「さっきの自供、しっかりと聞かせてもらったよ、詐欺師の諸君」
真っ赤な髪の毛の小柄な女。
『微笑みの領主』と呼ばれる、四十二区領主のエステラ・クレアモナと、その給仕長が立っていた。
「た……助けてくださぁぁぁぁぁああいっ!」
「えっ!? ちょっ!? き、君たち!?」
誰でもいい!
あの恐ろしい羅刹から俺たちを救ってくれ!
救いの女神。
微笑みの領主。
そのなだらかな胸が生命の温かさを感じさせてくれる気がして、俺たちは目の前の赤い髪の
領主に抱きつこうとして……取り押さえられた。
「エステラ様へのタッチは、有料となります」
氷のような目をした給仕長が、俺たちの前に立ちふさがっていた。
「いや、ナタリア……お金払われても触らせないから。あ、みんな、ありがとうね」
赤髪の領主が笑顔を向ける先、つまり俺たちを取り押さえている連中は――
「なぁ、エステラ。あたいの仕事これだけか? なんか張り合いがないんだけど」
「……完全制圧」
クマ耳をした大柄な女と、トラ耳の小柄な女。そして――
「はっはっはっ! 仕事を奪ってすまないねぇ、川漁の。アタシもマグダと約束したからねぇ。困ったことがあったら、アタシに言いなってね。それに、こいつらにはちょっとした因縁があるんだよ。なぁ、あんたら。久しぶりじゃないか」
――狩猟ギルドの怪物ギルド長。人類最強の戦士。メドラ・ロッセル。
な、なんで……二度と会いたくないと願ったバケモノがここに…………っ!?
別の意味で死ぬ!? もっと具体的な意味合いで!
「なんでママが一番張り切ってるだゼ?」
「オラたち、出る幕なかったダな」
「たーっく、勘弁してくれよだぜ、マジでよぉ」
「まぁまぁ。ママが楽しそうで何よりではないですか」
あ、あれは……現在狩猟ギルドを支えているという若手の四人――白虎のアルヴァロ、水牛のドリノ、犬食いのイサーク、暴食王グスターブ。後ろ二人は飯の話題の方が耳につくが……どいつもこいつもバカみてぇに強いって噂だ。
なんで……なんでこんな連中がここに揃ってやがるんだ!?
お前ら、四十一区の人間だろう!? 四十二区にまで出しゃばってくんじゃねぇよ!
訳が分からずパニックを起こしているうちに、俺たちは荒縄でぐるぐる巻きにされていた。
「さぁ、みんな。もう出てきていいよ」
エステラ・クレアモナの声に、そこかしこから人がわらわらと湧いてくる。
物陰や路地裏から、何人もの人が出てくる。
こいつらは一体……
「あっ!」
あのワニのオッサン、見たことがある! あっちのブタ顔も! ニワトリに普通の女! ニューロードにいた瓶底メガネまでいやがる!
よく見れば、それはどれもこれも、今日見かけた顔ばかりだった。……こいつら、全員グルだったのか?
めまいがし始めた頃、メドラ・ロッセルが俺たちの前へとやって来る。
そして、まじまじと顔を覗き込んでくる。
「いやぁ、しかし驚いたね。本当にそっくりじゃないか、このイラストは」
メドラ・ロッセルが懐から取り出したのは――目を疑った――俺たちの似顔絵だった。
それも、生き写しのようにそっくりだ。
そのイラストを、この場にいる全員が持っていやがる。
「拙者、似せて描くのが得意でござる故。速度もなかなかのものでござると自負しているでござる」
「アッスントさんがいち早く気付いたです。さすがです」
「ふふふ。まぁ、怪しい人はなんとなく匂いで分かるのですよ……同族ですから。んふふふ」
あのブタ顔……あいつが俺たちの正体を見破ってやがったのか?
それで、あの瓶底が俺たちの似顔絵を描いて、それを配ったってのか?
……冗談じゃねぇぞ。あり得ねぇだろ。
時間なんかかけちゃいねぇ。
この短時間でそんなことが出来るわけねぇだろうが!
