異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

159話 解決、ご褒美、そして…… -1-

公開日時: 2021年3月14日(日) 20:01
文字数:3,226

「ぅはは~いっ!」

 

 ぎっしぎっしと、軋みを上げつつも力強く、水車は水しぶきをあげて回転する。

 

「代わってー! はーやーくーっ!」

「もーちょっとー! ぅははーいっ!」

「代わってー!」

「はーやーくーっ!」

 

 ガキどもが水車の周りに群がっている。

 順番待ちなのか跳ねる水と戯れているのか、もはや分からない状況だ。

 

「こらーお前ら! あんま覗き込むんじゃねぇよ! 川に落ちたらどーすんだよ!?」

「「「およぐー!」」」

「むぅ…………ならよし!」

 

 デリアが漁の傍ら、ガキどものお目付け役もこなす。

 ……って、「よし」じゃねぇよ。お目を付けとけよ、お目付け役。

 

「落ちるなよー!」

「「「はーい!」」」

 

 最初はどうなることかと思ったが、デリアもガキどもとうまくやっているようで一安心だ。

 

 足漕ぎ水車が完成してから、この場所はガキどもの新しい遊び場になっていた。

 デリアが漁を始める早朝から夕方まで、ひっきりなしに水が水路へと汲み上げられていく。お驚きの稼働率だ。

 一応、大人の目がある時しか使用しないというルールがあり、ガキどもはそれを守っている。

 

 河原で手巻き寿司をした日から、物の数日で足漕ぎ水車は完成し、その日からガキどもはこの新しい遊びに夢中になり、水路は復活を遂げた。

 溜め池の水位も順調に増している。

 今のところ、川の水がなくなるような兆候も見られない。

 改めて、この川は水量の多い大きな川なんだと感心する。

 

「お~! ヤシロ~!」

 

 あの日から、デリアは以前のような快活さを取り戻し、オメロは日々の安寧を取り戻した。

 ホント……死にそうな顔してたもんな、オメロ。

 

「どうだ、水車! 大人気だろ!」

 

 と、なぜか自慢げに胸を張るデリア。……別にお前の手柄でもないだろうに。むしろ俺じゃん。

 

「ガキどもとうまくやってるか?」

「あぁ! ちゃんと言うこと聞かせてるぞ」

「わー!」

「落ちたー!」

「「「きゃっきゃっきゃっきゃっ!」」」

「おい、落ちてるぞ、ガキ」

「んなあぁ、もう! しっかりしろよなぁ、お前らぁ!」

 

 水位が下がったとはいえ、現在でも水深は1メートルを超える。

 大人がしっかり見張っててやらないと、どんな事故が起こるか分からない。……って、あのガキどもを見てるとそんな心配いらないような気がしてしまうが……予測できないから事故は怖いのだ。あんなんでも、ちゃんと見ててやらないとな。

 

「「「「きゃっきゃっきゃっきゃっきゃっ!」」」」

 

 ……めっちゃ楽しそうだけどな。

 

 一応、川の水位が1メートルを下回ると、水車が水面に届かないようになっている。

 川の水も無限ではないので、そこまで水位が下がってしまった場合は、川の存続を最優先とすることになっている。

 

「あれ、楽しいんだぞ。ヤシロもやってみるか?」

「いや、俺はメンドイからやらない。……っていうか、デリア、やったのか?」

「おう! すごく速く回せたぞ!」

 

 速さを競うものでもないんだが……壊すなよ?

 

 足漕ぎ水車は、ある種のアスレチックのような感覚でガキどもに浸透しているようだ。

 アスレチックか……、作ってやれば夢中になって遊びそうだな。

 まぁ、そこまでしてやる義理はないけどな。

 

「てんとうむしさ~ん、でりあさ~ん」

 

 遠くからミリィの声が聞こえる。

 見ると、小さな体を精一杯大きく見せようとぴょんぴょん飛び跳ねているミリィがいた。

 

「わぁ、可愛い。持って帰りたい」

「あ、じゃあ、あたいも付いていく!」

 

 いやいや……そうじゃないだろう。

 

「こんにちはぁ~」

 

 ひらひらと手を振りながら、ミリィが河原へと下りてくる。

 手には大きなバスケットが持たれている。

 

「ぁのね、ギルド長さんと大きなお姉さんたちがね、でりあさんと、てんとうむしさんにって」

 

 バスケットの中には淡い橙色をした雫形の果実が詰まっていた。

 

「ビワかぁ。こんなんまで採れるんだな、あの森」

「すごぉい、ょく知ってるね、てんとうむしさん。これ、ぁんまり有名じゃないのに」

「俺の故郷にもあったんだよ」

「どうやって食うんだ? 丸かじりか?」

「まぁ、待て。手本を見せてやる」

 

 ビワは、ガキの頃近所に住んでた婆さんが育てていて、たまに女将さんがもらってきたりしていた。

 ヘタを摘まんで皮を剥ぐ。力を入れなくてもするりと剥ける薄い皮。皮が剥けるそばから、瑞々しい果汁が溢れ出して指へと垂れてくる。

 皮が剥けたら果実を横向けて一気にかぶりつく。

 

 うん! 甘い!

