異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

214話 『宴』に向けて -2-

公開日時: 2021年3月21日(日) 20:01
文字数:4,089

「なぁ、お前ら。以前やった祭りで印象に残ってる物ってなんだ?」

「お好み焼きです!」

 

 真っ先に答えたのはベルティーナだった。

 ……お好み焼きも食ってたんだな。俺が見かけたのは、魔獣のフランクフルトを大量購入している姿だったが。

 

「あと、魔獣のフランクフルトも美味しかったです! あ、ベビーカステラも!」

「ベルティーナ。お前に任せておくと屋台にあったラインナップ網羅しそうだから、もういいよ。他のヤツは?」

「ボクはがま口かな」

「それは祭りの時に俺がやったヤツだろうが」

「違うよ。祭りの時にイメルダに進呈した見返りとして、後日ボクがもらったヤツだよ」

「じゃあ、祭りの時の話じゃねぇじゃねぇか!」

 

 祭りを見てどう思ったのかを聞かせろっつってんだよ。

 祭りを知っていた俺ではなく、あの時初めて祭りを体験した者の感想が聞きたいんだよ。

 この街の連中は、どんなものに感動するのかってところをな。

 

「わたしは、浴衣が素敵だと思いました」

 

 当時、ウクリネスが多忙に多忙を重ねながらも魂を削ってまで制作したオリジナル浴衣。

 確かにあれは見栄えがよかった。……みんな、ちゃんと「穿いてなかった」し。

 

「お祭りミュージックがよかったです!」

 

 ロレッタが言っているのは、ウッセんとこから借りた太鼓のことだろう。狩猟ギルドが魔獣警戒用に使う物らしいが、和太鼓っぽい音が出たので祭りの賑やかしにちょっと使わせてもらったのだ。

 祭り囃子と呼ぶにはあまりに稚拙ではあったが、太鼓などの鳴り物を派手にドンチャン鳴らして賑わいを演出した。

 そろそろ篠笛――祭り囃子の横笛だ――でも作ってみるかな。

 

「……出店」

 

 マグダの意見は、ベルティーナと似ているようで異なる。

 通りに店が並んでいるその様自体が楽しかったということらしい。

 確かに、あの雰囲気は独特だもんな。テンション上がるよ。

 

「……店長はずっと店にいて出店を回れなかったから、出来れば見せてあげたい」

「マ、マグダさん……」

 

 マグダの気遣いに、ジネットがうるるっと涙腺を緩ませる。

 へぇ、マグダがそんなことを考えていたとはな。こいつは本当に気の利くヤツだな。

 

「あ、あたしも! あたしも店長さんとお店回りたいって思ってたですよ! ホントですよ!」

「マグダさん、ロレッタさん。ありがとうございます。そう言ってもらえるだけで嬉しいです」

 

「わは~い」と、三人娘が抱き合ってじゃれ合う。

 わぁ、混ざりた~い。

 

「俺もジネットと出店を……」

「下心が顔に出てるよ、ヤシロ」

 

 ちっ。なぜいつも邪魔をするのだ、エステラ。

 

「ヤシロさんとは、あの……お店は、見て回りましたし…………ね?」

 

 何か含みを持たせた瞳がこちらを見ている。

 ……いや、まぁ。確かに祭りの後に二人で出店の前を歩いたけども…………なんで今、さも『特別なこと』のような感じで言うかな。……エステラたちの目がほそーくなって俺を睨んでんじゃねぇか。そんな目で見るな。別にジネットに変なことはしてねぇっての。

 

「じゃあ、『宴』でも出店を出すか」

「……ポップコーン」

「お好み焼きです!」

 

 それ、二号店と七号店じゃん。

 もうちょっと目新しい物が欲しいんだよな……

 

「お子様ランチはどうでしょうか?」

 

 いや、ジネット。それは立ち食い無理だから。

 外で食える物にしてくれるかな。

 

