「絶対イヤさねっ!」
ノーマが駄々をこねている。
「そう言うなよ。お前リーダーだろ?」
「好きでリーダーになったわけじゃないさねっ!」
「ぁの……でも、新しい服、かわいい、よ?」
「確かに……確かに可愛いさね……けど……っ」
「……ノーマが着れば、この可愛さも卑猥さに変換される」
「それは褒めたつもりかい、マグダ!?」
「年齢とのギャップにグッとくるですっ!」
「よぉし、ロレッタ! よく言ったさね! 拳で語り合おうじゃないかぃ!?」
「もう、やめなさいよ。二人とも!」
「そうだよ! あたしたちは、歌の練習もしなきゃいけないんだからね!」
「その歌がイヤなんさよっ!」
イヤだイヤだと暴れるノーマに、ネフェリーとパウラが苦言を呈するも……効果はないようだ。
今現在、ここにはノーマ、デリア、ミリィ、マグダ、ロレッタ、ネフェリーにパウラが揃っている。
木こりギルド四十二区支部の完成お披露目パーティーぶりに再結成した、アイドル・マイスターのメンバーだ。
マイスター(特殊な技術を有する職人)のアイドルであって、決して何かのパクりではない。オリジナリティ溢れる四十二区のアイドルたちだ。
で、何が原因でこんなことになっているのかというと……
「なんでアタシが、年下の結婚を祝って歌を歌わなきゃなんないんさねっ!?」
年上独り身女の怨嗟だ。
祝ってやれよ。仲間だろう?
「でもね、ぁの……今回の歌はね、てんとうむしさんが作ったんだよ? ぇっと……さくしさっきょく……とかぃうのしたんだって。ね?」
ミリィが確認のために俺へ視線を向ける。
いかにも!
今回の曲はプロデュースドbyオオバ・ヤシロなのだ。
各ギルドに伝わっているズンドコズンドコした歌は、俺の思い描く結婚式にはそぐわない。
なので、俺自らが相応しい曲を書き下ろしてやったのだ。
「……いくつもの没作品を踏み越えて、ようやく完成した一曲」
「ホント……あの没作品は酷いもんだったです」
俺の作った曲をことごとく没にしたマグダとロレッタ。こいつらに加えて、今はいないがジネットとエステラも嬉々として人の作った歌を没にしやがった。
ったく。制作者の苦労も知らずに、横から口を挟みやがって…………
「没になったのはどんな歌だったんだ?」
「……『結婚すると揉み放題』『毎晩楽しくおっぱいルンバ』『部屋とYシャツとボイン』などなど」
「ぁう……それは、結婚式じゃ、歌えない……よね?」
「結婚式じゃなくても歌いたくないわね」
「まったく……ヤシロは…………」
ミリィとネフェリーとパウラから、冷ややかな視線が送られてくる。
なんだよなんだよ。結婚の一番のメリットって揉み放題だろ!?
ケータイだって、パケ放題とか好きじゃねぇかよ!
家族割りみたいなもんだよ。家族限定の特典だな、うん。
「お前たちには難しいかもしれんが、歌詞ってのは秀逸な比喩表現が活きるんだよ。つまりは、揉み放題を通して家族を持つことの素晴らしさをだな……」
「そんなことより、ノーマさんを説得するです!」
おいロレッタ。
俺のありがたい解説を『そんなこと』呼ばわりすんじゃねぇよ。
頬袋に甘酒をパンパンになるまで流し込むぞ。
ファーストキスは甘酒の味。って、微妙な顔されろ。
………………その前に、そんな不届きなヤツは俺が許さん。
結婚するまで禁止だ禁止っ!
…………ロレッタも結婚したら揉まれ放題なのかっ!?
「ロレッタ、エロい!」
「なんでですか!? 急にビックリするです!?」
くっそぉ……成人したくらいじゃ結婚なんか認めないからな。
最低でも、俺を納得させられるヤツでなければ接触は禁止だ!
お兄ちゃん権限で!
「ヤシロが、分かりやすく拗らせてるみたいねぇ」
「なんだかんだ、大切にされてるよね、ロレッタも」
ネフェリーとパウラのイマドキ女子コンビがよく分からんことを言い合っている。
なに言ってんだよ、まったく。
ダメに決まってんだろ。当たり前じゃねぇか。
証拠だって示せるぞ。
「なぁ、ノーマ。もし今ロレッタが『あたしも明日結婚するです』とか言い出したらどうする?」
「この前一緒に陽だまり亭に泊まった時の、とても男子には言えない、聞けば百年の恋も冷めるような恥ずかしい秘密を暴露してぶっ潰してやるさね」
「ちょっ!? なに言ってるですか!? そのことはもう忘れてですっ! いないです! そんな相手いないですから、あたし!」
ほら見ろ。
反対者が俺以外にもいるじゃねぇか。
これはもはや世論を形成したと言っても過言ではないのだ。
……つか、ロレッタ。お前、何したんだよ?
