「末端冷え性、ですか?」
カンパニュラがここに来た理由(表向き)を全員に話す。
ついでに、末端冷え性の症状と、それが原因でカンパニュラがどれだけ不自由しているかを語って聞かせる。
「こんなに小さい体でそんな苦労をしているなんて……オイラ、同情しちゃうッス!」
「けど大丈夫だぞ、カンパニュラ! ヤシロがきっと治してくれるからな」
「まぁ、症状が改善するまで、四十二区でゆっくりしていくといいさね」
陽だまり亭のフロアには、カンパニュラを出迎えた陽だまり三人娘に加え、朝食を食いに来た大工どもと、俺の帰りが遅くなると大変だろうと今朝も手伝うつもりで顔を出してくれたデリアとノーマが増えている。
「「「あはぁ……かわえぇぇ……」」」
「「「モリーちゃん以来の癒やしキャラ」」」
「「「テレサたん以来のピュア萌え要素……」」」
「「「「「「通います!」」」」」
「今声を揃えた連中は当面出禁な」
目つきが危険なんだよオッサンども!
カンパニュラに何かしたら――
「デリアが『ゴン!』だからな?」
「「「誓って、悪さはいたしません!」」」
デリアの前で精霊神に誓いを立てるオッサンども。
『デリアがゴン』を喰らうと首がもげ落ちるからな。
『タンスでゴン』より『電車でゴン』より威力が高い『デリアがゴン』。うん、最凶だな。
ちなみに、現在カンパニュラはデリアの膝の上にいる。
デリアを見るや「デリア姉様」と飛びついて離れなくなったのだ。
気丈に振る舞っていても、やはり一人で知らない場所に来るのは不安だったのだろう。
今日は一日デリアと一緒にいればいい。
「カンパニュラ。なんならデリアの家に泊まるか?」
デリアのそばにいれば、妙なヤツも近付けまい。
なにせ、暴漢三人を瞬殺した『謎のお嬢様』だしな。
「それは大変魅力的な提案ですが、私は母様に『陽だまり亭でお世話になる』とお伝えして三十五区を出て参りました。母様に嘘を吐くわけには参りません」
堅い……っていうか、頑固だなこの幼女は。
「じゃあ、デリア。今日からしばらく陽だまり亭に泊まってくれないか?」
「あぁ、いいぞ! あたいもカンパニュラと一緒にいるのは楽しいからな」
「よいのですか? お仕事に支障は出ませんか?」
「そんなもん気にすんなよ。あたいが一緒にいたいんだ。カンパニュラはあたいと一緒は嫌か?」
「嫌ではないです! 嬉しいです! ……ただ、甘え過ぎてしまいそうで、少し不安ではあります」
「あはは! 甘えりゃいいんだよ。ヤシロが言ってたぞ、えっと……『張ってる胸はAでもつつけ』だっけ?」
「『立ってる者は親でも使え』かな!?」
めっちゃ間違ってるし、今この状況には適してないけども!?
「いや、ヤシロならデリアが言った方を言ってそうだけど?」
「イメージで決めつけんじゃねぇよ。言ってねぇよ、……たぶん」
「言い切れるほどの自信はなかったですか、お兄ちゃん!?」
「……そして、たぶんヤシロは言っている」
そんな信頼はいらん。
だが……たぶんどっかで言ってそうな気がする。
「デリア姉様、言葉の意味が難しくて分かりません」
「つまりな、甘えられる相手には甘えていいってことだ」
「よいのですか?」
「あぁ。あたいだってヤシロやノーマにはよく甘えてるしな」
「……ホント、勘弁してほしいさね」
誰よりも甘えられているのであろうノーマの顔が渋い。
劇画タッチに見えるよ、今のその表情!