「最近出来たのだと、ドーナツとか、ピーナツバターとか」

 

 甘い物ばっかりが増えていくな、この店は。

 

「エビチリ~☆」

「なぁ、オオバ。麻婆茄子に肉をぶち込むってのはどうだ? ステーキとかよ!」

 

 甘い物と中華……俺も、もっと計画的に新メニューを提案しなきゃいかんよなぁ……あとリカルド、それはもう麻婆茄子じゃねぇ。

 

「そうなると、二号店と七号店を持って行くことになるんですかね?」

 

 かつて、ルシアのところへ行ったように、二号店と七号店を曳きながらの移動……それはさすがに無理だろう。今回は人が多い。移動は馬車にするつもりだ。

 

「なら、オイラたちが向こうで簡単な屋台を組み立てるッス! 十個程度なら、ウチの馬車を使えば材料も一度で運べるッス」

 

 トルベック工務店が資材運搬に使用している大型の馬車、それを借りられれば、教会内に簡易屋台を組み立てることは可能だろう。

 そして、さりげなくマグダと一緒に『宴』に参加しようと目論むウーマロ。

 ……その目論見、黙認してやるから設置費まけろよ?

 

「あの、ヤシロさん。私からも一つお願いをしても構いませんか?」

 

 遠慮がちに、ベルティーナが口を開く。

 お願い……

 

「何が食いたいんだ?」

「みなさんが用意してくださる物はどれも美味しいですので、食べ物に関する要望はありません」

 

 にっこりと笑って首を振る。

 言われてみれば、ベルティーナはあんまり「アレが食べたい」みたいなことを言わない。

 目の前にある物を(人智を超えるレベルで)食べているだけだ。

 

 では、そんなベルティーナの要望とはなんなのか。

 それは、俺から見れば少々意外なことだった。

 

「四十二区と二十四区の子供たちが、一緒になって遊べるオモチャを用意してはいただけませんか?」

 

 オモチャ。

 遊び道具。

 それも、四十二区と二十四区のガキどもが一緒に遊べる物――

 

「今度の『宴』を、子供たちはみんな、とても楽しみにしているんですよ」

 

『宴』の主目的はドニスの籠絡だ。

 二十四区を味方に付け、『BU』から突きつけられている制裁を撤回させるための根回しをしようって魂胆だ。

 

 だが。

 

 場所を貸してくれた二十四区の教会と、そのために名を使わせてもらったベルティーナからすれば、互いの教会で面倒を見ている子供たちの交流会という側面が何よりも強く打ち出されているのかもしれない。いやまぁ、確実にそうなのだろう。

 

 ドニスに、獣人族へいい印象を与えるのも目的の一つといえば、そうかもしれない。

 

「……『一緒に』だな?」

「はい。『一緒に』遊べる物がいいです」

 

 二十四区の教会にいるガキどもは――みんなどこかしらに問題を抱えている。

 視力、聴力が弱い者や、大怪我を負った者、手や足を失った者もいる。

 そんな連中と、年中走り回っている元気だけが取り柄の四十二区のガキが『一緒に』遊べるオモチャ、か。

 

 まぁ、パワーと元気なら二十四区のガキどもも負けちゃいない。

 なにせ向こうはオール獣人族だ。基礎能力が違い過ぎる。

 

 怪我を意識して大人しく遊べる物――なんて考えたら大失敗をするだろう。

 ヤツらは――ガキどもは、力をセーブして遊ぶようなことはしない。そんな遊びで満足したりは決してしない。

 

 難しい要求を簡単に突きつけてきやがって……

 

「……ちょっと、考える時間をくれ」

「はい」

 

 ベルティーナは、今回のプロジェクトの最重要人物だ。

 ベルティーナがいたからこそ、教会での『宴』が可能になったのだ。

 ならば、ベルティーナの願いは何がなんでも叶えてやらねばならない。

 

