「ねぇ、ジネットちゃん。休憩してからでいいから、仮縫いの衣装に袖を通してね? あ、モリーちゃんも」
「あ、はい。そうですね、お待たせしては申し訳ないですね」
「仮縫い…………あの、お腹まわりは?」
「こ~んな感じで、ちゃんと空けていますよ~」
「私、もう食べるのやめます!」
「そうですね! 衣装を汚さないように、軽く汗を流しに行きましょう、モリーさん!」
「はい! マシュマロの誘惑が届かない場所へ!」
仮縫いの衣装を目の当たりにして、ジネットとモリーが連れ立って離脱していった。
この衣装をフロアに飾っておけば、モリーの間食への誘惑も断ち切れるかもしれないな。
「…………あっ」
ジネットたち、軽く汗を流すって言ってたな?
ウクリネスを待たせた状態で湯浴みをするとは思えないから、きっと井戸の水で軽く体を拭くのだろう。
井戸の水…………井戸…………井戸の中には『冷蔵庫』…………『冷蔵庫』の中には………………
「マズい!」
立ち上がり駆け出そうとした俺の目の間に、ベルティーナの笑顔があった。
「お待たせしました」
「いや、呼んでないけど?」
「ジネットにお呼ばれしたんです」
お呼ばれしなくても来るだろうが、お前は。
「これがご期待のマシュマロだ。いろんな味があるから好きに摘まんでてくれ」
俺は今、それどころじゃないんでな!
「では、お呼ばれしますね」
と、ベルティーナが近くにあった椅子に腰を下ろす。
ふっくらとしたクッションが置かれていた、アノ椅子に。
ブーブークッションが仕掛けられた、罠の上に。
「「「――っ!?」」」
俺とウーマロとグーズーヤの顔から色が消えた。
真っ青を通り越して土気色、いや、燃え尽きた後の灰の色になっていたかもしれない。
走馬燈が始まる瞬間のように、世界がスローモーションになる。
ベルティーナのお尻が徐々に、徐々にクッションに近付いていき、ふっくらしたクッションの上に全体重を載せた。
終わった……
そう思った。
だが……
「ん~! とっても不思議な食感で美味しいです」
「…………え?」
「……へ?」
「なんで……?」
何事もなかったかのように椅子に座り、マシュマロをもっちゅもっちゅ咀嚼するベルティーナ。
あれ?
不発?
空気抜けちゃってたか?
いや、でもクッションは膨らんでたし……え?
「あら? どうかしましたか?」
こてん。と、小首を傾げるベルティーナ。
異変は、本当に起こっていない。
「ちょっといいか、ベルティーナ。そのクッション」
「あっ! 申し訳ありません。座ってはいけませんでしたか?」
「いや……いけないというか……」
ベルティーナが慌てて立ち上がり、椅子からどける。
クッションは、座面の上でふっくらしている。
おかしい。
まさか、ベルティーナの体重ってメチャクチャ軽いの? 空気の圧力に負けるくらいに?
「ベルティーナって、体重なんキロ?」
「えっ!? お、教えられません! え、まさか、太りましたか、私?」
自分の頬を両手で押さえおろおろ狼狽えるベルティーナ。
そういうことじゃないんだが……いや、そういうことじゃないんだけども、そういうことを気にするなら、もうちょっと食う量を考えろよ。せめて常識の範囲内に。
じゃなくて。
一応人並みの体重があるはずのベルティーナ。
そうだよな、前に抱きかかえた時に普通の重みがあった。
けれど、不発。
ウーマロが適当に息を吹き込んだせいで壊れた……とか?
そんな複雑な機構はしてないんだが……
試しに、自分で座ってみる。
ぶばぼぉおううぅ!
盛大に鳴り響いた。
大放屁だ。
森の中でかましたら野生の鳥が墜落してきそうな悪臭を想起させる盛大な放屁音が轟いた。
やっぱり壊れてない。
どこもおかしくない。
おかしいのだとすれば……
「奇跡、……ッスかね?」
「きっとそうですよ、棟梁。シスターは精霊神様に庇護されているんです、悪意あるイタズラで尊厳が傷付かないように」
「シスター、オレと一緒で、乙女だから」
「一緒にするなッス」
奇跡?
精霊神の寵愛を一手に受けたベルティーナは、こんなイタズラからも守られるのか。
しかし、そうならば説明は付く。
というか、そうとしか考えられない。
「精霊神……どこまで依怙贔屓しやがるんだよ……」
ただでさえ見目麗しい容姿にご立派なおっぱいを与えられているというのに……神は二物を与えずなんて、嘘っぱちなんだなぁ。
そんな不条理を感じつつ、妙に納得してうんうん頷いていると……
「……ヤシロさん」
ぽんっ…………と、肩に手が置かれた。
……あ。
これ、ダメなヤツだ。
「詳しい説明を、求めます」
静かな声に、「死んでもそっちを向きたくない!」という心の声に反発するように首が、顔が、視線が、自然とそちらへ向かう。
見上げたベルティーナの顔は、羞恥に赤く染まっていた。
耳まで真っ赤。
首の付け根まで真っ赤。
なんなら肩に置かれた手まで真っ赤だ。
取り澄ました無表情を装おうとしているから、その羞恥心がより際だって見えて……ちょっと萌える。
「し、締まりのない顔をしないでくださいっ。おこ、怒っているんですよ!」
不可抗力だし、ベルティーナに仕掛けたわけじゃない。
何よりここに仕掛けたのはグーズーヤだ。
言い訳ならいろいろ出来そうだ。
軽いお叱りで済むだろう。
……そう、罪状が追加されなければ。
「ヤシロさん」
厨房から、ジネットの声が聞こえる。
そっちを見れば、これまた顔が真っ赤に染まっていた。
母娘揃って赤面とはこれ如何に?
「い、井戸で、なんてものを作っているんですかっ!?」
と、ご丁寧に『冷蔵庫』から取り出された物が大皿に載せられて、衆目の元に晒された。
そこには、美白の見事な爆乳がぷるるんっとそびえ立っていた。
レジーナ自信作の薄ピンクの食紅もきちんと活用しておりますとも。……取りに行ったのさ、昼前に、わざわざな。
凄まじい力作だっただけに、それはもうクオリティが素晴らしくて…………見つかったら絶対怒られると確信してたんだよなぁ……
「もう! もう! 懺悔してください!」
「いや、ジネット、それはだな……」
「さぁ、教会へ行きましょう。…………今日は、寝かせませんからねっ」
「いや、ベルティーナ、このブーブークッションも俺が悪いんじゃなくて……!」
どっちも女子に危害を加えるつもりはなく、あくまで個人で楽しむために作った物なのだ!
――と、そんな弁論を必死に繰り返したのだが…………タイミングが悪かったなぁ。
とっぷりと夜が更けるまでお説教されて、おっぱいマシュマロは営業時間内の制作を禁止、ブーブークッションは全面禁止を言い渡された。
いや、営業時間外ならいいんかい!?
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