異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

382話 改革の反動 -4-

公開日時: 2022年8月24日(水) 20:01
文字数:5,684

「ヤシロ君」

 

 オルキオが大勢の厳ついニーチャンたちを引き連れてやって来た。

 

「おひけぇなすって!」

「え、なんだいそれは?」

 

 いや、なんとなく。

 つか、怖っ!?

 オルキオの後ろにいる連中、軒並み怖っ!?

 

「こちらが、オオバ・ヤシロ君だよ。みんな、彼の言うことは聞くようにね」

「「「へい!」」」

 

『へい!』って!?

 もう完璧に組の人じゃん!

 

 そんな厳つい獣人族の後ろから、鎧姿の獣人族たちがぞろぞろとやって来た。

 こいつらは三十区の兵士たちだろう。

 

「彼らが三十区の街門を守る兵士たちだよ」

「…………」

 

 街門を守っていた兵士の中でも、オルキオに牙を剥き異を唱えていた強硬派の者たち……なのだが。

 異を唱えている強硬派の面々、小さぁ~くなってんじゃん!?

 若い衆にビビってんじゃん!

 これもう、恫喝一つで言うこと聞かせられる段階じゃね?

 

「脅してみれば?」

「あはは。それじゃウィシャートと変わらないよ」

 

 オルキオは、あくまで真っ当に兵士を雇い、真っ当に街門を運営しようとしている。

 まぁ、そうでなきゃ、後見人がいなくなってカンパニュラが責任者になった途端、今回と同じような騒動が起こることになるからな。

 

「ヤシロさん、ビックリハウスの動作チェック終わったッス。いや~、アレすごいッスね! 仕組みが分かってるのに脳が混乱しちゃったッス!」

 

 ビックリハウスを体験してきたウーマロが興奮している。

 

「ただ、やっぱり家一軒を動かすとなると、力がいるッスね。大工が八人がかりでようやくだったッス」

 

 実は、それはわざとだったりする。

 昨日、ゼルマルに言って急遽ハンドルが重くなるように細工してもらった。

 獣人族じゃなきゃ到底動かせないくらいに。

 

 こいつらにビックリハウス係を押しつけるために。

 

「彼らは街門の仕事に思うところがあるようなのでね。もし職を辞した後、何か仕事を斡旋できないかと思って、今回ここに連れてきたんだよ」

 

 と、打ち合わせ通りのセリフを口にするオルキオ。

 

 オルキオは統括裁判所から正式に三十区の運営を委託された身だ。

 オルキオはこいつらに命令が出来る立場にいる。

 どんなに反発して騒ごうが暴れようが、こいつらはオルキオの命令には背けない。

 背くならクビ。どこへでも好きなところへ行けと言える。

 

 オマケに、怖ぁ~い若い衆に囲まれて、反対なんか出来ない状況だもんな。

 

「お前ら、力はあるのか?」

「当たり前だろが!」

 

 兵士の一人が怒鳴る。

 俺にイライラをぶつけるなよ。

 言える相手にしか言わないとか、一番みっともないことだぞ。

 

 呆れている俺の前にオルキオが割って入り、俺に怒鳴りつけた兵士を静かに見つめる。

 

「乱暴な態度は慎むようにと、いつも言っているだろう?」

「ぐ……っ。わ、分かってるよ」

 

 おぉ……オルキオ、怖ぇ~。

 親分の威厳出ちゃってない?

 

「もう言うこと聞くんじゃん?」

「無理やり押しつけるようなことはしたくないんだよ。カンパニュラのためにもね」

 

 こいつらが心から仕事に取り組めるようにしたいのだそうだ。

 そこまで気を遣ってやらんでもいいだろうに。

 

「そんじゃ、仕事内容を教えるからついてきてくれ」

 

 オルキオと兵士と組の若い衆を引き連れて、ビックリハウスの前まで行く。

 仕事内容は簡単。

 建物の裏側に取り付けられたハンドルを八人で回すだけだ。

 歯車の形や組み方で、アトラクションの内部はいい具合に動くようにしてある。

 構造は割と単純なのだ。

 ただ、その単純な物が複雑に絡み合うことで、ビックリするような現象が起こる。

 それがビックリハウスだ。

 

