異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

159話 解決、ご褒美、そして…… -3-

公開日時: 2021年3月14日(日) 20:01
文字数:2,471

「美味しいですねぇ」

「……美味」

「あたし、初めて食べたです!」

 

 陽だまり亭の面々が幸せ満開の表情で、生のビワを堪能している。

 ケーキの前に素材の味を知ってもらおうと、一つずつ渡したのだ。

 

 気に入ったのなら、今後定期的にミリィからもらってもいいかもしれない。

 アッスントを間に入れれば、購入することも可能だろう。

 

「これをタルトにするんですか?」

「あぁ。ビワをコンポートにして、載せようと思う」

 

 生で食うのも美味いのだが、コンポートにすると甘さに説得力というか、迫力が生まれる。

 

「それじゃあ、今から準備するから……、ジネット、手伝ってくれ」

「はい」

「それから、マグダとロレッタ」

「……なに」

「なんでも言ってです!」

 

 意気込む二人に、重要な任務を申しつける。

 客席を指さして――

 

「ヤシロ! もう出来たか、ケーキ!? まだか!? もう出来るか!?」

「うふふ。楽しみですねぇ、新しいタルト。うふふふ…………じゅるり」

「気の早いデリアとベルティーナを押さえておいてくれ」

 

 デリアはあの後すぐにやって来るし、なんでかその後ろからベルティーナが付いてくるし……こいつらにビワを渡したら、一瞬で食い尽くされちまうだろうな。なんとしても押さえ込まねば!

 

「んじゃ、よろしくな」

「むむむ……なんとも難易度の高い任務です。下手をすると命の危険まであるです」

「……最悪の場合、拳で分からせる」

 

 物騒だな、おい。

 

 俺は、ロレッタに出来立てのポップコーンを渡し、トンッと背中を押して……飢えた獣(デリア&ベルティーナ)の前へと差し出した。

 

「にょはぁぁああっ!? お兄ちゃん、なんてことを…………にゃはぁああっ!? 獣がっ、飢えた獣が、襲いかかってくるですぅぅう!」

「「甘い物っ! がるるるぅ!」」

 

 飢えた獣にもみくちゃにされるロレッタを見ながら、俺はマグダにそっとビワを渡す。

 

「……これは?」

「頑張ったから、一個おまけだ」

「…………特別扱い」

「おう。頑張ったからな」

「……なら、また頑張る」

 

 マグダの尻尾が俺の足にまとわりつき、そっと離れていく。

 喜んでくれたようで何よりだ。

 

「じゃ、急いで作るか」

「はい。わたしも楽しみです」

 

 ビワを持って厨房へ入る。

 ジネットはすでにタルトをマスターしているから、タルト生地とカスタードクリームを任せる。

 その間に俺はビワのコンポートを作る。

 ビワを半分に切り、膨らんだ方から皮を剥くと一気につるんと剥ける。あとは種を周りの渋皮ごと取り除く。スプーンを使えば渋皮も簡単に剥ける。

 

「楽しそうですね」

「やってみるか?」

「はいっ!」

 

 やり方とちょっとしたコツを教えて、ジネットにビワを渡す。

 ビワはすぐに酸化して変色するから、剥いた物から順にレモン水へと投入していく。

 ジネットはすぐにコツを掴み、あっという間にすべてのビワが剥けた。

 

 ここからは分業だ。

 急がないと、外には獣がいるからな。

 

 水と砂糖、それからちょっとだけ白ワインを入れてビワのコンポートを作る。

 

「水。なんとかなりそうでよかったですね」

 

 作業をしながら、ジネットがそんなことを呟く。

 

「水がなければ、コンポートも作れませんからね」

「確かに、水がない時にコンポートなんか作ってる場合じゃないよな」

 

 飲み水も危うい状況でコンポートとか作り始めたら暴動が起こるな。

 いや、デリアとベルティーナがいればコンポート派が勝つかもしれないか?

 

 そんな、くだらない想像をしながらも作業は進み……タルトは焼き上がる。

 つやつやと美しく輝くビワが整然と並べられた、目にも楽しいビワのタルトだ。

 

 切り分けて持っていくと――

 

「はぁ……はぁ……なかなかやるな、ロレッタ……」

「デ……デリアさんこそ……さすがに手強かったです……」

 

 フロアでデリアとロレッタがぐったりとしていた。

 ……何やってたんだよ、お前らは。

 

「こんにちはぁ~」

「いらっしゃいませ、ミリィさん」

 

 タイミングよくミリィがやって来て、ビワのタルトの試食会――という名のお茶会が開かれる。

 ビワのタルトは、ここ数日の苦労や苦悩を労うかのような甘さで、あっという間に食べ尽くされてしまった。こりゃあ、陽だまり亭に並ぶのも時間の問題だな。

 

「ヤシロ、おかわり!」

「ねぇよ」

「そこをなんとか!」

「無茶言うな!」

「ヤシロさん……人間には、不可能なんてないんですよ」

「もっともらしいこと言ってもねぇもんはねぇの!」

「ぁの、でりあさん、しすたー……またビワ、持ってくるから、また今度、ね?」

 

 ミリィがデリアとベルティーナを宥め、マグダとロレッタが空いた皿を片付け始め、ジネットがお茶のおかわりを持ってきた頃……ふと、窓を叩く音がした。

 ぽつぽつと、小さな音が。

 

「あ……」

 

 ティーポットを手に持ったまま、ジネットが窓際へと歩いていく。

 

「雨が降ってきました」

 

 その声は少し嬉しそうで。

 そして、こちらを振り向いた笑顔は楽しそうで。

 

 なんとなく、俺は事態の収束を感じていた。

 まとまった雨さえ降れば、また四十二区は元の平穏を取り戻すだろう。

 徐々に雨脚を強めていく雨の音を聞きながら、そんなことを考えていた。

 

 

 

 

 あれから二日間、雨は降り続いた。

 雨量もかなりのもので、陽だまり亭は久しぶりに暇を持て余していた。

 横殴りの雨が降りしきり、世界がびしょ濡れになっていく。

 

 これまでの分を取り戻すかのように荒れ狂う空模様に、それでも笑顔になってしまうのは、あの水不足が解消されるだろうという思いからだろう。

 この程度ではまだ足りない。けれど、降らないよりは全然いい。

 叩きつけるような雨音は騒がしくも、世界を静かに包み込んでいる。そんな気にさせてくれる。

 人の少ない陽だまり亭で、俺たちはのんびりとした時間を過ごしていた。

 

 

 

 

 翌日舞い込んでくる騒動のことなど、知りもしないで。

 

 

 

 

 豪雨が去り、久しぶりに太陽が空に顔を出したその日の早朝、デリアが陽だまり亭に飛び込んできた。

 

「大変だ、ヤシロ! 川が……」

「どうした? 大雨のせいで今度は氾濫でもしたのか?」

「違う! そうじゃないんだ!」

 

 その後もたらされた言葉を、俺はすぐに理解することが出来なかった。

 

「川の水が、全然流れてこないんだ!」

 

 

 …………は?

 

 

 

 

 

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