際には、と思っていたのに……」
「だったらオトトちゃんも食べる? 奢るよ?」
「よいのか!? しかし、結構値の張るものだったと記憶しているが」
「大丈夫だよ。だって、僕だったら絶対やらないような小っ恥ずかしい格好させちゃってるわけだし」
「そう思うなら止めてくれてもよかったではないか!? 幼馴染だろう!?」
「でも、必要なことだったからさぁ~」
うん。
まぁ、必要だったよね。
すげぇ眼福だし。
「ヤシロのせいなんだから、ご馳走してあげれば?」
「それはない。むしろ、俺に話を持って行きにくい現状を作り上げたあいつらの親が悪い。つまり、連中の金を使わせることこそがヤツらの家への間接的な罰だと言える」
「よく回る舌だよね、まったく」
俺と話がしたいと正装をしてきてくれたのだ。
その行為には、好意を持って接するべきだろう。
謝罪を行うのは違う。
むしろ、俺が言うべきは「ありがとう」だ。
「ありがとう!」
「喜んでいただけて何よりです!」
「クルス君っ! あの二人が! あの二人がっ!」
「まぁまぁ。ネグっちは組合の未来しか見てない人だし、ヤシロ様はそーゆー人だって分かってるでしょ?」
「って、言われてるよ、『そーゆー人』」
ふん!
それでおっぱいが集まってくるなら、そんな風評被害はウェルカムだ!
「ジネット、懐石三ついけるか? どーせもう一人も食うだろうし。なんなら俺も手伝うが――」
「大丈夫です。ヤシロさんはお話を聞いてあげてください。その代わり、マグダさんをお借りしますね」
「じゃあ、ナタリア。マグダの代わりにパウンドケーキの受け渡しをしてあげてよ」
「畏まりました。あぶり出しで『あっはぁ~ん』の文字が浮かび上がるように仕込んでおきましょう」
「余計なことはしなくていいから!」
「「「こっち日替わり定食を四つ!」」」
「こんなアホな特典にまんまと食いつかないように、大工諸君、狩人諸君!」
ナタリアの人気も大したもんだな。
と、思っていたら、茶髪の優男、ネグロがそわそわし始めた。
「奇跡の美女、ナタリア・オーウェン様の『あっはぁ~ん』……欲しいっ!」
どうした!? 急に発症したか!?
「あはは。ネグっちは生粋の『BU』貴族だよねぇ」
あぁ、ネグロは『BU』っ子だったのか。
それで……
「まだ『BU』では燻ってんのか、ナタリア絶世の美女説?」
「いえ。その後情報紙ではたくさんの流行が特集されて、かつてのような熱狂はもうありません。……ですがっ!」
ネグロが拳を握り、頬を赤らめてナタリアを見つめる。
「初めてお見かけした時のあの衝撃! イナズマに打ち抜かれたような胸の鼓動! 私は今でも忘れてはいません!」
「どっかで会ったことあったっけ?」
ナタリアに視線を向けるも、ナタリアは首を傾げている。
「実は、二十九区に用事で赴いた際、偶然花屋の前で馬車から降りてくるナタリア様をお見かけしたのです。それで、その……思わず、その場で花束を購入してプレゼントを……その節はぶしつけな贈り物を失礼致しました!」
あぁ……たしか、『BU』と揉めてる時にそんなことがあったなぁ。
情報紙のせいで急にナタリアがモテモテになり、花屋でその場にいた男全員から花束を贈られるなんて珍事があったっけなぁ……
その中に、ネグロもいたらしい。
「一瞬、カンタルチカのウェイトレスさんに心が浮ついた時期もありましたが……私はナタリア様一筋です!」
「浮ついてんじゃねぇか」
どの口が一筋なんて抜かしてんだ。
つか、お前の惚れる女、みんな情報紙発信じゃねぇか。
「確認するまでもないが、お前は『BU』の人間なんだな?」
「はい。私は二十五区に館を構える貴族の息子です。……今のところは」
冗談めかして言って、ネグロは表情を引き締める。
「まず、今の今までご挨拶に伺えなかった非礼を詫びさせてください。そして、出来ることなら、その理由をご理解いただきたく存じます。実は我々は――」
「ウィシャートの判決が出るのを待っていた、ってところか?」
「なっ!? ……いやはや、噂には聞いておりましたが、まさかここまでとは。さすがです、オオバヤシロ様」
そんなに大層な話じゃない。
これまで、ルシアやマーゥルからもこういう連中と接触があったという情報は得ていない。
ウーマロたちとは顔を繋いでいながら俺やエステラ、ルシアたちにも接触しなかった理由はウィシャート絡みだと容易に想像が付く。
ウィシャートに悟られると家が潰されかねないという危惧もあっただろう。
だが、ウィシャート撃退と共に接触を図った三十一区とは異なり、こいつらは今の今まで行動を起こさなかった。
こいつらが行動を起こしたきっかけは何か?
