異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

こぼれ話6話 渓流に浮かぶ小舟のごとく、濁流へ -4-

公開日時: 2021年3月27日(土) 20:01
文字数:3,548

「さっきの自供、しっかりと聞かせてもらったよ、詐欺師の諸君」

 

 真っ赤な髪の毛の小柄な女。

『微笑みの領主』と呼ばれる、四十二区領主のエステラ・クレアモナと、その給仕長が立っていた。

 

「た……助けてくださぁぁぁぁぁああいっ!」

「えっ!? ちょっ!? き、君たち!?」

 

 誰でもいい!

 あの恐ろしい羅刹から俺たちを救ってくれ!

 

 救いの女神。

 微笑みの領主。

 そのなだらかな胸が生命の温かさを感じさせてくれる気がして、俺たちは目の前の赤い髪の

領主に抱きつこうとして……取り押さえられた。

 

「エステラ様へのタッチは、有料となります」

 

 氷のような目をした給仕長が、俺たちの前に立ちふさがっていた。

 

「いや、ナタリア……お金払われても触らせないから。あ、みんな、ありがとうね」

 

 赤髪の領主が笑顔を向ける先、つまり俺たちを取り押さえている連中は――

 

「なぁ、エステラ。あたいの仕事これだけか? なんか張り合いがないんだけど」

「……完全制圧」

 

 クマ耳をした大柄な女と、トラ耳の小柄な女。そして――

 

「はっはっはっ! 仕事を奪ってすまないねぇ、川漁の。アタシもマグダと約束したからねぇ。困ったことがあったら、アタシに言いなってね。それに、こいつらにはちょっとした因縁があるんだよ。なぁ、あんたら。久しぶりじゃないか」

 

 ――狩猟ギルドの怪物ギルド長。人類最強の戦士。メドラ・ロッセル。

 

 な、なんで……二度と会いたくないと願ったバケモノがここに…………っ!?

 別の意味で死ぬ!? もっと具体的な意味合いで!

 

「なんでママが一番張り切ってるだゼ?」

「オラたち、出る幕なかったダな」

「たーっく、勘弁してくれよだぜ、マジでよぉ」

「まぁまぁ。ママが楽しそうで何よりではないですか」

 

 あ、あれは……現在狩猟ギルドを支えているという若手の四人――白虎のアルヴァロ、水牛のドリノ、犬食いのイサーク、暴食王グスターブ。後ろ二人は飯の話題の方が耳につくが……どいつもこいつもバカみてぇに強いって噂だ。

 

 なんで……なんでこんな連中がここに揃ってやがるんだ!?

 お前ら、四十一区の人間だろう!? 四十二区にまで出しゃばってくんじゃねぇよ!

 訳が分からずパニックを起こしているうちに、俺たちは荒縄でぐるぐる巻きにされていた。

 

「さぁ、みんな。もう出てきていいよ」

 

 エステラ・クレアモナの声に、そこかしこから人がわらわらと湧いてくる。

 物陰や路地裏から、何人もの人が出てくる。

 こいつらは一体……

 

「あっ!」

 

 あのワニのオッサン、見たことがある! あっちのブタ顔も! ニワトリに普通の女! ニューロードにいた瓶底メガネまでいやがる!

 よく見れば、それはどれもこれも、今日見かけた顔ばかりだった。……こいつら、全員グルだったのか?

 

 めまいがし始めた頃、メドラ・ロッセルが俺たちの前へとやって来る。

 そして、まじまじと顔を覗き込んでくる。

 

「いやぁ、しかし驚いたね。本当にそっくりじゃないか、このイラストは」

 

 メドラ・ロッセルが懐から取り出したのは――目を疑った――俺たちの似顔絵だった。

 それも、生き写しのようにそっくりだ。

 そのイラストを、この場にいる全員が持っていやがる。

 

「拙者、似せて描くのが得意でござる故。速度もなかなかのものでござると自負しているでござる」

「アッスントさんがいち早く気付いたです。さすがです」

「ふふふ。まぁ、怪しい人はなんとなく匂いで分かるのですよ……同族ですから。んふふふ」

 

 あのブタ顔……あいつが俺たちの正体を見破ってやがったのか?

 それで、あの瓶底が俺たちの似顔絵を描いて、それを配ったってのか?

 

 ……冗談じゃねぇぞ。あり得ねぇだろ。

 時間なんかかけちゃいねぇ。

 この短時間でそんなことが出来るわけねぇだろうが!

