「本当に大丈夫なんでしょうか、グーズーヤさん」
ジネットがいまだに心配そうに川の方を振り返っている。
お前はかつて、あいつに店の利益を食い散らかされたことを忘れてしまったんじゃないだろうな。
「さっき、焼き直したたい焼きを届けたろ?」
「はい。デリアさん、喜んでましたね」
「……まぁ、あいつに食わせるのが目的じゃなかったんだが……」
足漕ぎ水車の修理を依頼した後、俺たちは一度陽だまり亭に戻り、弁当箱に三つ分のたい焼きを焼いてきた。
その内のひとつを再び河原に出向いてデリアに進呈してきたのだ。
ジネットが良心の呵責に苦しんでいたからな。ご褒美もかねて。
もちろん、デリアにじゃない。グーズーヤにだ。
「デリアからたい焼きを分けてもらったグーズーヤの喜びようを、お前も見たろ。あいつはあれで十分なんだよ」
「確かに、とても喜んでおられましたね。……ふふ、まるでそのまま天にも昇っていってしまいそうなくらいに」
俺が「頑張るグーズーヤにちょっと分けてやれよ」とデリアに持ちかけ、デリアが「おう、そうだな。材料費おごってくれたお礼だ!」と、グーズーヤにたい焼きを分け与えたところ、「あ、あのデリアさんが甘い物をっ!? ぐはぁ! この特別感! 僕、もう死んでもいいですっ!」って、ジネットの言うとおり『天にも召されそうなくらい』大喜びしていた。……ん? ジネットが言ったのとはちょっと違ったか?
「あれ以上のご褒美は、そうそうもらえないからな」
「ヤシロさんも、嬉しいですか?」
「ん?」
「女性に何かを分けてもらったりするのは」
……こいつは、俺になんと言わせたいんだろうか。
ここで俺が「嬉しい」と言えば、今後あれやこれやと食べ物をシェアしてくるつもりか?
餌付けかよ。
それにだな、グーズーヤの場合は『好意を持った女性に』分けてもらったことに意味があるわけで、別に俺がお前に何かを分けてもらったからって、そこに特別な意味は………………
「誰からとか関係なく、俺はもらえるものはもらっておく主義だ」
「うふふ。そういえばそうでしたね」
はて、こんな会話をこれまでにしたことがあっただろうか?
だが、ジネットは妙に納得している。……俺はそんなに意地汚く見えているのか? それはちょっと心外だな。
「それで、今度はどちらへ向かっているんですか?」
「イメルダんとこだ」
「水車の材料をお願いするんですか?」
いや、そっちはグーズーヤが持ってきた木材でなんとかなるだろう。
たい焼きをデリアに分けてもらえる権利をくれてやったんだ、盛大に散財するがいい。
「イメルダに頼むのは『遊具』の方の材料だ」
「遊具、ですか?」
「ベルティーナが言ってたろ、四十二区と二十四区のガキどもが一緒に遊べる物をって」
「えっ、そんな大がかりな物を作るつもりなんですか!?」
ジネットが驚いて目を丸くする。
そういえば、話してなかったっけか。
「わたしはてっきり、粘土型とか、そういう物かと思っていました」
お子様ランチのおまけに付けている粘土型。動物や乗り物の型枠に粘土を詰めて、形を作って遊ぶオモチャだ。
四十二区のガキどもが、みんな一つは持っているメジャーなオモチャになりつつある。
そういえば、あっちもそろそろ新しいオモチャを開発しなきゃな。
ついでになんか作るか。
と、それはさておき。
「二十四区には、腕を負傷してるガキや、目が悪いガキもいるからな」
ベルティーナが出した『みんなで遊べる』という要求に合致しない。
もっとも、今俺が考えている物も、『みんなで遊べる』というわけではないのだが……似たような面白さを提供できる物をいくつか用意すれば、どれかでは遊べるだろう。
「出来れば、四十二区のガキどもにとっても目新しい物の方がいいかと思ってな」
「ヤシロさん」
話の途中で、ジネットが俺を呼ぶ。
視線を向けると、神々しさすら感じるほどの優しい笑顔がそこにあった。
「ヤシロさんは、本当に優しい人ですね」
うぉう! 違う! そうじゃない!