最近の出来事で大きなきっかけとなるのは統括裁判所の判決が出たことだろう。
「判決が出る以前に、組合の役員であるヴィッタータス家やマクロスピルス家の者が四十二区へ接触を図れば、微笑みの領主様にあらぬ疑いがかけられる懸念がありました」
統括裁判所が判断したところの『黒幕』である土木ギルド組合の者との間に、『ウィシャートを引きずり落とし、その地位に取って代わってくれないか』などという密約があったのではないか?
そんな疑いは、噂レベルでも四十二区に暗い影を落としかねない。
それを警戒して、判決が出るまで動かなかったのだろう。
「それに、微笑みの領主様やヤシロ様に接触したことが父や兄に知れれば、彼らは必ずそれを利用しようと暗躍するでしょう。……もし、微笑みの領主様やヤシロ様をくだらぬ私利私欲のために利用しようなどと謀ろうものなら……私は血を分けた家族と言えどヤツらを許すことは出来ないでしょう!」
拳を握り激昂するネグロ。
「あんまり興奮するな。ここには大工や狩人もいるんだぞ」
「はっ!? ……も、申し訳ございません。父からも、そなたは貴族としての品格に劣ると叱責されておりました」
ここまで感情を露わにする性格だと、貴族の中では苦労するだろうな。
……エステラやルシア、トレーシーを見慣れてるせいで「貴族ってなんだろう?」って分からなくなりがちだとはいえ。
「とりあえず、お前らの見せたい誠意ってヤツは分かった。話を聞いてやるよ」
「ありがとうございます!」
ネグロが立ち上がり、直角に腰を折って頭を下げる。
クルスがネグロにサムズアップを向け、その隣でトトが胸を撫で下ろす。
「よかった。自分も、このような格好をした甲斐があったというものだ」
ほっと胸を撫で下ろすと、その胸がぷるぅ~んっと揺れる。
ノーブラなのか、ブラがあった上でもなお柔らかいのか、ぷるぅ~んの余韻がおっぱいに伝わり、ぷぅ~んるぅんぅんぅん……とさざ波のように広がっていく。
「ビバぷるぅ~ん!」
「あんまり興奮しないでくれるかい!? ここにはカンパニュラやテレサもいるんだよ!」
「エビバディ・セイ! ビバぷるぅ~ん!」
「「「ビバぷるぅ~ん!」」」
「セイしないように、周りの諸君!」
エステラの命令により、俺たち男子一同は十分間の目隠しを強要された。
どこから持ってきたのか、厚手の布を目に巻かれ、俺たちは暗黒の中へ十分間放り込まれたのだ。
理不尽。
不条理。
こんな非道がまかり通っていいのだろうか!
仕方がないので、暗闇の中、網膜に焼き付けたビバぷるぅ~んを反芻することでその長い懲罰の時間をやり過ごすことにした。
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