もしそれが可能なのだとしたら…………最初から、それを指図していたヤツがいるはずだ。
それは一体……
「いやぁ、まんまと引っかかってくれたなぁ」
「ホンマやなぁ。やっぱ、キツネ美人はんのお色気演技のたまものやねぇ」
のんきなその声に振り返ると――
「「「ぎゃぁぁぁあああああああ!?」」」
頭の潰れた男と、首が180度回った女が血まみれで立っていた。
「ヤシロ、レジーナ。その格好怖いから……ごらんよ、ミリィとジネットちゃんが遠ぉ~くに行っちゃったよ」
「悪いな。自分の有り様が見えないもんでな……レジーナ、怖ぇよ」
「お互い様やろ。自分、顔あらへんで?」
言い合った後、男が頭を掻き毟った。すると、抉れているように見えていた傷跡……のようなものがぽろっと取れた。
女の方も、よく見てみれば服を前後ろ逆に着ているだけだ。胸がすげぇ出っ張っている。
「特殊メイクだ。仕上げは『俺とレジーナ、まとめてヤってもらった』んだよ、ノーマにな」
「ふん……まったく、忙しい日だったさね」
羅刹の妖気を微塵も感じさせない、出会った当初の、色香だけを存分に纏った姿でノーマ……さん、が、そこに立っていた。
……怖くて、心の中でももう呼び捨てには出来ない。
「オレオレ詐欺の撃退法で、一時期『えっ……ウチの子、もう死んだんですけど?』ってのが流行ってな。それのアレンジ版だ」
「死に方が壮絶過ぎやけどなぁ」
なんだ……なんなんだ……
つまりこれは…………
騙された、のか?
「パウラ、出て来いよ」
頭が抉れていた男――ヤシロが声をかけ、一人の女を呼び寄せる。
そいつは。
「あぁ……そういうことか…………」
カンタルチカのねーちゃんだった。
そうか……
こいつから情報が漏れていたんだ。……まんまと一杯食わされた。
こんな、人も騙せないような小娘が、あんな迫真の演技で俺たちを罠にかけていたなんて……あの時の動揺は、真実に見えたのに………………いや、違うな。
「全部……お前の差し金か……オオバヤシロ?」
「おう、俺の名前も有名になっちまったもんだな。サインが欲しいなら売ってやるぞ?」
「……いるか」
こいつだ……
こいつが仕組んだことなんだ……
こいつが指揮を執って……街全体を動かしやがったんだ。俺たちを騙し返す、ただそれだけのために。
確証はねぇ。けど、確信している。
アイツの目は、そーゆーヤツの目だ。クソッタレ。
「お金、返してよね!」
カンタルチカのねーちゃんにすごまれ、その背後に居並ぶ狩猟ギルドの面々と、赤髪の領主に給仕長、そして魔獣よりも恐ろしいメドラ・ロッセル……ははっ、完敗だ。逃げることすら出来ねぇ。
つーか…………
「「「騙されててよかったぁ…………」」」
ここにきて、ようやく実感できた。
俺たちは騙された。
だから、つまり――
あの羅刹のような女は実在しない。仮にアレが本性だとしても、俺たちが狙われることはないんだ。
それが、すげぇ…………ホッとした。
「……あ~ぁ、可哀想。ノーマがトラウマに」
「誰がやらせたんさね!?」
「いや、ノーマさんすごかったです! 迫真の演技だったです!」
「……称賛に値する」
「ならそれを、アタシの目の前に来て言ってみるさね! そんな50メートルも離れた場所からじゃなくてさぁ!」
ぎゃーぎゃーと騒がしく、賑やかで……自分たちがとんでもなく場違いな場所にいる気がした。
「お前は臆病だからな」
オオバヤシロが俺を見下ろして言う。
「お前のセリフに『嘘はない』と仮定すれば、いろいろ手は打てるんだ」
そう言って会話記録を出現させる。
「二十九区の兵士に捕らえられた目つきの悪い小ズルい男……これはお前らの仲間だな?」
「……へっ。さすがだな」
「『精霊の審判』を避けようとすると、どうしても言い回しに不自然さが出てくる。な、アッスント?」
「ほほほ……もう、昔のこと過ぎてよく覚えていませんね。今は正直に生きることの方に忙しいもので」
ブタ顔の男が薄い笑みを浮かべる。
こいつらも『精霊の審判』の穴を見破っていやがったのか。
「まぁ、そういうわけだから、パウラの金が万が一すでに支払われていても、取り戻すのは簡単なんだ。な、りょーしゅさま?」
おどけたオオバヤシロ。
その視線の先にいたのは、ここにいるはずがない人物。
二十九区領主、ゲラーシー・エーリン。
「気味の悪い声を出すな、オオバヤシロ。鳥肌が立つ」
はは……はははは…………
なんてこった。
こいつら、ウチの領主とも面識があんのかよ……
敵に回しちゃいけない連中だったんだな…………
「貴様らはまず、四十二区の領主によって裁かれ、その後我が区で存分に裁いてくれる。期待しておくのだな」
「…………はい。もう、抵抗する気も起きやせん……」
なんだかもう、クタクタだ……
なんでもいい……ゆっくりと眠りたい。それがたとえ、冷たい牢屋の中であったとしても。
俺たちはほぼ同時に地面へと転がった。
もう、座っている気力すら、残っちゃいなかった。
金?
いるかよ、そんなもん。
四十二区に来てよぉ~く分かったぜ。
命あっての物種だ、ってな。
こりゃあ、詐欺師は廃業だなぁ……
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