「ハンドルは八つある。一人一つハンドルを握って、右回転させてくれればいい。早過ぎると事故に繋がるからゆっくりとな」

 

 八つのハンドルはそれぞれ連結された歯車を動かし、建物内部で一つの歯車を動かすように出来ている。

 なので、ぶっちゃけ一つでも回していればビックリハウスは稼働する。

 ただし、力が八分されないからかなり重い。

 俺には不可能な重さだ。

 メドラやハビエルなら、一人でやりきれるだろうが。

 

「一度の稼働で、各々ハンドルを八十一回、回転させてもらう」

 

 それで、歯車がすべて初期値に戻るように設計されている。

 八十一回ワンセットだ。

 

「回数は、『回すぜおっぱい、未来のために!』と覚えてくれ」

「いや、八十一回くらい覚えられるよ」

「『未来のために』いらねぇじゃねぇか」

「そもそもおっぱいは回らねぇよ」

 

 なんか全員後ろ向きだなー!

 やる気が感じられないなー!

 そーゆーのよくないと思うなー!

 

「八十一回転すると、一回『ガチッ』って止まるところがあるッスから、まぁ、間違うことはないッスよ」

 

 一度軽くロックがかかるようになっているようだ。

 それはありがたい。ビックリハウスはエンドレスだと、酔って泣きそうになるからな。

 

「それじゃあ、一回やってみるか。大工、……と、アヒムも乗り込んでくれるか?」

 

 適当な大工とアヒムを乗せて、三十区の兵士に運転をさせてみる。

 十数人いる中から八人を適当に選ぶ。他の連中は見学だ。

 ま、最初は失敗するだろう。なので、俺は絶対乗らない。

 

「ふん。くだらねぇ……」

「こんなもんを回すだけとかよ……」

 

 ぶつくさ言いながら、兵士がハンドルを握る。

 

「運転席から、中を覗けるようになってるッスから、こっそり見てみるといいッスよ」

「ふん……」

 

 ふて腐れ顔で、兵士がハンドルを握る。

 ハンドルの前に小窓がある。そこから中が覗けるらしい。

 

「……ぐっ! なんだ、この重さは!?」

 

 ゼルマルが張り切って重くしてくれたらしい。

 

「俺らじゃとても動かせないんでな。仕事をさぼって暇そうにしてるお前らに来てもらったんだ」

「なんだと!?」

「門番、したくないんだろ?」

「…………けっ!」

 

 俺から顔を背け、ハンドルを動かす手に力を込める兵士。

 覗き穴から大工たちの声が漏れ聞こえてくる。

 

「うぉっ!? なんだこれ!?」

「うぉおおお!? すげぇ!」

 

 ハンドルが回る度、大工たちが声を上げる。

 

「ふん。こんくらい余裕だっつーの」

 

 ハンドル握る兵士は、にやりと口元を緩める。

 

「おい、もっとサービスしてやろうぜ」

「あぁ、そうだな」

「よっしゃ、スピードアップだ!」

「「いいぞ、やれやれ!」」

 

 はしゃぐ大工に触発されたのか、俺に焚き付けられたせいか、兵士たちはおのれの力を鼓舞するようにハンドルを回す速度を上げた。

 周りで見ていた兵士たちもそれを煽るように声を上げる。

 それと同時に中から悲鳴が聞こえてくる。

 

「ちょっ!? 待て待て!」

「止めてくれ!」

「酔うっ! 気持ち悪……っ!」

「止めろぉぉお!」

 

 そんな声に、兵士たちは声を上げて笑い出す。

 

「ぎゃははは! 見ろよ、連中の顏!」

「おらおら! まだまだこんなもんじゃねぇぜ!」

 

 そして、『ガチッ!』という停止のロックを無視して、さらにハンドルを回し続ける。

 室内から聞こえてくる悲鳴は小さくなり……やがてまったく聞こえなくなった。

 

「ん? どうした?」

 

 そこでようやく兵士の一人が異変に気付いた。

 

「お、おい! やべぇぞ! 全員倒れてやがる!」

「嘘だろ!? おい! 止めろ止めろ!」

 

