「まずは手始めに、鱗粉と光の粉を一対一の割合で混ぜ合わせてみようか」
適当に、心の赴くままに、鉄桶の中に鱗粉を入れていく。
最初だからな。適当な量で様子見だ。
「ヤシロ。分量計らなくていいの?」
「大丈夫だ。さっき一回火をつけて、おおよその予測はついている。俺の感覚を信用しろって」
「まったく信用できん根拠だな」
「ルシア……お前今日、頑張って寄せて上げてきただろう? 前回よりトップが2ミリ高い」
「バケモノか、貴様っ!? 目視でそんな誤差を見抜くな!」
「一目見た時から『気合い入ってるなぁ』って思ってたぞ」
「思うな! 入っておらんわ!」
「……さすがというか…………ヤシロの感覚って、気持ち悪いくらいに正確だよね」
「おっぱいに関しては、やけどな……」
全員が納得したところで、俺はセロンに光の粉を投入させる。
こっちも目分量でいいだろう。
ザバザバザバ…………はい、ストップ!
「あとは火の粉を適当に…………よし、レジーナ。着火してくれ」
「自分でやりぃや!」
「ヤダよ、怖いもん!」
「自分の感覚を信じろっちゅうとったやろが!?」
薬剤師のくせにヘタレなヤツだ!
まぁ、そんな大量に入れたわけでもないし……
「しょうがねぇな。んじゃ、火つけるぞ」
荒縄に火をつけて火種とし、鉄桶に放り込む。
刹那――
大・爆・発。
「なにしとんねん、じぶーーーーーーーーーーんっ!?」
「火! 火を消さなきゃ!」
「限度を弁えろ、カタクチイワシッ!?」
浴びせられる罵詈。叩きつけられる雑言。
それらすべてを、俺はほとんど聞いていなかった。
…………ビ、ビビッたぁ……
「あかん! もう室内での実験は禁止や! 外でやってんか!」
「火事にならなくて、ホントよかったよ」
「惨事を撒き散らすな、カタクチイワシッ! 私は、こんな虫人族もいないような場所で死ぬのは御免だぞ」
ミリィやウェンディがいたら満足なのかよ。
もっと強く生きろよ。
「すげぇ火柱だったな……レジーナ、薬は大丈夫か?」
「まぁ、ちょっと散らかったけど……被害はないで」
「そうか。悪かったな」
「まぁ……今の爆発はウチの予想もはるかに超えてたさかい……しゃーないわな」
そう。
まさに想像以上だった。
鱗粉と火の粉を燃やした時の火の大きさを考慮して分量を決めたのだが、そこに光の粉を混ぜたことでこちらの予想をはるかに超える爆発が起きてしまった。
化学反応でも起こしたのだろうか?
「しかし……この規模の爆発は誰にも想像できんか…………オルキオの屋敷を爆破した貴族も、こんな気持ちだったのかもしれんな」
軽く火を放ちボヤ騒ぎでも……と思った結果、大爆発。
その瞬間、一番胆を冷やしたのは火を放った本人かもしれない。まぁ、同情は出来ないけどな。
「この威力を皆に周知できれば、件の事故も見方が変わるかもしれん」
「まぁ、それもそうなんだが……」
威力を知らしめるためにこんなことをするわけじゃない。
まして、恐怖心を植えつけるためなどでは絶対ない。
知識としてきちんと理解してほしいという側面はある。
だがそれ以上に……
「この花火は、とても素晴らしいものでなければいけない」
「結婚式とやらを盛り上げるために、だろう?」
「それもそうだが」
火薬を生み出すのではなく、この鱗粉を活用する意味がそこにあるのだ。
このよく燃える鱗粉を使用して美しく素晴らしいものを生み出し、それを認めさせなければ……
「ちゃんとそれがいいもんだって広報しなけりゃ……虫人族が危険だって、間違った認識が広がっちまうだろう?」
「あ……」
オルキオの屋敷が爆破されたのはアゲハチョウ人族の鱗粉が原因だ……なんて、そんな噂が広まれば、不当に虫人族を差別視する者が出てきかねない。それじゃ逆効果だ。
「実際、ウェンディも自分の鱗粉がよく燃えることを知って少なからずショックを受けていたしな」
親子げんかでスパークを起こした原因を教えてやった際、表面上は取り繕っていたが、顔は真っ青だった。
そりゃ怖いだろう。
「恐怖とは、得体が知れないから生み出されてしまうものだ。だったら、正体を明かしてやればいい。正しい対処の仕方を教え、有効的な使い方を示してやれば、恐怖なんか抱く必要はなくなる」
日本において、ガソリンを必要以上に怖がる人間はそういない。
正しい取り扱い方が周知され、ガソリンの有用性を多くの者が知っているからだ。
「『お前らの鱗粉は、こんなにも素晴らしいものを生み出せるんだ』って、言ってやりたいじゃねぇか」
少なからず、それで傷付いたヤツがいるならよ。
