「なぁ、エステラよ。アホなことしてないで話を戻していいか?」
「アホなことをしていたのは確実に君の方だけどね」
何を言う。
お前が突然「ボクがウサギちゃんみたいに可愛いって!? きゃー! 食べられちゃうぅ~」とか言い出したのが発端だろうが。
なんでもかんでも人のせいにしてると心の狭い人間になって、心の小ささに引っ張られる形でおっぱいも縮んじまうぞ。
「それで、なんの話をしてたっけ?」
「お前のおっぱいが縮んでしまうって話だな」
「そんな話はしてないし、ボクの胸は縮まないよ! 育つ一方さ!」
男前に言い切ったな。
これで育たなければカエルにされても文句が言えないというのに。
「各区の大通りに店を出して、飾りつけとかして非日常感を出そうって話だったろう?」
「おーおー、そうそう。そんな話だったな」
「けど、説明が難しそうだね。各区の領主たちはお祭りの出店を見たことがないからね」
それがどういったもので、どんな効果が見込めるのか。説明することは可能だが、百聞は一見に如かず……の反対で、口で説明するのは難しいだろう。
「だからさぁ~エステラぁ~。俺にい~ぃ考えがあるんだけどなぁ~」
「うわぁ……分かりやすく金の匂いを嗅ぎつけた顔をしているね…………今度は何をさせようっていうのさ?」
物分かりのいいエステラは早々に諦めの境地に至り、俺の話を聞く姿勢を整える。
いいぞ、エステラ。その素直さが、やがてお前に莫大な利益をもたらせてくれることだろう。
「デモンストレーションが出来るように各区の領主たちに掛け合ってくれないか?」
「デモンストレーション? 実際に屋台を出店するのかい?」
その通りだ。
百聞は、やっぱり一見には如かないのだ。
実際に見せてやれば、これ以上ない説得力を発揮するだろう。
「けど、出展者はどうするのさ? まさか、四十二区の領民総出で各区を回ろうっていうんじゃないだろうね? それに店を設置するのだって時間が必要だし……三十五区まで全部の区を回るのに何日かかるか…………」
「本格的に出店する必要はないだろう。一個か二個屋台を出して、あとはこれがズラーっと並ぶって言ってやれば、それなりに想像は出来るだろう?」
「一個や二個って言っても……屋台骨と材料を載せる大型の馬車とか、それを現地で組み立てる大工とか、当然売り子と調理係もいるし……大所帯になることは変わらないだろ?」
「何言ってんだよ。四十二区には『いいもの』があるじゃねぇか」
「『いいもの』?」
屋台の資材を運んだり組み立てたりしなくて済んで、材料もついでに運搬できて、行ってすぐ販売体制が取れる優れもの……
「あっ! 陽だまり亭二号店と七号店!」
そうだ。
陽だまり亭の屋台が二つもある。
あの屋台に別の料理を載せて引っ張っていけば、陽だまり亭のメンバーだけで開店できる。
ポップコーンやお好み焼きをその場で作って見せてやれば、結構な数の集客が見込めるだろう。なにせ、一時期は陽だまり亭の主戦力となり得る売り上げを誇っていたんだからな。
「…………ってことは、つまり」
正解を導き出して一瞬晴れやかになったエステラの顔が一瞬で曇る。
なにか、嫌なことに思い至ったかのような反応だ。
「各区の領主に大通りでの移動販売の許可を取ってこい……と?」
「うんっ!」
「……『うんっ!』じゃないよ……そんな無邪気な顔でまた無茶な要求を…………今日会議をして『大通り以外なら』ってことでようやく了承を取り付けてきたばかりだっていうのに……」
「なぁに。利益になると知れば飛びついてくるさ。貴族なんかどうせ、金の匂いに敏感な意地汚い連中ばっかりだろ?」
「……ボクも、一応貴族なんだけど?」
『貴族』と一括りにされたことへ不快感を示すエステラ。
お前が金に意地汚くないことくらいは知ってるさ。
お前が意地汚くなるのは胸元の『誤差』にだけだよな。「ちょっと膨らんだ」とか「アンダーがちょっと下がったからカップが上がったはず!」とか。
「とりあえず手紙を出してみるけど…………すぐに返事が来るとは限らないよ。今回は、こちらからお願いする立場で、基本的に向こうには旨みがないっていう感じになっているからね」
これまで、四十区や四十一区との交渉を行ってきたが、大抵の場合が双方に利益のある話だった。
