「シ…………ラハ?」
「そうよ~。あら? もしかして、ちょ~っと痩せちゃったから、ヤシロちゃん、私のこと分からなかったのかしら? な~んてね。うふふふ……」
この街には、『精霊の審判』と呼ばれるものがあり、虚偽の発言をした者をカエルに変えることが出来る…………
シラハ……
どこが『ちょっと』だ?
カエルにするぞ、コノヤロウ。
「えっと……ジネットちゃん…………本当、なの?」
「え……? あ、そうですよね。驚きますよね……あはは……」
ジネットの笑いがカラッカラに乾いている。
「わたしも、まさかここまで劇的に変化があるとは思いもしませんで…………」
「毒を盛ったんじゃないのか?」
「とんでもないですよっ。きちんとしたダイエット食をお出ししただけです」
「ねぇ、ジネットちゃん。それってもしかして、一日一食……とか?」
「いいえ、エステラさん。昨日はきちんと三食、今朝も普通に召し上がられましたよ」
「…………じゃ、なんでだ?」
「それは…………精霊神様のみぞお知りになる……でしょうか?」
普通のダイエット食に変えただけで、こんなに変化するか?
それも、たったの二泊三日でだぞ?
あり得ない。
いくらなんでも痩せ過ぎだ。
「おそらく、オルキオさんに会いたい一心で、シラハさんの『美しくなりたい』と願う力が常識を覆す威力を発揮したのではないかと」
「そんな、精神論で!?」
「あと、わたしの料理を口にして、『食べる度に痩せる気がする』とおっしゃっていましたので……レジーナさんから以前お聞きした、『プラシーボ効果』というものも働いているのかもしれませんね」
「いやいや。思い込み激し過ぎるだろ、だとしたら」
そのパワーがあれば、不治の病もビタミン剤で完治してしまうぞ。
「不思議なものよねぇ……」
と、三十五区において最も不思議な生物がポツリと漏らす。
「あの人に会いたい……そう思うだけで、慢性的なヒザの痛みが和らいだのよ」
「体重が激減したからだよ」
ヒザも、不当な重圧から解放されてさぞ喜んでいることだろうよ。
「それに、あまりお腹が空かなくなったのよ。……恋の病、かしらね。うふふ」
「いや、血糖値が上がり過ぎない食事に変えたからだろう」
血糖値が下がる時、人は空腹を覚える。飢餓感といってもいい。
昨日食べ過ぎたって日に限って小腹が空いた気になるのだ。
もしくは、たまの外食なんかで、栄養を度外視した美食に傾倒すると、夜中に『お腹が重たいのに、変に小腹が空いてる気がする』みたいな状態に陥ってしまうことがある。
それらは、血糖値の低下により引き起こされる。
過食の人がどんどん物を食べてしまう原因は、そういうところにもある。
急な血糖値の低下は、やはり急な血糖値の上昇に原因がある。
具体的には、炭水化物を食えば血糖値は上がる。なので、空腹時に炭水化物や甘い物を食うと、脂肪がつき血糖値が急上昇する。
そしてすぐに血糖値が下がり飢餓感に襲われる。
こいつを克服するには、最初に食物繊維を多く含む野菜なんかをよく噛んで食っておくことだ。
食物繊維は血糖値の上昇を緩やかにしてくれる。おまけに、腸内の余分な物を綺麗にしてくれる。
「ゴボウのサラダを気に入ってくださったようで、最初にそれを食べていただくようにしたんです。それから、以前ヤシロさんに教えていただいたけんちん汁。あれも美味しいと絶賛されていましたよ」
「うん、ゴボウはいいな、ゴボウは」
「食事でしっかりとお腹を満たしていただいて、間食を減らし、あとは適度な運動をしました。……といっても、このようなお散歩程度なんですが……」
それでここまで痩せられるなら、世の女性が飛びつくだろう。
世界からゴボウが消えてしまうぞ。
「一日で数十キロ痩せたんじゃないか?」
「最初は驚きました……雪だるまさんが溶けていくように、みるみるお痩せになっていかれましたので……」
「えっ、目視できたの!?」
変態じゃん!?
虫が成長してまったく別の姿に変わるって方の『変態』!
さながら、さなぎから成虫になったくらいの変わりぶりだ…………虫人族って、体の作りを根幹から変化させることが可能なのか?
「これも、気概の差、なのかしらねぇ……」
シラハが大きな羽を小刻みに羽ばたかせる。
すると、シラハの体が30センチほど宙に浮いた。
「見て、飛べるようになったの」
「触角、関係なかったのかよ!?」
やっぱ太り過ぎで飛べなかったんじゃん!?
そりゃ、最初のうちはショックとか、そういうので飛べなかったのかもしれないけどさ!?
ここ最近飛べなかったのは、明らかに体重のせいだよね!?
「まぁ、ちょっととはいえ飛べるようになったんだから、リハビリすれば以前のように飛べるかもしれないな」
「……? 全盛期でもこれくらいだったわよ?」
「こんだけしか飛べないの!?」
もっと大空を飛び回れるのかと思ってた!
やっぱ、人間の体は重たいんだろうねっ!?