 その時『ガチッ!』と二度目のロック音が鳴った。

 ハンドルが止まっても、中の大工たちは出てこない。

 無茶な速度で動かされたビックリハウスに酔い、目を回しているのだろう。

 

「ウーマロ、助けてきてやってくれ」

「はいッス! お前らも来てッス」

「おう」

 

 他の棟梁たちを連れて救出へ向かうウーマロ。

 青ざめた大工と、グロッキーなアヒムを抱えて外へと出てくる。

 

「……ぅぐっ!」

 

 大工の一人が、外に出た途端吐いた。

 それを呆然と眺める兵士たち。

 

「楽しかったか?」

 

 呆ける兵士に問えば、ハンドルを握っていた八人と、周りで散々煽っていた兵士たちが一斉にこちらを向く。

 

「ルールを無視して、自分の力を見せつけて、さぞ気分がいいだろう?」

「そ、それは……」

「ハンドルを握っていた八人も、周りで囃し立てていた連中も、同じ気分だよな? 最高の気分だろ、今?」


 冷笑を浮かべて問いかければ、兵士たちは全員俺から視線を逸らした。

 だが、逃がさない。

 

「ゆっくりと八十一回だというルールを無視して、お前らはあいつらを傷付けた。さすがだ、強いな。一般人を一網打尽じゃねぇか。俺には到底マネ出来ない。お前らはすごいよ。力があって、生殺与奪の権を握って、相手の懇願を無視して、悪ふざけで人を傷付けられる権力を持っていた。まさに、ウィシャートそのものだったぜ」

「――!?」

 

 うずくまり、倒れ、青い顔をする大工たちを見て、兵士たちは顔色を悪くする。

 

「気持ちよかったろ? 抵抗できない弱者を虐げるのは。嬉しくて楽しくて仕方なかっただろ? 実際、大笑いしてたもんなぁ?」

 

 俺の言葉に呼応するように、周りの大工たちから殺気が漂い始める。

 仲間を弄ばれ嘲笑された怒りが、ひしひしと伝わってくる。

 

「お前さ、始める前『くだらねぇ』って言ってたよな?」

 

 くだを巻いた兵士に向かって言う。

 

「お前は、そのくだらない仕事すらまともに出来ないクズなのか?」

「ぐ……っ」

「言われたこともまともに出来ない無能なのか?」

「それは……」

「お前ら、兵士よりゴロつきの方が似合ってるぜ。力に任せて弱い者イジメして、権力者に媚びて小遣いもらって、狡賢く生きてろよ」

「…………」

 

 ついに黙った兵士に、一つの事実を突きつける。

 

「そこで倒れてる小さいヒゲのオッサンな、アヒムっつって、数日前まで三十一区の領主だった男だ。領主は辞めたが、今でも貴族だ。……お前ら、貴族相手に何してんの?」

 

 まぁ、アヒムを乗せたのは俺だが……兵士たちが普通に運転していれば問題は起こらなかったので、悪いのは兵士ということにしておく。

 

「訴えられたら、お前ら全員――お尋ね者だな」

「そ……っ!? そんな……」

「ウィシャートの裁判が終われば、オルキオは三十区の貴族になる。……お前らさ、誰に盾突いてるか、自覚してるか?」

 

 ぐっと圧力をかけておく。

 何を基準にオルキオを舐めてんのか知らんが、お前らごとき簡単に潰せるのだ。

 

 が、それをしないのがオルキオなので、ここでバトンタッチする。

 

「いいかい諸君。言われたことをただやってお金をもらう。……働くっていうのは、そういうことじゃない。きっとそれだけじゃないはずだ」

 

 青ざめる兵士の前へ歩いて行き、穏やかな顔でオルキオは言う。

 

「今一度、働くことの意味というものを考えてみてはどうだろうか?」

「…………」

 

 項垂れる兵士。

 

 重い沈黙が辺りを包む。

 そこへ、ノーテンきな声が聞こえてくる。

 

「おにーちゃ~ん! 朝ご飯持ってきたよ~!」

 

 次女率いるハムっ子軍団だ。

 頑張る大工へのサービスなのか、妹たちがふりふりひらひらなメイドっぽい衣装で荷車を曳いてやって来る。

 

