異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

102話 虫 -1-

公開日時: 2021年1月8日(金) 20:01
文字数:3,481

「虫?」

「せや。悪い虫がおるみたいやで~」

 

 置き薬を追加しに陽だまり亭へとやって来たレジーナ。……つか、こいつは本当に猛暑期と豪雪期には一切外に出なかったらしい。

 

 そんなレジーナが、大通り付近で噂になっている話を教えてくれた。

 

「カンタルチカってあるやろ? ほら、あの小尻のぷりんっとしたイヌ耳店員のおる」

「もっと他に表現方法はなかったものか」

「推定Dカップのイヌ耳店員」

「もう店員の説明になってんじゃねぇかよ」

 

 こいつから情報を聞き出すのは一苦労だ。面白いと思った方向へワザと舵を切りやがる。

 会話に飢えてるんなら友達でも作れよな。

 

「んでな、そのカンタルチカがちょ~っと、やらかしてもうたらしいんや」

「やらかしたって……虫、か?」

「せやねん。お客さんに出した料理ん中に、でっかい虫が入ってたんやって」

「何にだ?」

「ハンバーグらしいわ」

「……うわぁ…………」

「たぶん、手でこねてる間に紛れ込んでもうたんやろうなぁ」

 

 ハンバーグのタネを放置して厨房を離れれば、もしかしたら虫が混入してしまうかもしれない。

 

 つか、ハンバーグって俺が教えてやったんだっけ? 

 カンタルチカの肉はいい肉だからな。切れっパシでも使い方ひとつでご馳走になる。

 祭りの時に陽だまり亭で教えてやった気がする。……余計なことをしちまったかもな。

 

「……落ち込んでたか?」

「おっぱいか? 逆にちょっと育ってたような気が……」

「真面目に聞いてんだよ」

「ほなら、真面目に……、ワンサイズとはいかへんけど、ハーフサイズくらいは大きくなってたはずやで」

「それじゃねぇよ、俺が真剣に聞きたい情報!」

 

 何を真剣にパウラのおっぱい成長記録を語ってんだ。

 で、ちょっとだけ興味あるわ! あとで詳しく聞かせてくれ。

 

「さすがに、ちょっと元気なかったみたいやね」

「そうか……」

「まぁ、自分も気ぃ付けや。いろんなエロいもん触って料理したりしたらアカンで?」

「するかっ!」

 

 ウチの食堂は衛生面完璧だから!

 小さい虫とか入り込んできてもマグダが瞬殺してるから!

 ちょいちょい『赤モヤ』出しちゃってお腹空かせちゃうけどもね!

 

「しかし、ちょっと気になるな」

「Dカップか?」

「それもだけど! 虫の話!」

 

 そういうトラブルは噂になって、後々まで尾を引くからな。

 

「ちょっと見に行ってみるか」

「Dカップか?」

「学習能力ないの!?」

 

 アホのレジーナを放置して、俺はカンタルチカへと向かった。

 ……やっぱ、ハンバーグを教えちまったから、ちょっと責任を感じてしまう。

 

「お~い、パウラはい………………る、な……」

 

 カンタルチカに入ると、ずどぉ~~~んと落ち込んだパウラが床に蹲っていた。

 虫問題のせいなんだろうか……カンタルチカは臨時休業していた。

 

「おい、パウラ……大丈夫か?」

「……………………あ、ヤシロ……」

 

 膝を抱えていたパウラが顔を上げる。

 …………酷い顔だ。まぶたが真っ赤に腫れあがり、目の下にはくっきりとクマが出来ている。

 泣き過ぎた上に寝てないのか……分かりやすいな。耳も尻尾もぺた~んとしている。

 

「聞いたぞ。大変だったな」

「……あたし、もうお店やめる」

「おいおいおい! ちょっと待てよ!」

 

 お前、今確実にオーナー(父親)の意見聞かずに発言したろ!?

 しかもその発言、結構な効力発揮する重い一言だよな!?

 

「確かにミスはあったかもしれん! だが、ミスなんか誰でもする! 大事なのは、同じ過ちを二度と繰り返さないことだ!」

「…………でも…………虫……とか…………あたし………………飲食店失格だよ…………」

「とりあえず、『お前が』飲食店みたいなことになってるから、落ち着けな」

 

 パウラの隣にしゃがみ込み、パウラの頭を撫でる。

 …………この際、イヌ耳をもふもふするのはきっとダメなんだろうな。耳に触れないように注意を払わねば。

 

「…………お客さんの信用……失っちゃった…………」

「なら、取り戻せばいい」

「………………出来るの、そんなこと?」

「当たり前だろうが……」

 

 すげぇ、難しいけどな。

 

「陽だまり亭を見ろよ。祖父さんがいなくなってからいろいろ行き届かなくなって、最近までは客が全然来なくなっていたろ? けど、盛り返した。努力は、ちゃんと人に伝わるんだ」

 

 俺が努力の尊さを説くようになるなんてな……

 努力はして当たり前。その後についてくる結果こそがすべて! 努力に価値などない!