「ヤシロ。親切を働く理由を考える前に、何を作るかを考えた方がいいんじゃないのかい?」

 

 マーシャの隣でにやりと笑うエステラ。マーシャもくすくすと笑っている。

 やかましいわ。

 

「ヤシロ、じゃあアレを作ったらどうだ?」

 

 デリアがぽんと手を打って、「名案を授けてやるぜ」とばかりに溌剌と言う。

 

「足漕ぎ水車!」

「いや、お前。どんだけ気に入ってんだよ、足漕ぎ水車」

 

 だから、あれは遊具じゃねぇって……………………あ、そうか。遊具か。

 

「デリア、でかした。すごく偉い」

「おぉ! なんかめっちゃ褒められたぞ、あたい!」

 

 足漕ぎ水車はダメだ。

 二十四区のガキどもの中には出来ないヤツもいるし、そもそも、教会内に川がない。

 だが、他の遊具なら――うむ。いけそうだな。

 

「ウーマロ」

「はいッス!」

「マグダと一緒に『宴』で働ける券いらないか?」

「欲しいッス!」

「いいのかいウーマロ……ヤシロは君をタダ働きさせようとしているんだよ?」

 

『マグダ』と付けばなんでも欲しがるウーマロ。

 ちょっとばかり、技術のいる物を作ってもらおうかな。

 

「でも、トルベック工務店の大工には屋台の設営をしてもらわないといけないんだよ」

「大丈夫。屋台は骨組みさえしっかりと加工して作っておけば、素人でも簡単に組み立てられる。な、そうだろ?」

「はいッス。『宴』が終われば片付けて撤収するッスから、もともと嵌め込み式にするつもりだったッス。組み方さえ知っていれば誰でも組めるッス」

「というわけで、デリア。協力を頼む」

「おぉ! あたいも行っていいのか!?」

「えぇ~! じゃあ私も行きた~い☆」

「お前、屋台組めないだろ? あたいに任せとけって」

「屋台組まなくていいから、行きた~い☆」

 

 それ、ただ遊びに来るだけじゃねぇか。

 

「あんまり大所帯になるのもな」

「そうだね。向こうにも悪いし……マーシャ、今回は悪いけど」

「えー! やだやだ! 私も行くもん~☆」

 

 エステラの脇腹を「でゅくし、でゅくし!」と小突くマーシャ。

 そして、真剣な表情で俺に訴えかけてくる。

 

「鯛! 持ってきてもいいよ☆」

 

 また、豪華なもんを…………うわぁ、名前聞いたら食いたくなってきた。

 鯛茶漬けとか、鯛飯とか、刺身に湯引きに蒸し煮込み焼き………………ん?

 

「マーシャ……」

 

 俺はマーシャに向かって渾身のサムズアップを贈る。

 

「是非ご招待しよう! 美味しい魚を持って参加してくれ!」

「ぅわ~い☆ ヤシロ君、だからだ~いすき☆」

 

 この時、俺の脳内にはとある料理が思い浮かんでいた。

 さて、うまくいくかどうか……もし成功すれば…………ジネットが大喜びするだろうな。

 

「ジネット。またちょっと新しいメニューを試作するぞ」

「はい! 楽しみです」

「はい! 楽しみです♪」

 

 あとの方はベルティーナだ。

 

「試食会、是非呼んでくださいね」

「いや、お前は呼ばなくても勝手に紛れ込んでくるだろうが……」

 

 

 きっと次回もベルティーナが紛れ込んでくるだろうな~などと思いつつ、俺はこの後の予定を脳内で組み立てていく。

 まずはこっちの世界で通用するかの確認と……作っておかなきゃいけない物もあるか…………時間がないな。今夜から早速行動を起こすか。

 

 空は落ち着いた光に満ちていた。

 これからゆっくりと暮れていくのだろう。

 

 相変わらず、雨は降らない。

 そっちはそっちで、なんとかならないもんかねぇ、まったく。

 

 

 

 

 

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