「「「かわえぇ~!」」」

「「「萌えぇえ~!」」」

 

 仲間の大工が酷い目に遭わされたという怒りが一瞬で霧散する。

 ……お前ら、分かりやすく最低だな。

 

「わぁ! なになぁ~に!? これって新しいアトラクション?」

 

 次女がビックリハウスを見つけて駆け寄ってくる。

 

「わぁ。大工さんたちが倒れてる。大丈夫? 気持ち悪いの? キモいのキモいの飛んでいけ~」

 

 いや、「痛いの」だ、それは。

 

「気持ち悪いの飛んでった~☆」

 

 が、そんな適当な呪文で復活する大工。

 お前が飛んでいけばよかったのに、『キモいの』として。

 

「お兄ちゃん、乗ってみたいなぁ~…………だめ?」

「お前は、どこで覚えてくるんだ、そんなあざといの」

「メドラママ!」

「講師は選べ」

 

 折角の上目遣いが、魅力八割減だわ。

 

「じゃあ、順番でな」

「わ~い! 年の順~!」

「「「おねーちゃん、ずるーい!」」」

 

 わらわらと妹たちがビックリハウスへ駆け込んでいく。

 定員になったところで締め切り、他の妹はこの次だ。

 

「さぁ。もう分かっているね? ルールを守って、もう一度やってみるんだ」

 

 オルキオが兵士たちへ言葉を向ける。

 

「仕事の失敗は、仕事で返すしかないんだよ」

 

 オルキオの言葉に背を押され、兵士たちがハンドルを握る。

 そこへ、大工たちの圧がのし掛かる。

 

「分かってるだろうが、妹ちゃんたちは俺らの天使だ」

「もし妹ちゃんを泣かせたら……分かるよな?」

「テメェら、今夜のお月様は拝めないと思えよ」

「お、……おぅ」

 

 集団からの、暑苦しいまでの圧に、兵士が怯む。

 兵士たちは互いに視線を合わせ、ゆっくりとハンドルを回し始める。

 

 すると、中から驚いたような声が聞こえてくる。

 

「わぁ!」

「動いた~!」

「回る~!」

 

 今度は慎重に、ゆっくりとハンドルが回される。

 ビックリハウスの中からは、終始楽しそうな声が漏れ聞こえていた。

 

 そして、『ガチッ!』っというロック音と共に、アトラクションは終わる。

 

「おに~ちゃ~ん!」

 

 ビックリハウスから飛び出してきた次女は駆け足で俺の胸に飛び込んでくる。

 

「すっごい楽しかった~!」

「お家がね、ぐるぐる~なんだよ~!」

「楽しかった~!」

「すごかった~!」

 

 次女に続いて、年中組の妹たちが飛びついてくる。

 テンションが高い。

 相当楽しかったようだ。

 

「動かしてたのは、このオッサンたちだぞ」

 

 と、兵士を指さして紹介する。

 妹たちの視線を受けて、兵士たちは少し緊張したように背筋を伸ばす。

 

「オッサンたちすごかったよ~!」

「ありがと~オッサンたち~!」

「「オッサンたち、ありがと~!」」

 

 いや、素直だなお前ら!?

 言われたまんま「オッサンたち」って言うのか。

 

 妹たちから満面の笑みを向けられ、兵士たちは――

 

「「「か、かわえぇ~!」」」

 

 発症した。

 いや、そうじゃなくて……

 

「なんだろ、この気持ち……」

「あぁ……なぁ?」

「分かる。すげぇ、あったかい」

 

 自分たちのやったことで妹たちが喜び、感謝される。

 それは、給仕たちがお化け屋敷で感じた充実感と同じものだろう。

 

「それが、働くということ――なんじゃないかな?」

 

 オルキオが言うと、兵士たちはハッとした表情を見せた。

 

「もう少し、働いてみないかい? 今度は、自分たちの意思で」

「「「はい!」」」

 

 オルキオに向かって返事をした兵士たちは、最初の不満げな表情から充実感に溢れるキラキラした顔に変わっていた。

 

 

 とりあえずはこれでいいとして、アヒムの件はちゃんと筋通さなきゃな。

 もうひと山越えてもらうぞ、兵士ども。

 

 

 

 

 

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