異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

118話 動き出す前の準備運動的な -2-

公開日時: 2021年1月24日(日) 20:01
文字数:2,524

「ジネット。少し出てくる」

「はい。あの……どちらに行かれるか、お伺いしても?」

「ん? あぁ。ちょっと四十一区までな」

「……お一人で、ですか?」

 

 心なしか、不安げな表情を浮かべるジネット。

 昨日一昨日と、各区の領主に会い、それなりに考えさせられていたせいか、また面倒に首を突っ込むと思われたらしい。

 つか、ジネットにそんなことを思わせてしまうような顔を、俺はしていたのだろうか。

 

「大丈夫だよ。ちょっと街の様子を見てくるだけさ」

「危険では、ないですか?」

 

 むむむ……これは少し反省しないといけないかもしれないな。

 ジネットがこんなに心配するなんて……俺はよっぽど怖い顔をしていたということなのだろう。

 ……昨日は違う意味で顔を見られなかっただけなんだが……

 

「話し合いは平和的な方向に進んでる。何も心配はいらねぇよ。ただ、知っておきたいと思ってな、相手のことを」

 

 特に、台所事情なんかをな。

 

「そうですか……本当は、わたしもお供できればいいのですが……」

 

 今日は、客の入りがそこそこいい。なんの準備もなくジネットが抜けるのはマズい。

 

「こんな視察にジネットを連れて行くなんてもったいねぇよ」

「もったいない……ですか?」

「どうせ休みを取るなら……もっと楽しいところに出かけようぜ。買い物とかな」

「……はい。是非」

 

 一瞬驚いて、その後で柔らかい笑みを浮かべて頷く。

 論点のすり替えだが、ジネットの不安が和らぐならそれでいい。

 

 それに、俺が四十一区に行ったからって、何か危険な目に遭うわけでもないだろう。

 …………ない、よな?

 あれ、なんか不安になってきたぞ。あのゴロツキみたいなのに絡まれたりしたら………………う~ん……行くのやめようかな。

 

「そんなに不安なら、あたいがついていってやろうか?」

 

 背中をポンと叩いてそんなことを言ってきたのは、デリアだった。

 今日は川漁ギルドの漁が無いらしく、暇潰しでウチの手伝いをしているのだ。

 

「そうですね。デリアさんがいればきっと安全ですよね」

「おう! 暴漢だろうが魔獣だろうがクルクルポイだぜ」

 

 なんとも可愛らしくも頼もしい発言だ。

 魔獣をクルクルポイする女子は間違いなく危険人物ではあるが……味方ならば頼もしい。

 

「じゃあ、頼もうかな」

「よし! じゃあ、早速行こうぜ!」

 

 心なしか、いつもより上機嫌なデリアは急かすように言う。

 こいつも、あんまり遠出とかしないタイプだろうしな。遠出が嬉しいのかもしれん。

 甘い物でもあったら買ってやるか。

 

「んじゃ、ちょっと行ってくる」

「はい。お気を付けて」

 

 ジネットに見送られ陽だまり亭を出た俺たちは、ぷらぷらと大通りを目指して歩いた。

 今日は領主の館の前を通って区外へ出る。四十一区へ行くなら、こっちの道が使いやすい。

 

「どこに行くんだ?」

「四十一区だ。細かくは決めてないんだが、街の雰囲気を見てみたいと思ってな」

「んじゃ、大通りから外れて二、三本奥の路地を歩くといいぞ。あそこが四十一区の本当の風景だ」

 

 訳知り顔で言うデリア。

 こいつは四十一区に詳しいのか?

 

「あたいはマーシャに会うためによく通るからね。たまに四十一区で飯も食うし、行きつけの店もあるんだ」

「甘味処か?」

「いや。普通の酒場だけど、美味いフルーツが置いてあるんだよな」

 

 やはり、デリアは酒より甘味のようだ。

 四十一区には、甘味処は無いかもしれない。

 これまで砂糖なんてものは一般的じゃなかったからな。

 

「デリアを連れてきて正解だったかもしれないな」

「だろぉ? よぉっし! じゃあ、早速乗り込もうぜ!」

 

 デリアが言うと『攻め込む』に聞こえるから怖い。

 

「ヤシロさ~ん!」

 

 四十二区を出ようかとした時、背後から俺を呼ぶ声が聞こえた。

 振り返ると、イメルダが誰憚ることなくおっぱいを揺らして駆けてくるところだった。

 

「……アメリカンクラッカーを思い出すな」

「ん? なんだ、それ?」

「いや、なんでもない」

 

 デリアには分からないだろうよ、きっと。

 とにかく、ばいんばいんで大暴れってことだ。

 

 そんな無益な会話をしていると、イメルダが俺たちの前までやって来て、盛大に肩を揺らして息を整える。肩が上下する度におっぱいもゆっさゆっさ……

 

「……スライムを思い出すな」

「ん? なんだ、それ?」

「いや、なんでもない」

 

 デリアには分からないだろうよ、きっと。

 ぷるぷるなんだよ。

 

「はぁ……はぁ……き、奇遇ですわね!」

「そんな息を切らせて奇遇もないだろう……」

「ワタクシも……はぁ……同行して差し上げても……はぁ……よろしいですわよ……はぁ…………はぁ……」

「一緒に行きたいんだな?」

「……はぁ……えぇ……はぁ……まぁ……はぁ…………はぁ……」

 

 疲れ過ぎて虚栄を張ることを放棄しやがった。

 まぁ確かに、ここ最近イメルダとゆっくり話す時間もなかったしな。

 気軽な視察だ。いてもらっても問題ないだろう。

 

「じゃ、一緒に行くか」

「ヤシロさんが、そこまで言うのでしたら、しょうがないですわね」

「復活早ぇな、お前は」

 

 なんか知らんがお供が増えた。

 木こりのお嬢様は四十一区では有名人なのだろうか? なら、得られる情報もあるかもしれないか。

 逆にトラブルになることもないとは言えないが……その時はきっとデリアがなんとかしてくれる。

 

「よろしくな、デリア…………あれ、なんか機嫌悪い?」

「……別に」

 

 デリアが頬をぷっくり膨らませていた。

 いやいや。別にデートってわけでもなかったわけだし、ただの視察だし…………

 

「今度、甘い物食べに行こうな?」

「二人でか?」

「あぁ。ちゃんとデートのお誘いに行くから……機嫌直して」

「しょうがねぇなぁ! 約束だぞ!」

 

 バシバシと背中を殴られる。……あれ、デリア、今丸太とか持ってなかったよね? なにこの衝撃……俺の骨、あと一発喰らったら疲労骨折しちゃいそうだよ。

 

 しかしながら……デリアもどんどん女子化していっている気がする……昔はこういう感じじゃなかったと思ったんだが……まぁ、あけっぴろげな好意を向けてくれるのは相変わらずだけどな。

 こんなにデカいけど、なんか姪っ子とか、そういうのを見ている気分になる。

 

「さぁ、参りますわよ! ついてきなさい、ですわ!」

「おい、飛び入り。仕切ってんじぇねぇよ」

 

 にこにこ顔のイメルダを先頭に、俺たちは四十一区へと入っていく。

 

 

 

 

 

 

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