シラハとウェンディには、綺麗な花火を見せてやりたい。そう思う。
「…………カタクチイワシ……」
「うん。そうだね。綺麗な花火を見せてあげたいよね。ね、ルシアさん」
「え……あ、あぁっ、そうだな」
エステラに背を叩かれ、ルシアがはっとした顔を見せる。
そして、心の中の、正義感とか使命感とか、そういう表に見せるのは恥ずかしくて躊躇われるような感情をくすぐられたみたいな顔へと変化していく。
「私も全面協力をしてやろう。どうせ、もっと大量の鱗粉が必要なのだろう? 集めてやるさ」
「それはありがたいな。だったら、アゲハチョウ人族たちチョウチョ系の連中と……」
もう一つの懸案事項も、ここいらで解決させておく。
「ヤママユガ人族たちガ系の連中を集めて鱗粉を採取してくれ」
「チョウとガを、集める?」
「あぁ。仲良く働いて、手柄を山分けだ。それから、追々他の虫人族たちにもいろいろ頼みごとをすると思うから、その根回しも頼む」
特に、カブトムシ人族とクワガタ人族にな。
かつて、ウェンディはチョウチョと同じように花と戯れたいと言っていた。
ウェンディの母バレリアは、『亜種のアゲハチョウ人族でさえ』という発言をしたこともある。
ヤママユガ人族は、アゲハチョウ人族に対して気後れをし、自分たちはそれよりも下位の存在だと思い込んでいる。
その思い込みから断ち切ってやらないと、差別なんてなくならない。
自分は差別される人間なんだという思い込みをなくす。それが第一歩なのだ。
「虫人族が一丸となって、他人種をあっと言わせてやる。そういう、ポジティブな催し物にしたいんだよ、今回の一件は」
それが、虫人族の誇りになってくれればいい。
それで付け上がるようなヤツはいないだろう。
誰が上で誰が下とか、そういうことじゃないんだ。
特技を持ってるヤツがすげぇって言われる。そんな単純なことでいいんだ。
「『自分なんかどうせ』なんてやさぐれた連中の目を覚まさせてやる。その協力をしてほしい」
「お前は、器の広い男なのだな。カタクチイワシ…………いや」
ルシアの目の色が変わる。
俺を見る目が、少しは改善されたのかもしれない。
「マルボシメザシ」
「グレード上がったのかどうなのかよく分からんわ!」
「アジノヒラキ」
「もうカタクチイワシでいいよ! ちょっと慣れ親しんじゃってる部分もあるし!」
どっちにしても、死んだ魚みたいな目をしてるってことなんだろ、どうせ!
「多少は見直してやったというのに……理解に苦しむな」
「お前の比喩表現の方が理解しにくいわ」
「だってほら、ルシアさんは海漁で栄えた三十五区の領主だからさ」
そんなフォローはいらん! いらんのだ、エステラよっ!
「まぁまぁ。えぇやないの。結構可愛いあだ名やん、『カタチチシャブリ』」
「カタクチイワシだよ! なんでもかんでも卑猥な方向へ持っていくな! そしてルシア、『また、貴様は……』みたいな顔すんな! 俺、被害者だから!」
ここにはアホしかいないのかと辟易していると、なんだかとてつもなく爽やかな笑みを浮かべたセロンが俺の前へと飛び出してきた。
そして、俺の両手をしっかりと握りしめる。
……やめろ。男にやられてもちっとも嬉しくない。
「英雄様……」
「……んだよ」
「感激です」
「……だから、何がだよ」
「ウェンディのことを、そこまで考えていてくださったなんて…………改めて、英雄様のお優しさに涙がっ、涙が止まりませんっ!」
やめろ! 泣くな!
この至近距離で男に泣かれるとか、罰ゲームでしかないから!
つか、お前は日に日に言葉が丁寧になっていくな!?
昔はもっとフランクに話してたろうに!
敬うな、俺を! 煩わしい!
「英雄様のためにも、僕はウェンディと幸せになりますっ! 今まで以上に、場所も弁えずイチャイチャしますっ!」
「よぉし、ならば俺がぶち壊してやろう」
「君は二人に幸せな結婚式を挙げさせたいんじゃないのかい?」
「最高に幸せな結婚式の後にぶち壊すっ!」
「なんだい、その二度手間は……目的が分からないよ」
うっさい!
俺の前でイチャコラするヤツは問答無用でギルティなのだ。
爆ぜればいい。男の方だけ。
「器が広いと思ったのだが……底は浅いのだな、カタクチイワシよ」
はっはっはぁ~っ、ま~た蔑まれちまったよ。ふんっ!
「懐の深さで言えば、陽だまり亭の店長はんがナンバーワンやろうなぁ。……物理的に」
確かに、ジネットの谷間は他の誰よりも深さがあるけどもっ! いいから黙ってろ、破廉恥薬剤師。
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