そりゃそうだよね!?
「これで、シワさえなくなれば……あの頃の私に戻れるのにねぇ……」
本当に、驚異的な復元力だよ。
少しすっきりする程度にしか痩せないと思ってた……
「ねぇねぇ、ジネットちゃん。シワをなくすお料理とか、ないかしら?」
「えっと……」
「やめろ、ジネット。こいつにそんな料理を食わせたら、思い込みで不老不死になりかねない」
世界の理を平気で踏みにじっていきそうだ。
二日前会った時は俺よりデカかったババアが、今日は俺より小柄になっている。
……なんで痩せて身長まで縮んでんだよ…………え、足の裏の脂肪? もしくは骨まで太ってたの?
「なぁ、ミリィ……虫人族って」
「ないよぅ……こんな変化、みりぃたちはしない、よ?」
「ルシア……」
「私も、正直驚きを隠せない…………これが、愛のパワーか」
愛のパワーはそこまで万能じゃねぇだろ……
が、しかし。それ以外では説明がつかない。
とりあえず、変なのはシラハだけだって分かったから一安心だ。
「花の蜜を飲んで、一口でリバウンドとかしないだろうな?」
「さすがに、そこまで体が伸び縮みはしないと思いますよ………………しない、と、いいですね……」
ジネットも自信はないらしい。
「ヤシロちゃん。またあの混ぜた蜜を作ってくれる?」
「いいぞ。さっき、こいつの名前はフラワーネクターって決まったんだ。まぁ、適当に『ネクター』とか呼んでくれ」
「うんうん。『ねくたぁ』ね」
なんだろう。
間違ってないのに、ちょっとお婆ちゃんっぽい発音なのは。
こういうところに年齢って出るのかね…………って、そういうのも全部『強制翻訳魔法』の匙加減なんじゃねぇの? 遊ぶなよ。『っぽさ』とかいいからさ。
新たにネクターを作り、ジネットとシラハに振る舞う。
シラハはもちろん、ジネットも嬉しそうににこにことしていた。
「やっぱり、ヤシロさんといると楽しいです」
「え?」
「あ、決してシラハさんのお宅が楽しくなかったというわけではなくてですね……」
慌てて弁明をした後、花のカップを両手で握り、花の匂いを嗅ぐような仕草で口元を隠す。微かに覗く口元は、ふにゃふにゃに緩んでいた。
「本当は、薄桃色の花の蜜をいただきに来たんです。シラハさんのお気に入りだということで。わたしはこの『ネクター』の正式な作り方を教わっていませんし、不完全な物を人様にお出しするのは憚られまして……ですが」
そっと花弁に口をつけ、蜜を口に含む。
桜色の唇が微かに濡れて、つややかに光を跳ね返す。
「こうしてヤシロさんに会って、諦めていた『ネクター』をいただいて……」
舌先がちろっと唇を撫でる仕草に、妙にドキッとさせられた。
「ヤシロさんといると、いつも思ってもいないことが次々起こってドキドキしっぱなしで……でも、同時にどこかで落ち着けて…………だから、ヤシロさんといると、とても楽しいです」
今のジネットの笑顔を、花火が開いたようだと感じたのは、花火のことばかり考えていたせいだろうか。
いつもの、花がほころぶような笑みよりもずっと力強く、ずっと輝いているように見えた。
「俺も……楽しいぞ。お前といると」
「……へっ?」
言い返されるとは思っていなかったのか、ジネットは目をまんまるくして、微かに頬を染める。
辺りには美しい花が咲き乱れ、芳しい香りが漂い、昼前の日差しはぽかぽかと暖かい。
そうだな。
やっぱり、ジネットといると楽しいよな。
「ことあるごとにおっぱいが揺れるから」
「懺悔してくださいっ!」
ふん!
思いがけない再会で、なんだかすごく久しぶりな気持ちになっちまってる時に『一緒にいると楽しい』だなんて、取りようによってはそういうニュアンスを含んでいるようにも聞こえなくもない言葉を真正面で言われた俺の気持ちが分かるか?
今すぐ頭から布団を被って身もだえたいくらいに恥ずかしかったんだぞ!
お前もちょっとは恥ずかしがれ!
あんまり無自覚に思わせぶりなこと言うと揉んじゃうぞ! 揉んじゃうんだぞっ!
「……ねぇ、ヤシロ」
「どうしたエステラ?」
「……ボクといて、楽しい?」
「揺れなくても楽しいから、大丈夫だ!」
「おっぱい基準でしか考えられないのかい!?」
「お前がそういう流れの質問寄越してきたんだろうが!」
なんか今にも死にそうな顔してたからフォローしてやったんだろうが!
「お前といると飽きないよ」
「へ…………そ、そう、かい」
次々にいろんな騒動に巻き込んでくれやがるからなぁ、こんちきしょうは。
「ではヤシロ様。適度に揺れて、一緒にいて飽きないミステリアスな私といる時が一番楽しいという解釈で間違いありませんね?」
「ごめん。俺、適度に癒しもほしいんだよね」
ナタリアといると、物凄く疲れる。
具体的に言えば、ツッコミ疲れだ。
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