「ノーマはちょっと過剰にアレなだけだよねぇ」
「なんだいネフェリー!? 『アレ』ってなんさね!? はっきり言ってもらおうじゃないかぃ!?」
「まぁまぁ。そう興奮しないで。パウラだったら、ちゃんと祝福してあげるよね、ロレッタの結婚」
「潰すわね」
「パウラさん、目がマジです!?」
「あたしより先に幸せになろうなんて十年早いし、絶対認めない。……もしそんな話が持ち上がったら、ウチで働いていた時の、家族にも聞かせられない痴態の数々を大通りの掲示板に張り出してやるわ」
「ちょぉーっと! なに恐ろしいこと言い出してるですか!? ないですから! そんな相手、影も形もないですから!」
「あぁ……パウラも、『ソッチ』側なんだ……」
ネフェリーの口元が歪む。クチバシなのに、器用なヤツだ。
……で、ロレッタ。お前はこれまで何をしでかしてきたんだよ、マジで?
「……マグダは、そのどれよりもすごい秘密を握っている」
「むゎぁあああっ! マグダっちょのは本気でシャレにならないからやめてですっ!」
……だから、ロレッタよ。お前は一体何を…………
「うん。まだまだ嫁には行きそうもないな」
「うんうん。いいことね」
「こういうのは順番が大切さね」
「なに満足げな顔してるですかお兄ちゃん、パウラさん、ノーマさん!?」
ロレッタの尊い犠牲により、ノーマの機嫌が幾分戻ったようだ。
お前の大火傷は無駄にしないぞ。
「ノーマ。こんなロレッタですらウェンディを祝ってやろうって頑張ってるんだぞ」
「そうさねぇ……こんなロレッタでさえ頑張ってるんなら、アタシもわがまま言えないさね」
「こんなロレッタが役に立ったわね」
「なんか酷いです、お兄ちゃんもノーマさんもパウラさんもっ!」
こんなロレッタのおかげで、アイドル・マイスターは無事再結成できそうだ。
「しかし、今回の衣装はまた…………ウクリネス、頑張ったさねぇ」
「ウェディングドレスの合間に、嬉々として作ってたらしいぞ」
「ぁのね、前にうくりねすさん、『のーまさんにお洋服着せるのがたのしい』って言ってたよ?」
「なんさね、ウクリネスのヤツ。アタシは着せ替え人形じゃないさよ」
「……そしてその後でヤシロは、『俺は脱がせる方が楽しいけどな。ぐっへっへっへっ』と」
「『ぐっへっへっへっ』は言ってないよな、俺!?」
「……『脱がせる方が楽しい』は言ったんかぃね…………まったく、ヤシロは」
おかしい。
身の潔白を証明しようとして逆に立場を悪くしてしまった。
正直者がバカを見る世界はやるせねぇよな。
「それじゃあ、ノーマもやる気になったみたいだし、練習を始めましょうよ」
ネフェリーが話をまとめる。
こいつは早く歌を歌いたいって顔をしている。
ホント、こういうの好きなんだな。日本にいれば、アイドルのオーディションくらいは受けていたかもしれないな。…………まぁ、書類審査の段階で審査員が驚愕するだろうけどな。『鶏ぃ!?』って。
「よし、それじゃあノーマ。手伝ってやるからさっさと着替えちまえよ」
「それじゃあ、着替えるから誰かヤシロを取り押さえといておくれでないかぃ?」
なぜだ!?
折角人が親切にっ!
「ヤシロ……『なぜだ』みたいな顔しないの」
「当たり前じゃない……バカ」
ネフェリーとパウラにがっしりと両腕を拘束される。
……くっ! かくもこの世は不条理なものよ……っ!
こうして、木こりギルド四十二区支部のそばに建つ、旧・木こりギルド四十二区支部完成記念パーティー実行委員会館――現・多目的会議館にてアイドル・マイスターの新曲練習は始まった。
「ところで、ジネットは?」
ノーマを待つ間、ネフェリーが世間話を持ちかけてくる。
「披露宴の料理を練習してるよ」
「ジネットが考えたの?」
「いや。俺とエステラ、あとベルティーナとルシアとデミリー、リカルドで大まかなメニューを決めたんだ」
「なに、その濃いメンバー……」
領主連中は式典やパーティーについて少なくない知識を有しているので参考にさせてもらったのだ。
ベルティーナは呼んでないのに、いつの間にかいた。
俺が大筋のメニューを提案して、そこへジネットが細かなアイディアを追加していった感じだ。
珍しくジネットが率先して意見を述べていた。
シラハのところでアゲハチョウ人族と過ごし、何か感じることでもあったのだろうか。
もとより、料理に関しては人一倍強い思い入れのあるジネットだ。今回の料理にも並々ならぬ情熱を注いでいるようだ。
「すごい料理になりそうね」
「あぁ。期待しておけよ」
ここ最近、ベルティーナの機嫌がすこぶるいいのも、その料理のおかげだからな。
ベルティーナの通常移動手段が歩行ではなくスキップになっているのだ。そこからも料理の美味さが分かるというものだ。
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