だからこそ、すぐに返事が来たし、会うことも比較的容易だった。
ただ、今回は「道を通らせてほしい」という、こちらからの一方的なお願いだ。
相手にとっては二の次三の次にしても構わないという扱いだろう。
「う~ん……もっと効率的に要求をのませる方法はないのものか……」
「あんまり変なことしないでよ? 下手するとパレード自体が無しになっちゃうんだからね」
変なことをするつもりはないが……正攻法じゃ埒が明かないし…………
「ヤシロ様、エステラ様。少々よろしいでしょうか?」
ノックの音に続いて、ナタリアが部屋に入ってくる。
「ナタリア……君の主はボクなんだけど……なんでヤシロが先なのさ?」
「胸の順です」
「小さい順だよね、もちろん!?」
「ところでヤシロ様、少しよろしいでしょうか?」
「無視しないでくれるかな!? こんな会話で孤独感を味わうって、相当虚しいからね!」
ただ一人騒がしいエステラを放置して、ナタリアの話を聞く。
……まったく。エステラは口を開くと胸の話ばかりだな。
うん。スルーでいいだろう。
「実は、ヤシロ様にお会いしたいという方がお見えでして」
「俺に?」
「どうしてヤシロの客が、ボクの館に来るのさ?」
それもそうだが、時間も時間だ。
もう夜だぞ?
こんな時間に俺を訪ねてくるヤツなんて………………ろくなヤツがいない。
「お通ししても?」
「いや、追い返してくれ」
「外交上、それは出来かねます」
「外交上?」
…………あ。まさか。
「約束を守りに来たぞ、私は。友達のヤシロ」
「……やっぱりお前か、ギルベルタ」
約束ってのは、「今度泊まりに来い」ってやつだろう。
おかしいなぁ……「招待する」って言ったんだけどなぁ……
「この時間にやって来るってことは、確実に泊まるつもりだろうね」
エステラも、若干引き気味で状況を分析する。
……まぁ。来ちまったもんはしょうがないけど…………さすがに今度はちゃんと許可も取ってあるだろうし……………………許可、出すかなぁ、アイツが。
「ん? 待てよ…………もしかして」
俺の、人を見る目が確かだとすれば…………これはチャンスかもしれんぞ。
「エステラ。俺たちはついているかもしれんぞ」
「へ? ギルベルタが泊まりに来てくれて、かい?」
「あぁ。ギルベルタが『ある人物を引き連れてきてくれて』な」
「え…………、いや、まさか……いくらなんでも、それはないんじゃ……」
言いかけたエステラだったが、俺と目が合うと口をつぐんだ。
なぁ? そうだろう?
お前も思うよな?
『アイツが、俺のもとにギルベルタを一人で寄越すわけがない』って。
「というわけで、ルシア。頼みたいことがあるんだが」
「貴様の頼みを聞いてやる謂れはないのだが?」
ドアの向こうに声を投げかけると、案の定というか……ルシアがさも当然という顔つきで部屋に入ってきた。
やっぱり付いてきてたか……
「ヤシロ……ボクは君のことを、いささか非常識な思考の持ち主だと思っていたんだけど…………今、この場においてはボクの方が少数派なようだね。…………領主が思いつきで外泊するなんて、ボクの理解の範疇を軽く飛び越えているよ…………ははっ」
大方、今朝の領主会談で仕事が一段落したんだろうよ。
「俺の思惑通りに事が運べば、各区は大いに儲けられ、人々は幸せなひと時を過ごせて、人間と虫人族は一層深い絆で結ばれ、そしてギルベルタも大いに喜ぶ……そんな案があるんだが?」
「そんなうまい話をほいほいと信用できると思…………」
「おまけに、ギルベルタと二人でお散歩デートが出来るかもしれんぞ」
「詳しく聞かせろ、カタクチイワシッ! 早くっ!」
うん。食いついた。
「ヤシロ…………やっぱり、ボクは君が怖いよ」
ははっ、何言ってんだエステラ。
……怖いのはこの街の人間の思考回路だっつうの。
その後、ルシアに今回の計画を話し、早々に各区の領主に話を通してもらうよう頼んでおいた。
ギルベルタとのデートで釣り上げたルシアはかなりやる気満々で、こいつは期待が持てそうだ。きっと、意地でも移動販売の許可を取り付けてきてくれるだろう。
かくして!
それから数日後、俺たちは店を一日休みにして従業員一同で巡業に出ることになったのだった。
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