どんだけ苦労強いられてたんだ、ノーマ。
今度クレームブリュレでも作ってご馳走してやるよ。
「でもな、甘えてばかりいるとダメな大人になっちまうから、甘えた後は頑張るんだぞ」
「頑張る、ですか?」
「あぁ。すげぇ頑張って、誰かの役に立つことをするんだ。で、すげぇ頑張った後はまた誰かに甘えさせてもらってもいいんだ」
「また、ですか?」
「そうだぞ。そうすれば、いつまでもずっとずっと頑張れるだろ? こういうのをな『アメとチョコ』って言うんだぞ」
「ムチさね」
ノーマ、さすがのツッコミ速度。
どっちも甘いじゃねぇか、デリア。それじゃダメ人間が量産されちまう。
「アメとムチ……ですか」
方々から次々もたらされる会話をきちんと理解して、その中から正解を導き出す。
なかなか高度なことを普通にやってのける。
それは貴族の血がさせていることなのか、ルピナスの教育の賜か……
「ただ、アメとムチの使い方もちょっと違うけどな」
「違うのですか?」
「それは集団を統率する時や個人を制御する際に使うんだ。あんま自分には使わない」
自分にアメとムチを使えば、知らずアメばかりが多くなる。
人間なんてそんなもんだしな。
「でも、頑張った後にご褒美があるのは問題ない。頑張る時と甘える時、公私をきっちりと分けて無理のない範囲で努力を続けるのはいいことだ」
「はい。私に出来るか不安ですが、頑張ってみます」
素直な返事を寄越してくるカンパニュラ。
こりゃあ、頑張り過ぎないようにこっちが目を光らせていてやらないとなぁ。
ジネットに視線を送っておく。
「適度に息抜きをさせてやってくれ」と、そんな言葉を込めて。
理解してくれたのか、ジネットはくすりと笑い、ゆっくりと頷いた。
「で、本来の目的だが――」
そして、話しておくべき連中には真実を話しておく。
カンパニュラがウィシャート家の血を引く者であること。
ベックマンという、ウィシャート家に関係のある者との接触があったこと。
カンパニュラにウィシャートの毒牙が伸びかねないことと、過去にカンパニュラがされた仕打ちを、簡潔にまとめて伝えた。
「……許せねぇ、ウィシャート」
デリアの全身から夥しい怒気が放出される。
デリアが二回りほど巨大化したのかと、一瞬目を疑ったほどだ。
「ちょいと、一服してくるさね」
ノーマが立ち上がり表へ出ていく。
相当怒っているようで、ドア付近のテーブルにいた大工がノーマの顔を見て「ひっ!」と身をすくめていた。
一服して気分を落ち着けてくるのだろう。
「……店長、少し外出する。…………至急、メドラママとアルヴァロに伝達してくる。カンパニュラの保護は最優先と」
マグダがエプロンを脱いで出かけていった。
そしてロレッタは――
「大丈夫ですよ。ここにいれば絶対安全です。あたしがちゃんと守ってあげるです」
――カンパニュラをぎゅっと抱きしめた。
幼い妹が怖がっている時によくやっている行動だ。
妹たちは、ロレッタに抱きしめられるとすごく落ち着くらしい。
「あたしのこと、お姉ちゃんだと思って、存分に甘えていいですよ」
「よろしいのですか?」
「もちろんです! あたしは長女ですから。たくさんいる弟妹を全員守るのが長女の役目です。一人増えたって、全然問題ないですよ」
幼い子が無条件で懐きそうな柔らかい笑顔でカンパニュラの頭を撫でる。
だが、その背中は確実に怒っていた。
カンパニュラには見せない場所で、ロレッタも激しく怒っている。
今回ばかりは、俺が激甘な裁定を下しても、周りがそれを許さないかもしれないな。
……もっとも、こいつらに血生臭いものは見せたくないし、そんなもんに関わらせるつもりもない。
ただ、目に見える形できっちりと落とし前をつけさせなきゃいけないだろう。
「棟梁、なんの話だったんです?」
「お前らはバカみたいに大騒ぎするから聞かなくていいんッス! この娘のこと、しっかり見守ってやるッスよ!」
「「「喜んで! いや、喜び過ぎて!」」」
「やっぱお前らは近付くなッス!」
ウーマロには詳細を伝えたが、大工には伏せた。
ウーマロの言う通り、あいつら馬鹿だから大騒ぎするしな。
「カンパニュラさん」
ロレッタの腕の中にいるカンパニュラの顔を、ジネットが覗き込む。
「楽しいことをたくさん経験して、ご両親にいっぱい話してあげましょうね」
「はい。きっと、自慢話がたくさん出来ると思います」
不穏な空気が漂うからこそ、カンパニュラには楽しいことを経験させてやりたい。
それは、もしかしたら何よりもカンパニュラを守ることに繋がるかもしれない。
心を強く育ててやれば、大人になった時にきちんと自分というものを持っていられる。
その強さは、カンパニュラ自身を守る何よりの武器になるだろう。
「ただし、遊んでばかりじゃダメだぞ。お前は行儀見習いに来たんだからな」
「はい、ヤーくん。ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」
……っていうか、カンパニュラよりも、もっと教育しなきゃいけないヤツが山のようにいるんだけどなぁ、四十二区には。
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