 

「おぉ、美味そうだな! あたいも!」

 

 デリアが見よう見まねでヘタを摘まみ、丸かじりした。

 

「見てた、俺のお手本!?」

「ばりぼりばりぼりっ!」

「種っ! 種は出して!」

「…………甘いけど……渋い」

「えぇい! ちゃんと食わねぇからだよ! ほら、剥いてやるからちゃんと食え! 種は噛まないように、優しくだぞ!」

 

 ささっと剥いたビワをデリアに渡す。

 

「……優しく…………はむっ」

 

 小熊の甘噛みのような優しさで、デリアがビワを食み……全身の毛を逆立てた。

 

「あ…………あまぁ~いっ!」

「だろ? ちゃんと食えば美味いんだ、ビワは」

「ミ、ミリィっ! こ、これ全部もらっていいのか!?」

「おい! 半分は俺んだよ!」

「また持ってきてあげるから、今日は、てんとうむしさんと半分こ、ね?」

「ホントか!? ミリィはいいヤツだなぁ!」

「ぅにゃっ!?」

 

 デリアがミリィに抱きつき、そのまま小さなミリィを持ち上げる。

 

「で、でりあさんっ、こ、怖いょぅ! ちょっと、怖いよぉう!」

 

 ぶんぶんと振り回され、ミリィが目を白黒させている。

 そして、羨ましそうな目でガキどもが新しい『アトラクション』を見つめている。……デリア、お前、あとで絶対ねだられるからな。覚悟しとけよ。

 

「んじゃあ、俺ももらって帰って、マグダたちに食わせてやろう」

「ぅ、ぅん……じねっとさんと、ろれったさんにも……ね」

 

 地上に生還したミリィは、足元がふらふらと覚束ない様子だった。

 そんなに怖かったのか。

 

「ど、どうしたミリィ!? ふらふらじゃねぇか!? まさか、また無理してんじゃないだろうな!?」

「いやいやいやいや!」

 

 無自覚!?

 今さっき自分がミリィに何したのか、記憶にすら残ってないのか!?

 

「ダメだぞ、ミリィは小っこいんだから無理しちゃ!」

「はぅっ!? ち、小っちゃくないもんっ!」

「なんかあったらあたいに言え! 絶対助けに行ってやるから!」

「ぇ…………ぅん。頼りにしてるね、でりあさん」

「おう! 任せとけ!」

 

 水をめぐる口論から一転、この二人の仲は急速に近くなった。 

 というか、デリアがミリィを甚く気に入ったといったところか。

 

 ……もっとも、今しがたミリィの身に襲いかかった身の危険は、デリアが原因なんだけどな。

 

「ちょうどマグダに何かご褒美をやりたかったところだし、使わせてもらうよ」

「ぅん。まぐだちゃん、頑張ってくれたもんね」

「ん? マグダがなんかしたのか? あたい知らないぞ?」

 

 マグダは先日、外の森の中にある湖まで出向いて水を持ち帰ってきたのだ。

 水筒に少しだけだが、おかげでレジーナに依頼して水質調査をすることが出来た。

 結果は、生活用水のほぼすべてに使用できるくらいに綺麗な水だということだった。

 飲料水にも出来るし、大量に取っても悪影響を及ぼすような微生物も検出されなかった。

 

 まぁ、木こりや猟師が普段から使用しているらしいし、問題はないだろうと思ったのだが……ほら、あいつら『普通』の人間と体の造りが違うからなぁ……

 

 だが、これでお墨付きを得たわけだ。

 

 最悪の場合、エステラたち領主が連名で狩猟ギルドに依頼をかけて水を運んでもらうことになった。四十区も四十一区も、同じように水不足に喘いでいるからな。

 

 そのための第一歩を、マグダが自発的に踏み込んでくれたのだ。

「……狩りのついでに取ってきた」とか言っていたが、アレは水の方がメインの目的だったんだろうな。

 ジネットたちが心を砕き、多くの者が頭を悩ませていたから、自分に出来そうなことをしてくれたのだろう。

 

 マグダらしい気遣いだ。

 

 なので、ご褒美を何かやらないとなぁと思っていたところなのだ。

 このビワなら文句なしだろう。

 

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