 ……と、本当は言いたい。だが、今のパウラにそれは酷だ。まずは、今自分が出来ることに目を向けさせ、それが決して無駄ではないと自信を持たせてやらなければ……こいつは本当に店をやめちまうかもしれない。

 

 努力は尊い。努力は報われる。努力ってカッコいいよねっ!

 …………自分を騙すのって、つれぇ…………

 

「とにかく、今から、この瞬間から努力を始めてみようぜ! な!」

 

 努力は尊いーーーー!

 ……つか俺、今めっちゃ努力してね? 褒めてくれよ、誰か。

 

「……あたし……何すればいい、かな?」

「とりあえずは再発の防止だな。つらいだろうが、起こった事実と向き合って、なぜそんなことが起こってしまったのか、原因を究明するんだ」

「原因…………分かんないよ」

「それを調べるんだよ! 厨房の中、設備、調理法、全部一個一個見直して、混入する可能性を、どんな小さなものでもピックアップしていくんだ。で、原因を突き止めたら、それを公表する」

「公表っ!?」

 

 パウラが思わずといった様子で立ち上がる。

 

「そ、そんなことしたら、ますます信用なくしちゃって、お客さん来なくなっちゃうじゃない!」

「なんで信用をなくすんだよ?」

「だって…………そんな杜撰なやり方してたのかって…………思われるかも……しんないし……」

「そんな杜撰なやり方してんのか?」

「してない! ちゃんと気を付けて、真心込めて作ってる! ……けど、虫が混入するなんて…………ちゃんと出来てなかったってことでしょ……だから、怖くて……」

「怖いのは、分かんねぇからだよ」

「…………は?」

 

 人は、未知なるものに恐怖を抱くものだ。

 

「なんで起こったか分からないから怖いんだ。なんで起こったか分からないから、また同じことが起こるんじゃないかと怯えるんだ」

「それは……そう、だけど……」

「そして、それは客も同じだ」

「お客さんも?」

 

 問題を起こした店があるとして、客が一番嫌うのは不誠実な対応なのだ。

 例えば、食中毒を出した店があったとして、「調べたけど問題なかったんで大丈夫です!」なんて開き直りをする店に、誰が行こうと思う?

 そもそも、調査した結果「分かりませんでした」「問題は見つかりませんでした」なんてのは、能力がないか、何かを隠そうとしているかのどちらかしかないのだ。

 問題があるから食中毒が起こったわけで……その調査をおざなりにやるなんてのは、客に対する裏切りだ。

 対策を立てない店は、「もう来なくて結構です」と宣伝しているようなものだ。

 

「原因を公表し、それを再発させないためにどういう対策を立てたのか、そうすることで、二度と同じ過ちは犯さないと堂々と宣言するんだ。そうしなきゃ、客は安心して飯が食えないだろうが」

「……そんなことしたら…………お客さん、減っちゃわない?」

「減る。確実に」

「……っ!?」

「だが、いなくはならない。そんで、頑張る姿を見せ続ければ、減った客は必ず戻ってくる。誠意を示せば、きっとその思いは伝わる。俺ら店側の人間に出来るのは、最善を尽くして、あとは客のことを信じるだけだ」

「……お客さんを…………信じる」

 

 悪意を持って攻撃してくるヤツは増えるだろう。

 だが、ちゃんと応援してくれる人も、少なからずいるのだ。

 

「本気で店を続けたいなら、絶対に逃げちゃダメだ! 今こそが踏ん張り時なんだ!」

「あたし…………やる! 誠意を見せて、お客さんに信じてもらえるようになるまで、絶対諦めない!」

「よし! よく言ったぞ!」

 

 ……ふぅ。

 俺の教えたハンバーグのせいで店が潰れたなんて、後味悪いなんてもんじゃないからな。

 

「あの…………こんなこと、ヤシロに言えた義理じゃないのは分かってるんだけどさ…………」

 

 もじもじと、消える間際のロウソクのような弱々しい雰囲気を纏って、パウラが俺を見つめる。

 消えてしまいそうなほど弱々しく……けれど、瞳の奥底には芯の強い輝きを持った瞳で。

 どの角度で見上げれば自分が最も可愛く見えるかを熟知したような、少々あざとい上目遣いで…………

 

「……助けて、くれない?」

「…………卑怯者」

「それは、『パウラちゃん可愛い』って褒め言葉だよね?」

 

 いけしゃーしゃーと……

 

「そんな口が叩けるならもう大丈夫だな。んじゃ、一丁気合い入れて調べ尽くすか!」

「うん!」

 

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