 もしそれが可能なのだとしたら…………最初から、それを指図していたヤツがいるはずだ。

 それは一体……

 

「いやぁ、まんまと引っかかってくれたなぁ」

「ホンマやなぁ。やっぱ、キツネ美人はんのお色気演技のたまものやねぇ」

 

 のんきなその声に振り返ると――

 

「「「ぎゃぁぁぁあああああああ!?」」」

 

 頭の潰れた男と、首が180度回った女が血まみれで立っていた。

 

「ヤシロ、レジーナ。その格好怖いから……ごらんよ、ミリィとジネットちゃんが遠ぉ~くに行っちゃったよ」

「悪いな。自分の有り様が見えないもんでな……レジーナ、怖ぇよ」

「お互い様やろ。自分、顔あらへんで?」

 

 言い合った後、男が頭を掻き毟った。すると、抉れているように見えていた傷跡……のようなものがぽろっと取れた。

 女の方も、よく見てみれば服を前後ろ逆に着ているだけだ。胸がすげぇ出っ張っている。

 

「特殊メイクだ。仕上げは『俺とレジーナ、まとめてヤってもらった』んだよ、ノーマにな」

「ふん……まったく、忙しい日だったさね」

 

 羅刹の妖気を微塵も感じさせない、出会った当初の、色香だけを存分に纏った姿でノーマ……さん、が、そこに立っていた。

 ……怖くて、心の中でももう呼び捨てには出来ない。

 

「オレオレ詐欺の撃退法で、一時期『えっ……ウチの子、もう死んだんですけど?』ってのが流行ってな。それのアレンジ版だ」

「死に方が壮絶過ぎやけどなぁ」

 

 なんだ……なんなんだ……

 つまりこれは…………

 

 

 

 騙された、のか?

 

 

 

「パウラ、出て来いよ」

 

 頭が抉れていた男――ヤシロが声をかけ、一人の女を呼び寄せる。

 そいつは。

 

「あぁ……そういうことか…………」

 

 カンタルチカのねーちゃんだった。

 そうか……

 こいつから情報が漏れていたんだ。……まんまと一杯食わされた。

 こんな、人も騙せないような小娘が、あんな迫真の演技で俺たちを罠にかけていたなんて……あの時の動揺は、真実に見えたのに………………いや、違うな。

 

「全部……お前の差し金か……オオバヤシロ?」

「おう、俺の名前も有名になっちまったもんだな。サインが欲しいなら売ってやるぞ?」

「……いるか」

 

 こいつだ……

 こいつが仕組んだことなんだ……

 こいつが指揮を執って……街全体を動かしやがったんだ。俺たちを騙し返す、ただそれだけのために。

 確証はねぇ。けど、確信している。

 アイツの目は、そーゆーヤツの目だ。クソッタレ。

 

「お金、返してよね!」

 

 カンタルチカのねーちゃんにすごまれ、その背後に居並ぶ狩猟ギルドの面々と、赤髪の領主に給仕長、そして魔獣よりも恐ろしいメドラ・ロッセル……ははっ、完敗だ。逃げることすら出来ねぇ。

 

 つーか…………

 

「「「騙されててよかったぁ…………」」」

 

 ここにきて、ようやく実感できた。

 俺たちは騙された。

 だから、つまり――

 

 あの羅刹のような女は実在しない。仮にアレが本性だとしても、俺たちが狙われることはないんだ。

 それが、すげぇ…………ホッとした。

 

「……あ~ぁ、可哀想。ノーマがトラウマに」

「誰がやらせたんさね!?」

「いや、ノーマさんすごかったです! 迫真の演技だったです!」

「……称賛に値する」

「ならそれを、アタシの目の前に来て言ってみるさね! そんな50メートルも離れた場所からじゃなくてさぁ!」

 

 ぎゃーぎゃーと騒がしく、賑やかで……自分たちがとんでもなく場違いな場所にいる気がした。

 

「お前は臆病だからな」

 

 オオバヤシロが俺を見下ろして言う。

 

「お前のセリフに『嘘はない』と仮定すれば、いろいろ手は打てるんだ」

 

 そう言って会話記録カンバセーション・レコードを出現させる。

 

「二十九区の兵士に捕らえられた目つきの悪い小ズルい男……これはお前らの仲間だな?」

「……へっ。さすがだな」

「『精霊の審判』を避けようとすると、どうしても言い回しに不自然さが出てくる。な、アッスント?」

「ほほほ……もう、昔のこと過ぎてよく覚えていませんね。今は正直に生きることの方に忙しいもので」

 

 ブタ顔の男が薄い笑みを浮かべる。

 こいつらも『精霊の審判』の穴を見破っていやがったのか。

 

「まぁ、そういうわけだから、パウラの金が万が一すでに支払われていても、取り戻すのは簡単なんだ。な、りょーしゅさま?」

 

 おどけたオオバヤシロ。

 その視線の先にいたのは、ここにいるはずがない人物。

 二十九区領主、ゲラーシー・エーリン。

 

「気味の悪い声を出すな、オオバヤシロ。鳥肌が立つ」

 

 はは……はははは…………

 なんてこった。

 こいつら、ウチの領主とも面識があんのかよ……

 

 敵に回しちゃいけない連中だったんだな…………

 

「貴様らはまず、四十二区の領主によって裁かれ、その後我が区で存分に裁いてくれる。期待しておくのだな」

「…………はい。もう、抵抗する気も起きやせん……」

 

 なんだかもう、クタクタだ……

 なんでもいい……ゆっくりと眠りたい。それがたとえ、冷たい牢屋の中であったとしても。

 

 俺たちはほぼ同時に地面へと転がった。

 もう、座っている気力すら、残っちゃいなかった。

 

 金?

 

 いるかよ、そんなもん。

 四十二区に来てよぉ~く分かったぜ。

 

 

 命あっての物種だ、ってな。

 

 

 

 こりゃあ、詐欺師は廃業だなぁ……

 

 

 

 

 

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