「あ、これなんですか!?」
すぐさま、ロレッタは話題を変える。
明るい声を出し、重くなった空気を払拭する。
この切り替えの早さも、大したものだ。
ロレッタが覗き込んだのは、ウーマロが先ほどマグダにもらったハニーポップコーンだ。
そういや、ロレッタには見せてなかったな。
「あとで作り方を教えてやるよ」
「ホントですか!?」
「あぁ。マグダが担当なんだが、ロレッタにも覚えてもらった方がいいだろうしな」
「覚えるです! すぐ覚えるです! 仕事いっぱい覚えて陽だまり亭になくてはならない存在になりたいです!」
こいつは、解雇されたことがよっぽどショックだったんだろうな。すげぇ必死だ。
「まぁ、マグダもこんな状況だし、ポップコーン担当をロレッタに変更してもいいかもしれないな」
昨日の午後面接をし、夕方少しだけ店の手伝いをして、今朝から本格的に働いただけでこの馴染みようだ。ロレッタの適応力には舌を巻くばかりだ。新しい仕事を教えてもきっとうまくやってのけるはずだ。
それに、マグダが元気になっても狩りに行っている時は作れない。
マグダの負担は減らしてやってもいいだろう。
「よしロレッタ。今日からお前がポップコーンを担当し……」
「……ダメ」
グッと、腕を掴まれた。
見ると、マグダが虚ろな瞳でジッと俺を見上げていた。俺の腕を、マグダの小さな手がしっかりと掴んでいる。指が食い込むほどに強い力で……必死さを感じる。
…………つか。
「マグダ?」
「……ダメ」
「いや、そうじゃなくて」
「……ポップコーンは、マグダの仕事」
「…………」
「……………………………………………………ダメ」
……うん。
「……ダメ」は分かった。
そして、相変わらず攻め方が一辺倒なのも再確認した。
……でだ。
「お前、いつから完治してた?」
「……………………はっ!?」
タイミングが良過ぎだ。
まさか、たった今完治した――なんてことはないだろう。
……こいつ、完治してるのにしばらく治ってないフリして甘えてやがったな。
「…………たった今、完治した」
もう一回言う。
まさか、たった今完治した――なんてことはないだろう。
「……奇跡的タイミング」
……こいつ、よくも抜け抜けと大嘘を。
表情が一切変化しないが、さっきから頭から突き出ているネコ耳が細かくぴるぴると震えている。なるほど……こいつの動揺は耳に出るのか。
悪い娘にはお仕置きだ。
俺はゆっくりと腕を伸ばし、マグダを指さす。
『精霊の審判』の構えだ。
ここで「ごめんなさい」すれば大目に見てやろう。さぁ、どうする?
俺に指差されたマグダは虚ろな半眼でジッと、ジィ~……っと俺を見つめていた。
表情に変化はない。
ただ、ネコ耳は泣きそうな程にぺたーんと寝てしまっていた。
……あぁもう。
「分かった分かった。たった今、奇跡的なタイミングで完治したんだな」
「………………そう」
もうそういうことでいいよ。
ただ、八つ当たりだけはきちんとしておこう。
「ネコ化していた時は記憶が混濁していたわけで、記憶が戻った今、ネコ化した時の記憶は残っていないはずだから、こっちの狐顔の男には見覚えはないな?」
「え、ちょっ!?」
「…………」
焦った声を出すウーマロをジッと見つめるマグダ。
そして、溜めに溜めた後できっぱりとこう言った。
「…………ない」
「そりゃないッスよ、マグダたん!? ネコ化する前からの知り合いじゃないッスかぁ!?」
「……はっ!? 騙された」
マグダが俺を睨む。
ふっふっふ~っ。これでおあいこだろう
いつも無表情のマグダが、少し膨れてみせた。
ネコ化によって、感情が少し芽生えたのかもしれない。
ったく。どれだけ治っていない『フリ』をしていた期間があったのかは分からんが、サボった分はきっちり働いてもらうからな。
「それで、具合はどうだ?」
「…………悪くない。でも、狩りはまだ無理…………『赤いモヤモヤしたなんか光るヤツ』が、まだ出せない」
意識は戻ったが、まだ本調子ではないようだ。
……完治してねぇじゃねぇか。
心なしか、マグダの元気がないように見える。
さっきまで「にゃーにゃー」鳴いていたのが止んだからかもしれんが……
「…………仕事、する」
そう言って、奥へ向かおうとするマグダを、俺はそっと引き止める。
腕を掴み、軽い力で引き寄せると、マグダは素直に俺の前へと戻ってきた。
もしかしたら、怪我に対する不安から甘えたくなっていたのかもしれない。
しかし、マグダはそういうことを口にするタイプではないから、こんな回りくどいやり方をとったのかもしれない。……なんて考えるのは、ちょっとマグダを甘やかし過ぎか?
まぁ、なんにせよ。
「元気になってよかった。みんな心配してたんだ。今度ちゃんと礼を言いに行こうな」
農家のモーマットや養鶏場のネフェリー、トウモロコシ農家のヤップロック一家なんかが、マグダの見舞いに来てくれていた。その時は会わせることが出来なかったので、改めて挨拶に行った方がいいだろう。
その際、快気祝いと称して何かいろいろもらってこよう。
「…………心配…………した?」
「あぁ。お前は覚えていないかもしれないがな」
「…………ヤシロも?」
「当たり前だろう」
不安げに垂れるネコ耳を上から手のひらで押さえつける。
そして、もふもふと、量の多いマグダの髪を撫でる。
「無事でよかった」
「…………」
カク…………と、マグダの顔が下を向く。
そして、蚊の鳴くような声で――
「…………ごめんなさい」
――と、呟いた。
それが、心配をかけたことに対する謝罪なのか、嘘を吐いたことへの謝罪なのかは分からん。分からんが……まぁ、言わんとすることは伝わった。
「はぁぁ…………しゅんとするマグダたん…………可愛いッス…………もふりたいッス……」
「触ったら出禁だからな?」
気持ちの悪いトキメキ顔をさらしてぷるぷる震えるウーマロに釘を刺しておく。
ホント、ここが東京都なら即逮捕なんだけどなぁ、こいつ。
「……お兄さんは、お兄ちゃんみたいですね…………」
誰にも聞き取れないような、掠れた声で、ロレッタがそんな言葉を呟いた。
聞き違いかと思ったのだが……何より、言葉の意味が分からん。
「なんだって?」
「へっ!? あ、いや、なんでもないですよ!? ていうか、あたし、何か言いましたですか?」
無理やりに笑みを作り、ロレッタが明るく振る舞う。
なんだか、こいつはいろいろと隠し事がありそうだ。
まぁ、言いたくないというのなら聞きゃしないがな。
「お待たせしました~。お先に四名様分で~す」
ほんの少し重くなっていた空気を振り払ったのは、ジネットののんびりした声だった。
「あ、はい! 今行くです!」
ロレッタが駆け足でカウンターへ向かう。
なんだか、「俺の前にはいたくない」と、逃げられたような気分だ。
「……店長」
「あらっ、マグダさん! もう平気なんですか!?」
「……平気。もう働ける」
「急がなくてもいいですよ。もうしばらくゆっくりしていてください」
「……でも………………分かった」
ある意味で、ジネットはとても強情なのだ。
こういう時、どんな理屈をこねてもジネットが意見を変えることはない。
マグダもそれが分かっているのだろう。結局は自分から折れた。
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