異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

113話 四十一区の領主 -1-

公開日時: 2021年1月19日(火) 20:01
文字数:2,001

 四十一区の領主、リカルド・シーゲンターラーの館は、正直、微妙な造りだった。

 なんというか、四十区の領主の館に対抗して作ってみたが技術が追いついていないのであちこち失敗している……という感じを受けた。

 

「先代の頃から見栄っ張りな領主なのか?」

 

 俺は隣に立つナタリアに小声で話しかける。

 

「これは、代替わりしてからリフォームされたものですよ」

「は? ……いや、だって、なんか古臭いぞ?」

「デザインした方の頭と使用した木材が古かったのではないですか?」

 

 わぁお、辛辣。

 ナタリアもここの領主のことはあまりよく思っていないようだ。

 

 親同士も子同士もあまり良好な関係とは言えないもんな。

 四十一区にしてみれば、唯一格下の四十二区にだけは何があっても負けるわけにはいかないという思いがあったのだろう。

 ……そんな対応をされりゃ嫌いにもなるわな。

 

「……素手で」

 

 ナタリアが拳を握りつつ、ぽそりと呟く。

 

「解体してみせましょうか?」

「お前なら出来そうな気がしないでもないが……やめておいてくれ」

 

 宣戦布告しに来たんじゃねぇっての。

 

「遅いね。いつまで待たせるつもりなんだろうか」

 

 エステラがイライラとした表情で言う。

 

 俺たちは、領主の館に着いて門兵に取次ぎを頼んでから、優に二十分は門の前に立たされている。

 他の領主なら「無礼だ」ともうすでに帰っているところだろう。

 ……こういう嫌がらせをするから嫌われるんだよ。ここの領主は。

 

 もっとも、こちら側も表敬訪問ってわけじゃないので、エステラの服装も簡単なものだ。いつもの服装よりほんの少し質のいい程度だな。

 

「こっちが怒って帰れないことを見越してのこの嫌がらせ……」

「器の小ささを自ら大声で宣伝しているようなものでしょうに。そもそも、他区の領主を館の前に待たせるなど、領民が見たらなんと思うか……」

 

 女性二人の殺気が物凄い。

 ちょっと離れておこう。

 

 器の小さい領主の嫌がらせを受けつつ、俺はぐるりと街の中を見渡す。

 

「……静かだな」

 

 道路の整備はされていない。だが道幅が広く、ごみごみした印象を受けない分小奇麗に見える。

 狩猟ギルドが拠点にしているだけあり、獣の運搬をしやすいように配慮してあるのだろう。

 

 その割に、賑わいに欠ける。

 閑散としているというのか、これだけ広い道にもかかわらず人があまり歩いていないのだ。

 行き交う馬車もほとんどない。

 ここに突っ立っている二十分の間に通った馬車の数はたったの二台だけだった。

 

「お待たせいたしました」

 

 門に背を向けていたせいで、使いの者がそこまで来ていたことに気が付かなかった。

 不意に背後から声がして少しびっくりしてしまった。

 それくらいに、この街は静かなのだ。静寂ではないまでも、息を潜めているような……少し、耳鳴りがした。

 

「領主様はとても忙しく、本日も時間を作るのに大変苦慮しておられました」

 

 領主のもとへと俺たちを導く案内役のジジイがそんなことを慇懃な口調で言ってくる。

 そして、大きな扉の前で立ち止まると、腰を折りながらこう付け足した。

 

「ですので、どうかあまりお時間を取らせませぬよう、お願い申し上げます」

 

 ナタリアが懐に手を伸ばしたので腰を小突いておいた。

 ……刺すなっつの。

 あと、腰に触れた時の「ひゃん」って声、結構可愛かったぞ。

 

「ようこそ、四十二区の領主代行君」

 

 通された部屋は大きな窓を背後に控えた豪奢な執務室だった。床に大きな魔獣の毛皮が敷かれており、豪華な雰囲気を醸し出している。

 

「ご無沙汰しております、シーゲンターラー卿」

「はっ!」

 

 エステラの挨拶に、四十一区領主リカルド・シーゲンターラーは鼻を鳴らした。

 

「やめてくれ。首が痒くなるぜ。俺とお前の仲だ。堅苦しいのは抜きにしようや」

「はて……ボクと君の間にそんな深い仲があったとは知らなかったね」

「ふん。相変わらず可愛くねぇ女だ」

「現在は領主代行という立場で来ているからね」

「ふん……」

 

 リカルドは眉を顰めながらも、口角をクイッと持ち上げる。

 執務机の向こうで革張りのデカい椅子に腰を掛けるリカルドは、背もたれに体を預け尊大に足を組んだ。

 アゴを持ち上げ、こちらを見下ろすように視線を寄越す。

 

「手紙を読んだぜ」

「(椅子を勧めろぉ!)」

 

 話し始めたリカルドに、ナタリアが殺気を燃え上がらせる。

 俺たち三人は、執務机の前に立たされたままなのだ。

 背後には脚の短いソファが並んでいる。本来なら、リカルドがソファの方へと移動し、俺たちを向かいのソファに座らせるべきなのだが……社長室に呼び出された社員みたいだな、俺たち。

 

 怒りに震えるナタリアだが、エステラから視線を送られるとスッと姿勢を正した。

 エステラの視線が俺にも向けられる。

 

「(挑発行為は禁止だよ)」

 

 エステラの目は、そう語っているように思えた。

 分かってるよ。

 いくら俺でも敵の本拠地でいきなり敵の大将を煽ったりしねぇって。

 狩猟ギルドの支部でだって、最初は大人しかったろ? これで結構平和主義者なんだぜ。

 

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