「雰囲気だ! ガキどもがとめどなくはしゃぎ回っている雰囲気が欲しいんだよ、演出として! ドニスに――二十四区の領主に、『あぁ、新しい文化を取り入れるのって、こんなにエネルギッシュなんだな』って思わせられるようにな!」
ヤツらの中にある古くさい固定観念をぶち壊さなければいけないのだ。
無尽蔵に湧いてくるガキの大はしゃぎパワーは、その説得に打ってつけだと、ただそれだけのことだ。
間違っても、ガキどもを楽しませてやりたいからじゃない。
楽しませることが利益につながる。それだけだ。
「だから、そんな顔で俺を見るな。勘違いで感謝されると、なんというか、その、後々困るんだよ……たぶん」
「はい。そうですね」
絶対分かってない。
絶対理解してないだろう、お前。
くっそ、にこにこしやがって。
「ジネット」
「はい?」
「二十四区領主のドニスはな…………ハゲ頭に一本毛が『ちょろりん☆』と生えているんだ」
「こふっ!」
ジネットが噴き出した。
肩が物凄く小刻みに震えている。
「お前も気軽に、『ちょろりんさん』とか『一本毛領主』とか呼んでやれ」
「こほっ……こほっ……も、もう。ダメですよ、ヤシロさん……」
笑いを必死に堪えながら、俺の肩をペしりと叩く。
「酷いですよ……そんなこと、言っちゃ……ふふっ」
「笑ってるお前も同罪だろう」
「だ、だって……ヤシロさんの、ちょ……『ちょろりん☆』の言い方が、なんだか可愛くて……つい、面白くなってしまって……」
「『ちょろ~ん☆』」
「ぶふっ! も、もうっ、やめてくださいってば」
顔を真っ赤にするほど我慢して、ジネットは俺をぺしぺし叩く。
そうそう。そういう感じの笑いならいいんだよ。
さっきの、「ヤシロさん優し~」みたいな笑顔はどうも居心地が悪い。
なので、上書きだ。ふん。
「もう……ヤシロさんって、たまに意地悪ですよね」
「たまにか。なかなか過大評価をしているようだな」
俺は基本的に意地が悪い人間なのだ。
お前が気付いていないだけでな。
「ウーマロたちをイジメ倒しているのが見えていないようだな」
「でも、本当にみなさんが嫌がるようなことはされてませんよね」
いやいや。
二ヶ月食事無料の権利で店舗丸ごとリフォームとか、相当嫌だったと思うぞ。当時は。
今ではすっかり『無料でなんでもしてくれるマン』に変身しちまったみたいだけどな。
「じゃあ、これからイメルダを盛大にイジメにいってやろう! ……ふっふっふっ。ヤツが泣くほど手酷い交渉を持ちかけてやる……」
「ふふ。イメルダさん、災難ですね」
ちっ、全然信じてない言い方だな。
そんな態度でいると、マジでイメルダを陥れるぞ?
木こりギルドが傾いて四十二区からの撤退を余儀なくされるくらいに利益を吸い尽くして追い詰めちまうぞ!?
……まぁ、そうするだけの理由がないからしないけど。
いなくなられても困るしな。街道も作ったわけだし。
一瞬燃え上がった邪悪な感情が音もなくしぼんでいくのを感じていると、前方に木こりギルド四十二区支部が見えてきた。
10t車が牽引していそうなほど巨大な荷車を二人の木こりが曳いている。……一人5tか。非常識な筋肉どもだ。
そんな、見慣れた非常識な光景を横目で見つつ、俺たちはイメルダの屋敷へと向かった。
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